第51話 王弟
ザックは背中のヒヤリとした感覚を無視するように、にこやかな笑顔を貼り付け、そしてすぐさま申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「アマリリス様は怯えておいでで、私以外の人間と会うことを極端に忌避しており、他の者が入ると取り乱す様子も見られます」
さすがに、王弟殿下を目の前に、帰れとも言えないため、遠まわしに帰ってくれないかなと伝えたザックの要望に、王弟シャルハム殿下はザックに、ちらりと視線を向けると、ザックの横を通り抜け、部屋の中へと入っていった。
「義娘となる人間の顔を見に来ただけだ。長居はしない」
シャルハム殿下の言葉にザックは肩を落とす。
(会わせるのが一番嫌なんですよ……)
なにせ、捕らわれているのはアマリリスでは無くリリアンなのだ。
いくらベールで顔が隠れているとはいえ、喋らなくても見るべき人間が見れば、所作などでアマリリスだというとこに疑問を持たれるのは間違いない。
念のため、誰かが部屋に入ってきたときは、怯えたふりをして、喋るな動くなと厳命してはあるのだが、それでも付きまとう不安要素に、ザックは背中を這い上がる悪寒を振り払ったのだが……
「ん~ 誰?」
のんびりしたリリアンの小首を傾げながらの問いかけに、ザックは膝をつきそうになった。
あれだけ…… あれだけ言い聞かせたのに!
せめて、シャルハム殿下に翻弄されてボロを出すならともかく。とザックがどんよりとした気分になりながらも、穏便にするための方法を考えていると、肩をポンと慰めるように叩かれた。
そんなことをする相手は、勿論シャルハム殿下しかおらず、視線を向けた先に、憐れむようなシャルハム殿下の目を見つけ、その事にザックは驚いた。
「なるほどな」
問いかけの後、ザックの言葉を思い出したのだろう、小首をかしげたままの体勢で固まったままのリリアンを見て、楽しげな笑みをシャルハム殿下は浮かべると、一人納得したように頷いた。
「叶うかもしれんな」
シャルハム殿下の言葉に、ザックはギョッとして、思わず腰に下げてある剣の束に指先を伸ばしてしまうが、ザックの動きなど見越しているのだろうシャルハム殿下の次の言葉に動きを止めた。
「案ずるな。お前の危惧する意味ではない ―――― それにしても、髪色は金茶だと聞いていたが…… あぁ。ハイフト侯爵家に伝わる魔術か」
アマリリスと同じ色合いの、見事な金髪を見たシャルハム殿下の最後の言葉に、ザックの心臓は跳ね上がる。
(シャルハム殿下も、オレが何者か知っている…… それに、最初からリリアンだと知っていた?)
シャルハム殿下は手を伸ばすと、ベールの外に出ている髪を掬い取り確認した後、顔を覆うベールを捲り、リリアンの顔を確認すると、微笑んだ。
「ジートルが、お前に興味を示さなかったら、お前に出逢うことはなかったのだから愚問だな」
そう言い残すと、部屋を出て行ったシャルハム殿下にザックとリリアンはしばらく固まったままだった。
ザックは、シャルハム殿下が、正確に自分の出自を知っていたことへの畏怖と、どういうわけか、自分が連絡をつけるより前に、リリアンが間違いで誘拐されたことを知ったジートル殿下が、シャルハム殿下に手を回してくれたことで、リリアンの身の安全が保障されたことの安堵によって。




