第45話 ヒロインの役目?
「ほほぉう」
汚した場合や、不測の事態が起きた時のための予備は、しまわれているが、急な事態にでも対応できるように出したままにされている、アマリリスのベールを私は手に取った。
王都へと戻る馬車の中、隣に座るアマリリスの専属侍女のエルザは、なぜか緊張した様子で始終顔を強張らせていたので、私は子爵家だけど、少し前までは平民として生活してたから大丈夫だよ? とフォローを入れてみたのだが、エルザは頷きはしたものの、様子が変わることはなかった。
うーん。あんなのでも他国の王子だから緊張しているのかな? と、ユリウスとアマリリスのいちゃつきを見ながらエルザと語り盛り上がろうという思惑が外れ、一人楽しく脳内妄想補完しながら味わっていたら、意外に早かった。
といっても、王都に着いたわけでは無く、王都に行く途中の街にある一泊する為の宿に着いたのだが。
宿に到着し、客室に入ればエルザの顔の強張りも解けたので、原因はやっぱりユリウスだね。
なんで、そんなことを知っているかというと、アマリリスと同室でお泊りだから。
うふふふふふふ。
女子会ですよ! 色々聞きだしちゃいますよ!
無理矢理、私が王都に戻ると言い張って付いてきたものだから、残念なことに私の分の部屋が確保できなかったんだよね。
領都に向かう時に、立ち寄って予約していたらしいんだけど、最初から私のことは領主館に預けていくつもりだったらしく、私の分の部屋は予約していなかったらしい。
その為、アマリリスの部屋の寝室にはベッドが2台あることから一緒にお泊りしていいことになったんだよね~。
ふふっ。ラッキー。
今夜は遅くまで女子トークで盛り上がらねば!!
―― あ。でも、私が居たら、ユリウスが忍び込めないのか?
うーん。それを考えると、エルザちゃんには狭くなって悪いけど、控えの間で一緒に休ませてもらおうかな。
もちろん、エルザちゃんのベッドを奪うような真似はしない。
ドア側の床で良いよ。
いざという時に覗きに行けるように。
もちろん、節度を持って覗くつもりなので、引き際は心得てます!!
これからのことに胸をドキドキさせながら、私はアマリリスのベールを手に取ってみる。
ベールはゲームに出てくるアマリリスが身に着けていたものと同じデザインだった。
アマリリスはゲームをしたことは無いと言っていたから、狙って、このデザインにしたわけではないはずだ。
「カチューシャみたいにつけるんだ…… それに、簡単には取れないようにピンも結構ついているんだなぁ」
シンプルだけど、ベールが止められている部分には小さな布の花がつけられているし、耳元近くには、ガラス? いや金持ちだから宝石か? それでワンポイントの花の飾りがあしらわれてるし、髪飾りとして考えれば作りはとってもかわいいんだよね。
ちらりと浴室に続くドアを見れば、まだ出てくる様子は無い。
アマリリスはお風呂タイムなんだよね。もちろんエルザも一緒。と、言っても一緒にお風呂に入ってるわけでは無く、エルザはアマリリスの入浴の介助として、それ用の服に着替えて入っているんだけれどね。
アマリリス様の後にはリリアン様の入浴もお世話させていただきます。とエルザに言われたけど、庶民上がりなんで一人でできます。と不快にさせないように、きっぱり断らせてもらった。
まぁ、アマリリスがこめかみを抑えて唸ってたけど、気にしない。
これはねー。やっぱ、付けちゃうよね~。
ちょっとぐらいなら大丈夫だろうし、ベールつけたからと言ってアマリリス怒るような子じゃないし。と、私は、アマリリスのベールをつける。
お、ベール越しだけど、反対側はしっかり見える。
ちょっぴりアマリリス気分~。
アマリリスらしいセリフってなんだろ~。
とりあえず思い出したゲームのセリフを言ってみる。
「ここは、貴女が入ってきていい場所ではなくてよ」
決まった! と悦に入っていると、なぜか返事が返ってきた。
「ほほう。気が付くとは中々だな。さすがカプレーゼ公爵家の令嬢だ」
………………………………………… え?
「だが甘いな。武の手ほどきを受けていると言っても所詮は飯事。我らに着いてきてもらおう」
その言葉と共に、私は意識が暗転していくのを感じた。
どさりと床へと崩れ落ちたリリアンを、アマリリスだと勘違いしている男は、窓を開けると、躊躇う様子もなく窓の外へとリリアンを放り投げた。
そういう手はずだったのだろう。嗜める声を上げることなく、窓の下で待機していた男は、危なげなくアマリリスだと思われているリリアンを受け取ると闇へと溶け込んだ。
後を追うように、リリアンを窓下へと投げた男も、窓枠に足をかけて身を躍らせると、後を追うように姿を消す。
開け離れた窓から吹き込む風に煽られたカーテンが、窓側に置かれていた花瓶を倒し音をたてて異常を知らせたが、その頃には宿の周囲にリリアンの姿も、彼女をアマリリスと間違えて攫って行った男達の姿も見えなくなっていた。




