第41話 それぞれの事情 ③
「王太子であるミュリアル殿下は、ゼラ姫ではなく、どうしてプリムラを選んだんですか?」
意外にも、その場の空気を変えるように質問を投げかけたのは、ディビットだった。
女性陣の冷たい視線にたじろいでいただけに助かった。
「別にミュリアル殿下が心変わりしたわけじゃないよ」
少しだけ、ディビットを試してみたくなって、そう前置くと、言葉少なに理由を告げた。
「ゼラが言うにはね。民がプリムラを選んだ。っていうことらしいよ?」
俺の言葉に、ディビットは少しだけ考えると、納得したように頷いた。
「側妃派が、民に触れ回ったのですね?」
ディビットの答えに俺は頷く。
「王太子と平民の少女のロマンスだ。民たちは異様に盛り上がったみたいだよ。それに、陛下と王妃の恋物語も民たちの間では物語や劇として親しまれていただろう? 強面の陛下が真実の愛を見つけ、その相手が社交界の華。妖精のような女性。そんな陛下と王妃の息子である王太子の身分差を越えた真実の愛。
民たちが盛り上がりたくなるのもわかるよね。
本来なら民や下級貴族が知ることのない城内での、ミュリアル殿下やプリムラのことなどを、側妃派が真偽合わせて事細かに触れ回ったみたいだよ。
もし、ここでプリムラ以外の女性を、王太子妃として迎えれば暴動が起きかねない。起きなかったとしても、王家への求心力の低下につながる。
ならば、彼女を処分してはどうか? 死んでしまえば王太子妃に迎えられないのだから。という意見もでたらしいけれどね。それこそ民の怒りと不信を買うことになるだろうという結論になったみたいだよ。
それに、プリムラの生死を問わず、その後に王太子妃として彼女以外の女性を迎えれば、民は王太子妃を真実の愛を邪魔した女性として不信の目でしか見ないだろうし、その後に生まれてきた子供にも、それは引き継がれる。
だから、ミュリアル殿下の心が彼女に無いとしても、王家も高位貴族も、プリムラが王太子妃になることを選ぶしかなかった。
言っては悪いれけど、彼女にあるのは優れた容姿だけだ。平民でありながら、城の侍女を務めることができたのは褒められるべきことだけれどね。それだけだ。
本来なら王太子妃になんてなれない。
もし、ミュリアル殿下が彼女に心ひかれたとしても、側室か、平民ということから愛妾として囲うぐらいだろうね。特に、彼女を愛しているのだとしたらね」
俺の話に、難しい顔をしながら聞いていた、リリアン嬢が噛みつくように質問してくる。
「なんかイメージ崩れまくったけど。まぁ、あのゲーム会社なら、この程度の裏設定盛り込むだろうから分からなくもないけど。でもでも!! これだけは言いたい!! 愛しているからこそ王太子妃でしょう!! 側室や愛妾なんて言われたら愛の価値が下がった気がする!!」
…… げぇむがいしゃが何のことかはわからないが、まぁ、前世とやらの知識なのだろうと、気に留めないことにする。
それにしても、愛の価値…… ねぇ。
どう説明しようかと考えていると、アマリリスが話を引き継いでくれた。
「王妃教育を平民の女性が修めるのはとても大変なことなのよ。高位貴族の令嬢であれば、幼少時から教育されている部分があるからまだ良いけれどね。
それでも年単位の教育が必要なの。
王太子妃、いずれは王妃となるのであれば張りぼてのマナーや知識じゃダメですもの。
ましてや、元が平民となれば高位貴族の夫人との付き合い方にも気を使わなければならない。王太子妃教育を行う人間はもちろんの事、周りに侍る侍女や衛兵、侍従も、元の身分では彼女より上の人たちに囲まれた生活よ?
貴族の令嬢が王太子妃になることより、数倍辛いわ。
これが愛妾となれば、周りの人間は、心の中でどう思おうが、媚びてくるだけだから、自由はないけれど、ある程度、我がままに生きられるわ。もし、本当に愛していて、大切にしたいのなら、平民の女性を王太子妃にするようなことはしないでしょうね」
リリアン嬢の、アマリリスの説明を聞いても、どこか納得いかないといった様子に、俺はゼラから聞いたミュリアル殿下とプリムラのその後を語る。
「陛下が健康だったからこそとれた方法だけれど、ミュリアル殿下が王位についたのは3年間だけだったみたいだよ。平民の女性が王妃になったという事実を作り、民を納得させるためだけの在位だ。
そして体調不良を理由に、すぐに息子に王位を譲った。
もっとも、プリムラ王妃が、王妃として行った仕事は王太子妃の時と同様に民の前に姿を見せて微笑むことだけだったらしいけどね。
精神を病んでしまったという噂と、王太子妃や王妃としての仕事をこなせなかったった為という噂が貴族の間には流れていたけれど、どちらが正しいのかはゼラは知らないって言っていた」
「うーん。でも、それって最終的には仕事しなくても何とかなるってことなんじゃ?」
暢気すぎるリリアン嬢の言葉に、少しイラっとくるのは、そのあたりになると私情が混じってくるからかもしれない。
「王太子妃時代の途中までは王子妃だったアマリリスが代役をしていたんだよ。途中からは、ミュリアル殿下の娘…… 成長した王女が代わりを務めたらしいけれど」
「な…… なるほど」
そう言って、気まずげにリリアン嬢は視線をそらした。まぁ、俺のアマリリスへの気持ちなんて、とうに感じ取っているだろうから妥当な反応だろう。
ゼラは言ったのだ。
その時、王位につきながらもアマリリスを諦めきれずに伴侶をまだ迎えていなかったらしい俺は、改めて正式にアマリリスをウィデント国の王妃として迎えたいとブルス国とカプレーゼ公爵家に打診して、やっと色よい返事をもらえたことを喜んでいたと。
そして次に届いた知らせは、アマリリスの死の知らせだったと。
「だいぶ話がそれたけれどね…… 協力してもらいたい俺の計画というのはね――」
アマリリスに視線を向ける。
「行方不明となっている姉姫、ゼラを探しだすこと。
4年前から、ゼラの行方が分からなくなっているんだ。もっとも、この国のどこかに居るらしいという情報までは掴めている。というより掴まさせてもらっているんだけれどね。そして…… いや、なんでもない。以上だ」
そして…… アマリリスを俺の妻として、ウィデント国に連れ帰ること。
そう言ってしまうことが出来れば……




