第40話 それぞれの事情 ②
俺の言葉に顔を引きつらせながらも、すぐさま帯剣していた剣をいつでも抜けるように手を動かし姿勢を整えたディビットの姿を見て、学園が嫌で逃げ出すような真似をしたとしても、さすがブルス国の公爵家の嫡男だな。と思わず称賛したくなる。
続く言葉によっては、俺を拘束するつもりだし、その自信もあるのだろう。
アマリリスたちの暮らすブルス国は武力を主とした国であり、俺の国、ウィデント国は学問と芸術を主とした国だ。
力の差は歴然で、ブルス国が大陸一の国力と国土を持つのに対し、ウィデント国は国土は大陸で3番目の広さではあるが、国力はブルス国の半分程度といったところだ。
今のところ友好を結んでおり、敵対するようなことはまずない。
まぁ、本来ならば、勉強するためにウィデント国の人間がブルス国に留学することは無い。
自国で十分に学ぶことができるからだ。
なので、ブルス国に留学する者には、学問以外の目的がある。
「ブルス国にウィデント国の人間が留学時に求めるものは人脈作りだというのは周知のことだと思う。
今回、俺がブルス国に留学したのは、将来の伴侶探しを兼ねた、ブルス国王家…… というより、王太子、ミュリアル殿下のことを調べたかったからだ」
チリッとした感覚に苦笑いをする。ディビットの手はすでに剣の束にかかっていた。
「落ち着きなよディビット。そんな警戒するほど物騒な話ではないんだ。どちらかと言えばね、ロマンス寄りだよ」
続けた俺の言葉に、ディビットは困惑を表し、アマリリスは顔を曇らせ、リリアン嬢は瞳をキラキラと輝かせ始めた。
「ウィデント国では、ゼラ様の毒殺の背後に居るのが、ミュリアル殿下だと?」
アマリリスの言葉に、リリアン嬢だけがギョッとしたように彼女を見る。
俺はアマリリスに否定の意味を込めて首を振ってみせた。
「ゼラが毒殺されただなんて勘違いをブルス国の人たちがしてるのは、側室派と呼ばれる人間に優秀な人物が居たからだとしておこうかな」
「では…… やはり生きていらっしゃると?」
ディビットからの問いに、俺は頷いて見せる。アマリリスは、そんな問いかけをしたディビットに驚いたような素振りを見せているが、彼の持つ人脈は成人前の少年にしては中々のものだ。
この程度の情報であれば、姉姫であるゼラが生存していることなど簡単につかめるだろう。
もっとも彼だからこそ、たどり着けたのだろうけれど。
「ゼラが、ミュリアル殿下の婚約者となった後に毒に倒れたのは事実。けれどね、婚約を破棄するために自ら毒を飲んだんだよ。もっとも、ちゃんと死なない程度にだけれどね。まぁ、周りは堪ったものではないけれどね。それでもゼラなりに悩んで選んだ結果だから、ウィデント国王家としても、ゼラの意を汲んで、毒に倒れたため婚約することができなくなった旨の書状をしたためた。もちろん、どうにでもとれるように生死は明かさずにね」
「そんなに嫌だったんですか? まぁ、私も王太子妃だなんで重圧ありまくりの立場なんて嫌ですけど、お姫様だったわけだし、あんまり変わらないイメージなんですけど?」
リリアン嬢の言葉を聞きながら、アマリリスを見れば、彼女の視線が膝の上に落ちていて、表情を伺うことができない。
どんな表情をしているんだろう。
彼女の気持ちが自分に向いていることには自信があるけれど…… それだけではダメなことは何度もゼラに説明された。
夢物語だろうと思いながらも、ゼラの言葉を聞き入れたのは、アマリリスを知っていたからだろう。
俺に治癒魔法を使ったために、アマリリスの代わりに乳母だった女性が処分されることを知った時の表情と、そのあとの覚悟したような表情。
「こればかりはね。俺にも理解できない。ゼラ本人は、乙女心は複雑なのよとは言っていたけれどね。
ミュリアル殿下の気持ちは分からないけれどね、ゼラはミュリアル殿下のことを想っていたよ。
もともと、幼い頃からの知り合いだし、ミュリアル殿下がウィデント国に留学していた時も仲が良かったからね。あの二人は。
そもそも今回に限っては、ミュリアル殿下が強引にゼラとの婚約にまで話を持っていったのだから、ミュリアル殿下もゼラに気持ちが無いわけでは無いと思うよ。当時、婚約者候補だった国内の貴族令嬢が嫌だったという理由でもあれば別かもしれないけれど」
「なら、なんで? 好きな人と結婚できるなら嬉しいんじゃないの? 毒飲んでまで拒否するって……」
首を傾げるリリアン嬢。アマリリスは気が付いたように顔を上げた。
「もしかして、ゼラ様の記憶にある前世では、ゼラ様とミュリアル殿下は結ばれなかったのでは?」
アマリリスの言葉に俺は頷く。
「ゼラの記憶にある、一度終えた自分の人生では、ゼラやブルス国の高位貴族の令嬢が王城に集められて王太子妃を選ぶために競わされたらしいんだ。
ゼラと俺の母親は異なっていてね、ゼラの母親は側室なんだけれどね、もともと貴族女性ではなかったんだ。
とても優美な舞を踊る、才能あふれた踊り子でね。それが切っ掛けで、父上の目に留まり、側室として召し上げられてゼラを産んだ。
ゼラはウィデント国の姫君だけれどね、ブルス国側としては母親が側室の踊り子の娘なんかを、王太子妃には迎えたくない高位貴族が多く居る。
そりゃそうだろうね、できれば己の家の娘を王太子妃にしたいからね。
そんな彼らを黙らせるために、ゼラと候補となった令嬢たちが王城に集められて、建前上は競わされた」
「建前上…… ですか?」
アマリリスに俺は頷く。
「審査はした。その上でゼラを選んだ。という理由をつけて、無理矢理納得させる為だね。
けど、最終的に選ばれたのは、ゼラでも高位貴族の令嬢でもなく、平民出の少女だったんだ。
ゼラが教えてくれた名前や特徴が一致することから、先ほど出産を終えた女性が、その少女だろうね。
まさかね、その少女が、王都を離れてカプレーゼ公爵領で同じ平民の男性と結婚しているとは思わなかったけどね。
ミュリアル殿下は、その平民の少女…… プリムラを高位貴族の令嬢を弾く為の餌として用意したんだけれどね。まぁ、餌として使い終わった後は、本人に素質があるようなら諜報関係の仕事をさせるつもりだったみたいだけれどね。ゼラから話を聞いたときは疑わしかったけれど、本人を見たら納得だね。あれなら、本人がその気になれば、国も壊せるし、男からなら、どんな情報でもとってこれそうだよね」
そこまで話したところで、アマリリスとリリアン嬢の目が、冷たくなっていることに気が付いた。
―― うん。女性にする話ではなかったか。




