第38話 ヒロインは二人いる
ユリウスに腕を引っ張られるままに、私は、その家の中に入った。
っていうか、扱い乱暴じゃない? 馬から降りるときなんて肝が冷えたよ!? 早く降りて欲しいからって馬上から持ち上げて下に落とす?
ディビットとの扱いに差がありすぎない? 普通逆じゃね?
私、一応女性! ディビット男性!
ディビット達の馬を追ってはみたものの、見失ってしまったため ―― うん。見失ったとき、ユリウスの奴、私を見て舌打ちしやがったし! ―― 領主館に行ってディビットの行方を確認したら、ちょうどディビットを見送ったばかりだと門前にいた侍女に領主館の側にある使用人の居住区に向かいましたけどと不思議そうな顔で答えられた。
そうだろうね、焦燥感もあらわなユリウスに、馬の上でへばっている私。
でもさ? 慣れない馬での移動にお尻も頭も胃もぐわんぐわんしてる私でもね? なんか変なのはわかるんだよ? だって、ディビットがディビットを連れて行ったでしょ?
ディビットが侍女さんの前で二人いたら大騒ぎだよね?
ってことは、そのディビットが、どっちのディビットかはわからないけれど、もう一人のディビットは一緒じゃなかったってことでしょ?
確かに、この家の前には、カプレーゼ公爵家の紋章が入った馬が繋いであるし、カプレーゼ公爵家の使用人の居住区に立つ家だし、まぁ、他のものより安全なのかもしれないけれどね? でも、それって勝手に人の家に入っていいことにはならないし、もう一人のデイビットの正体がわからない以上警戒するべきだと思うんだよユリウス君!
と、言いたいけど、私の喉は疲労から喋ることを拒否しています。 はっきり言って立って歩くのも辛い。お尻は痛いし太ももピクピクするし…… っていうかね! なんで私まで引っ張って家の中に連れてこうとするかな? 一人で行けばいいじゃん。ずるずると引っ張られて家の中に入る私は深い深いため息をつく。もちろんユリウスに対する嫌味だ。
もう二度と馬になんか乗らない!!
日も暮れてきたため、室内は薄暗いけれど、モノが判別できないほどではない。
玄関のドアをくぐれば、そわそわと歩き回るディビットの姿をすぐに見つけられた。
んー。でも、服装が違うから、ディビットを迎えにきたディビットの方? …… なんかややこしいな?
なんてことを考えていたら、ぬっと後ろから影が差したことに、何も考えずに反射的に振り向いた。
逆光で見えずらいけれど、ユリウスよりも頭一つ高い姿に、もじゃもじゃとした毛。ハァハァという息遣い。
認識、理解できたのはそこまで。 恐怖につぶってしまった目はそれ以上の情報はくれないけれど、前世の記憶的に、これはあれだ!!
「ギャー!! 熊っ!!」
怖くて腰が抜けて座り込んだ。せめてもの抵抗と思って靴を全力投球。
「違うってば!」
「ばか! 止めろ!!」
制止の声が後方から。
「お前ら誰だ?」
人の声が前方から。
え? と思って目を開いた時には、私の靴の全力投球は小気味いい音たてて、熊と思ったモノの目に当たった。
「うぉっ…… イタタッ なんだい急に蹲るんじゃないよ。腰にくるじゃないか」
蹲った巨体の背から、這いつくばるように降りてきたのは、小柄な白髪のおばあちゃん。
「お嬢ちゃん。ちょっと手を貸しておくれ。腰が痛くて一人じゃ歩けないんじゃ」
「は、はい」
思わず立ち上がるのを支えて手伝う。
「それで、妊婦さんはどこだい?」
「は? にんぷさん?」
意味が分からず、言葉を繰り返すと―――
「おんぎゃおんぎゃおんぎゃ!」
え? 赤ちゃんの泣き声? ん? 妊婦さんってこと?
「おぉ。間に合わんかったようじゃが、無事生まれたようじゃな。どれ、産後の処置をしようかね」
とのんびりおばあちゃんが喋る横を、巨体がむくりといきなり起き上がると涙を流しながら突き進んでいった。
熊だと思った巨体は、毛深くごつい男性だった…… 熊と間違えてごめんなさい。あとで靴をぶつけた目も治癒魔法掛けさせていただきます。でもね、逆光だもん、間違えることもあるよね……
「プリムラ~」
名前を呼びながらドアを開けた巨体の男性は、その瞬間、ドアの向こうから跳んできた何かに当たってあおむけに倒れた。
「男子禁制!!」
「あらあら、リズ。彼は、プリムラちゃんの旦那様だからいいのよ~」
キリッとした聞き馴染みのある声の後に、のんびりした夫人の声。
おばあちゃんを支えながら、ドアの前に行くと、通れるようにとディビットがズリズリと巨体を引きずって寄せてくれる。
部屋の中を見れば、赤ちゃんと、ベッドに横になったままの女性と上品そうな夫人と、ディビット。
服装からすると、こっちのディビットが、本物? というか、私の知っているディビットだ。
えーっと まぁ…… そこも大事だけどね? プリムラって名前だけだとぼんやりした感じだったけど、顔を見てはっきり思い出した。
ベッドに横になったままの女性、ようは赤ちゃんのお母さん。そして、毛むくじゃらの巨体の男性の奥さんらしい。なんで??
「なんでプリムラがここに?」
こんなエンド、ゲームには無かった。
ベッドの上で笑顔で半身を起こして赤ちゃんを抱くプリムラ。
線上のガラス細工の乙女 通称 1 と呼ばれるゲームのヒロインがそこに居た。




