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第37話 出産

「ディビット! 蹲っていないで、屋敷から清潔なタオルを持ってこれるだけ持ってきて。それとハサミも! あと、清潔な桶」

 私の言葉に、ディビットはよろよろと立ちあがる。

「アンナに言えば全部用意してくれるはずよ。要望があった時に貸し出せるように管理しているから」

 お母様の言葉にディビットは頷くと、立ち上がりはよろよろとしていたものの、しっかりとした足取りで、足早に部屋から出て行った。

 ディビットが部屋から出たのを確認すると、私は女性に断って診察させてもらう。

 治癒魔法が存在するこの世界でも、出産は母子ともに命がけのもの。

 そんな大事な出産の場面で、現れたのは小娘じゃ不安になるだろうけど、まずは現状把握。

 これでも、前世は産婦人科医だった。

 お腹を触診させてもらって、風魔法を使って心音を確認する。

 エコーが欲しい…… 切実にそう思ってしまう。

 高確率で、逆子な気がする……。 

 通常赤ちゃんは、頭から生まれてくる。逆子にも様々な種類があるが、おおざっぱに言えば、言葉からイメージするように頭が上を向いていて頭でない部分から生まれてくる。大きく分けて殿位、膝位、足位の三つに分けられて、足の状態で更に細かく分かれる。

 

「妊娠してどれくらい?」

 問いかけてみるも、痛みを逃がすことと蓄積した疲労で、私の言葉は聞こえているようだけれど、返事する余裕がない様子から、診察を続けることにする。

 水魔法で水の球体を作ると、その中で手を洗い自分の両手に滅菌の魔法を使う。ゴム手袋が欲しい所だが、この世界には無いのだから仕方がない。

 ちょっと失礼して子宮口の開き具合を確認させてもらう。

 さて、どうしようか。逆子が確定なら、強い希望が無い限り帝王切開としたいところだけれど、あいにくとここには前世で使い慣れた道具は無い。

「治癒魔法でいこう」

 覚悟を決めるかのように、自然と口から言葉が出た。

 母親と生まれてくる赤ちゃん。両方無事に。

 まずは、母体にあるかもしれない危険性を取り除こう。

 前世の産婦人科で培った知識を総動員して、母体に治癒魔法をかけていくが、当たっていなければ、治癒魔法は素通りするだけで、良くも悪くも効果が無い、だからこそ使える手でもある。

 これがヒロインなら、赤ちゃん無事に生まれてきて。とでも祈りながら治癒魔法をかければ逆子も治すことができるぐらいのことは簡単にやってのけるのかもしれないが、あいにくと私にはそこまでの力が無い。

思い込みも、プライドも必要ないことは、小学校の時に自分の体で学習している。臓器が壊死していく痛みも苦しみも覚えている。漫画に影響を受けて医者の道を選んだけれど……、産婦人科を選んだのは自分の意志。一番大切なのは患者。

 今ここにヒロインがいれば…… ディビットに迎えに行かせれば…… なんて甘い考えも浮かぶが即座に否定する。ヒロインを待つ間に手遅れになる可能性も否定できないし、現状での出来る限りの最善の手段をとる。

 治癒魔法は万能ではない。しかし、適正ランクが高ければ自由度が上がる。

 治癒魔法の適正ランクで表すならば、ヒロインはSランクで、私の適正は最下位のEランク。

 本来ならかすり傷ぐらいしか治せない。誰かに師事したところで、Dランク程度の能力を身に着けることができるのが限界だろう。

 それなのに、私が、それ以上のことをできるようにしているのは、すべて前世の医療知識をもっているからという理由に過ぎない。

 病気の治癒よりも怪我の治癒のが治癒魔法は簡単に使える。

 それは怪我が見えているから。しかし、適正ランクが低い人間が何の知識も無しに治癒魔法を行使すれば、表面だけがふさがり、中の組織は傷ついたままということが起こる。

 しかし、適正ランクが高ければ、表面だけでなく内部もある程度治癒していくようになる。

 これがランクの高低による差。

 けれど、適正ランクが低くても、怪我であれば治癒の過程であったり、人体の構造の知識などで。

 病気であるなら原因の特定などを行うことで、ランク以上の能力を使うことができるようになる。

 なので、適性がAやSのランクになれば、かなり大雑把な治癒魔法の施行でも結果が出るが、医学を修めることで奇跡とでもいうようなことまでも起こすことができるようになる。

 王家の侍医になるためには適正ランクがB以上必要であり、現在の筆頭侍医であるダヤル医のランクはAだが、医学の修め具合によっては、BがAを能力で上回ることも出来る為、Aランクだからと言って何もしなければ、王家で飼い殺しにされ、騎士団の遠征や討伐の際に治癒魔法使いとして貸し出されるぐらいになる。

  

 かけた治癒魔法に手ごたえを感じる。

「子宮壁が薄いってことなんだろうけど……」

 どの程度の薄さなのかは確認できないから分かるはずもない。ヒロインなら薄いなら厚くしちゃえとばかりに治癒魔法で何とかできるだろうが、前世の医療知識があっても、こればかりは私では何ともできない。出産が終わるまで、破裂したりしないように、治癒魔法をかけ続けるしかない。

 ヒロインの適正ランクの高さを羨ましいと思ってしまう。そして…… 今更とでも言いたくなるように感じた疑問。

 なぜ、それほどの能力を持っていながら、ゲームのヒロインは母親を助けられなかったのだろう?

 前世知識特典で助けられたとヒロインは笑っていたけれど…… 適性がSランクであるなら、病気を治すという意識でかけた治癒魔法が効果を見せないはずはない。

 治せなかったとしても、治癒魔法を定期的にかけることによって小康状態は保てたはずだ。

 ……… 病気じゃなかった?

 浮かび上がった可能性に背筋が寒くなるが、妊婦の呻き声に我に返る。

 今は母子ともに無事出産させることに集中しなくては。











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