第35話 乙女の尊厳
ヒロインちゃん視点です
私の足は、先ほどから小刻みに震えている。手も握ったり開いたり。
隣に座っている侍女長のアンさんは気づいているけど、私の集中を途切れさせない為か、黙ってくれている。でも、御者に次の村で休憩をいれること、その際に止まる場所まで指示してくれていたから優しい人だと思う。
ディビットとユリウスは自分の世界に入っているから気づいていない。
ことの起こりは2時間ぐらい前のことだ。
カプレーゼ公爵領に入ると、一番先にある町で私たちは休憩を取った。
話によると、ここは宿場町として便利な位置にあるらしく、まっすぐ進めば、いくつかの村を過ぎてからカプレーゼ公爵領の領都に行き着き。また左右に分かれた道を進めば、他の領に続くらしく、夜明けとともに出ればここまでは徒歩でもたどり着けること、馬車で進むにしても、夜明けとともに出発して日暮れまでに着くことができるのは、カプレーゼ公爵領の領都が限界らしく、大抵の旅人は、ここで宿を取るのだそうだ。
ただ、問題はそこじゃない。この町は宿場町でもあるが、この町と、周辺に点在する村はブドウの収穫が盛んな場所で、王都に近いこともあって生食用に出荷もしているし、ワインも作っている。
そうワインを作っている。しかし、社交界デビューしていないディビットが居ることかつ、次期領主様という町の歓迎を受けて、休憩の時に出されたのはブドウジュース。
これが、美味しかった!! ジュースなんて前世ぶりと言っても良い!!
平民だったときも、子爵家の令嬢になったあとも、ジュースなんて飲んだことなかった!! 水にオレンジやレモンなどの果実をスライスしたものを漬け込んだ果実水なら飲んだことあるけど!!
果汁を水で割って冷やした果実水も飲んだことあるけど!! 100%ものは初めてだよ! 今世で!
いや、さすがに抵抗あったんだよ。ワイン造りってさ、乙女がスカートの裾持ち上げて、足でブドウを踏んでブドウ潰すんでしょ? 世界観的には、魔法があるけど中世みたいな感じだし、きっとココのワインづくりもそうなんだろうなって。そして、このブドウジュース。見た目は前世でよく見たブドウジュースのように濃い紫なんだけどね…… これも足で? って躊躇ったんだよ。
だって、結構な量が用意されていたし、ジュース作るのって大変じゃない? 前世の文明の利器があるならともかく、この世界じゃさ。
でもね、出されたものに口をつけないのは失礼かな…… と、周りが飲んでることもあって、覚悟を決めて飲んだら―――。
超おいしかった!! 久しぶりのジュースに足なんてどうでもよくなった。っていうかうら若き乙女が踏みしめて作ったブドウジュース。うん。響き的にも大丈夫!
なんて考えて、給仕の人がドン引きするくらいに飲んだ。残念なことに、私を止めてくれる人はいなかった。アンさんはディビットについていたし、ユリウスはディビット追いかけていたし。
で、今ココ。
私は足首を交互に絡めて見たり、太ももをすり合わせたりと、乙女の尊厳を守るために戦っているんだ。
呼吸にも気を使って、深く吸い込んだ後、途切れ途切れに息を吐き出してみたり。太ももを両手でさすってみたり。
耐えに耐えて、念願の言葉が聞こえて、馬車が止まった。
「マルト村に着きましたよ」
御者の言葉に、アンさんは、すかさずドアを開けて外に出ると、刺激など与えたくないし、できれば足もあまり開きなくない私を気遣って、私の腰に手を伸ばすと、子供を抱っこするように持ち上げて地面へとおろしてくれた。
アンさん素敵すぎる!!
私は、はやる気持ちを抑えながら小走りでトイレへと向かった。
私は乙女の尊厳を守りきったのだ!!
勝利の余韻と解放感に浸り、用を済ませて出ると、手洗い場でアンさんがタオルを手に待っていてくれた。ちらりと馬車の方に視線を向けると、ディビットとユリウスが話している。
あの二人に気を使ってこっちに来たのかな? なんて考えながら手を洗った後にタオルを受け取って手を拭いていると、馬の足音が聞こえた。
馬車が向いている方から聞こえてきているから、領都の方から来たんだなー。となんとなく見ていると、馬が近づいてくると、轡の馬の口脇をおさえる鏡板の部分にカプレーゼ公爵家の紋が見えた。
馬上の人は顔を隠すようにフードつきのマントを被っていたけど、風よけなんだろうなと思っていた。
出迎えかな? それとも急ぎの用なのかな? 紋章入りの馬に乗ってくるぐらいだから、親戚とか? と、のんびり考えていたら、目の前で起きた光景に私は驚き固まった。
紋章入りの馬で来たからなのか、ディビットに近づいていても、アンも御者も警戒をした様子はなかったし、だからユリウスも気を抜いていたんだと思う。
スピードを緩めた馬が、ディビットの横で歩を緩めると、そのまま伸ばされた腕をディビットが掴んで馬に乗り、馬首を返すと着た方向へと颯爽と走り去っていった。
え? なにこれ?? ディビットが馬に自分から乗ったこととか、アンが慌てないこととか、驚くポイントはあるけれど、問題はそこじゃない。
まぁ、御者とユリウスの二人が焦っているけど……
角度的に、アンも見えたはずだ。御者は見えなかったと思うけど、ユリウスも見えたと思う。
フードの中の顔もディビットだったのだ。
ディビット双子説とか? うーん。微妙~ などと考えていたら、思わず眼の前に差し出された手を、反射的にとってしまい馬の上に引き上げられた。
「追うぞ!」
いつの間にか馬車から馬が離され、ユリウスが乗っていて、私も乗せられた。なぜ? 私関係なく…… 無いね。ディビットの婚約者だった。忘れてたよ。
未練から馬車の方を振り返れば、御者の姿は、近くに馬を調達に行ったのか消えていて、アンさんは笑顔で私に手を振っていた。
「落ちたくなければ前を向け!」
怒鳴るような声に、私は無言で前を見た。だって、喋ったら舌噛むもん。
っていうか、いったいなにが起こっているんだろうね?
今思えば、旅に同行するってことで、子爵家を出る前に挨拶に行ったら、今生の別れみたいな感じだったんだよね子爵…… え? やだ、私もしかして、ヤバいことに首突っ込んでるんだろうか?
多忙の為、8月末まで更新が、かなりゆっくりになります。
全く更新できないということは、ありませんが、今までに比べるとかなりゆっくり…… というより遅いぐらいになるかと思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。




