第33話 出発
出発の日。明け方に玄関で出発前の最後の確認をしていると、馬の嘶きが聞こえた。
そのことを不思議に思い、侍従に外へ確認に出てもらうと、領地でエルザの身代わりの補佐とお母様の世話をしているはずの侍女長のアンを伴って戻ってきた。
「アン? なぜここに? というか…… 今戻ってきたということは」
「ディビット様 おはようございます。 ディビット様の、お考えのとおり、ディビット様とご婚約者様が領地に向かわれる際に、同行させていただくために、夜中に領地のお屋敷を出発させていただき、今、こちらに到着したところにございます」
「え? 暗闇の中、単騎、馬で駆けてきたのかい? 普通に危ないよね?」
思わず、アンを伴って戻ってきた侍従に同意の視線を求めるも、礼をとって目をそらされた。
「ご心配ありがとうございます。ですが、夜に単騎、馬を駆る程度のこと侍女としてできて当然でございますのでお気になさらないでください」
アンの言葉に、思わず後ろに控えていた侍女数人を見たが…… サッと目をそらされた。
うん。普通はできないよね…… わかってるから大丈夫。
「アン。いくら領地が王都寄りとはいえ、野盗の類がでないとも限らないから、極力、夜に馬を走らせるのはやめてるように」
「畏まりました」
アンは頷くと、お父様の元へ挨拶に向かった。本来なら、私よりも先に、お父様の元へ挨拶に行かなければならなかったのだが、私が驚きから話しかけてしまったため、順番が逆になってしまった。
お父様の側にはヒロインがいた為、そのままヒロインへの挨拶もアンは済ませていた。
領地には侍女長のアンが居るから、淑女教育やり直したくなければ、しっかりと猫をかぶっていろという私の言葉を思い出したのか、引きつった笑顔でヒロインもアンに声をかけていた。
お父様や使用人たちに見送られ、アンとヒロインと私の三人は馬車に乗り出発した。
王都の外へと出る門を通り抜け、領地へと向かう街道を進んでいると、馬車が緩やかに止まる。
アンが自分の胸元に、そっと手を差し込むのを見て、アンの胸元に護身用のナイフが隠されていることを知っていた私も、帯剣してきた剣に手を伸ばす。
緊張した空気が走ったが、御者を務める侍従からの言葉に私は剣から手を放した。
「ディビット様。ユリウス様が手を振られていますが……」
戸惑いを含んだ侍従の言葉に、馬車の窓を開けて外を確認する。
街道沿い、脇に寄せられた馬車の横でユリウスが手を振っている。それだけの状況なら侍従も戸惑うことは無いし、ユリウスが居たことを告げるだけで、自ら馬車を止めることはしなかっただろう。
しかし、ユリウス横にある道の脇へと寄せらた馬車にはウィデント国の王家の紋章が彫られている。
ユリウスがウィデント国の第三王子とは知らない侍従にとっては戸惑うしかないが、紋章を見てしまえば止めるしかないのがわかった。




