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第31話 婚約

 あの後、ヒロインには、サザリア侯爵令嬢のビアンカについては姉の友人だから、姉のアマリリス経由で確認してもらうようにするということと、メリルとローズの件は、私が学園に入ってから対応できるようならしてみると伝えると、元気を取り戻した様子で帰って行った。

 実際、ビアンカは私の友人だし、状況を聞き出すことは難しいことではないと思う。

 しかし、手紙でのやり取りでは無理な内容だろうから、実際に会ってとなるのだが、私がディビットに成り代わり、領地で侍女のエルザに私の身代わりをお願いしている状況では難しい。

 しかし、タイミングのいいことに、そろそろ一度王都に戻ってディビットが学園に入る前にディビットとアマリリスの揃った姿を見せておいたほうが良いのではないかというお母様と侍女長から手紙が届いたばかりだ。

 つまり、身代わりを務めているエルザのマナーが、顔を隠していればアマリリスだと疑われないという太鼓判でもある。

 エルザは領地で、お母様付添いの元、お見舞いに見えた人と会ったり、療養中ということから短時間だが領地でのお茶会にも参加して頑張ってくれたみたいだ。

 なので、一度エルザたちが王都に戻ったタイミングで少しの間だけ入れ替わってビアンカと会えるように調整しようかと考えていると、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 入室を促す言葉にドアが開かれる。

 かげりを見せた顔を隠すように恭しく一礼し、バーランは来訪の目的を告げた。

「ディビット様。旦那様がお呼びでございます」

「――――――― わかった」

 すぐに了承を返せなかったのは、バーランの表情から話の内容がわかってしまったからだろう。




 お父様の執務室を訪ねれば、想像していた通りの話を告げられた。

「アマリリスと王太子殿下の正式な婚約の日取りが決まった。どうしても第二王子派の力を削がなければならない状況になってしまったと思ってくれ。場合によっては、婚約後はすぐにディビットからアマリリスに戻ってもらうことになる」

「………… ディビットの不在はどうしますか?」

「最近までディビットが王都に居たことが確認が取れた。その後、領地に向かったことも裏が取れている。見つかるまでにそう時間もかからないだろう。その間怪我で領地療養しているでも、大好きな姉の婚約にショックを受けてひきこもっているとでも、どうとでも理由をつけるしかないな」

「…… 想像よりも、早いですね」

「あぁ。王家が動いたからな」

 なるほど…… それほどまでにまずい状況になってきているということなのかと飲み込む。

「万が一のことを考えて、リリアン嬢には明日から、こちらの屋敷で過ごしてもらう。婚約式には社交界デビューしていないディビットは参加できない。なので、明後日にアマリリスを迎えに行くという口実で領地にむけてリリアン嬢と出立をしてくれ」

「明日ではなく明後日ですか? それにリリアン嬢もですか?」

「明後日出立なのは、リリアン嬢を同行させる為の根回しの為だ。

 領地に着いたらエルザと入れ替わり、アマリリスとなり戻ってこい。

 ディビットはリリアン嬢が体調を崩したために、リリアン嬢を心配して領地に残ったということにするが、場合によっては、それが偽の情報で、ディビットが道中に怪我をしたためリリアン嬢に付き添ってもらい領地で療養しているということにする」

 その言葉に、知らずと握りしめる手に力がこもってしまう。

 我慢するように噛みしめた奥歯を引き離して、感情がこもらないように言葉を紡ぐ。

「リリアン嬢への説明は?」

 私の言葉にお父様は、ちらりと目を伏せた後、まっすぐと見つめてくる。

「リリアン嬢への説明はお前がしなさい。そして……」

 父親としてではなく公爵家当主としての決断なのだろう。厳しい事を告げる中、お父様の瞳に声に、嘆きを見た。

「考えたくない話だが、第二王子派の手にアマリリス、お前が落ちるようなことがあった場合、カプレーゼ公爵家はアマリリスをいなかったものとする」

 公爵としての言葉に、男装姿であるが、私は淑女としてのを礼を深くとった。




 部屋に戻り、扉を閉める。気が抜けたのか、そのまま扉にもたれ掛かるように、ズルズルと座り込んでしまった。

 あんなにも、きつく握りしめていた手にも腕にも今は力がはいらない。

『そうだな、王太子妃の内定も俺が取り消してやるよ』

 ヒロインが誘拐されたときのユリウスの言葉が鮮やかによみがえる。

 あの時、私は解釈ひとつでどうとでもとれる言葉だと自身を誤魔化した。

 誤魔化さなければ、なにか変っていたのだろうか……。

 ヒロインからゲームの、小説の、アマリリスが、どこかの国の王子様との小さい頃の思い出で、おままごとみたいな結婚の約束をしたという話を聞かされた時、怖くなった。

 私もまたユリウスと小さい頃に、おままごとみたいな結婚の約束をしていたから。

 その頃には、すでに前世の記憶を思い出していたのだ。30年以上生きた記憶を持っているのに、自分の体が子供だからと、子供の頃のユリウスに淡い恋心など抱くはずがなかったのではないかと……

 もしかして、あの時のにがさを含んだ綺麗な思い出も、ユリウスに抱いた淡い恋心も、すべてシナリオの強制力が見せたものなのではないかと―――。

 学園で再会した時に、一目でユリウスだと分かったのも、彼への想いも…… 彼から返される眼差しも―――― すべて、疑ったのだ。

 ポロリと涙が零れ落ちたのを感じる。

 シナリオ通りにいかなかったヒロインのベイクの攻略。シナリオとは異なる動きをしたローズとガーベラ。

 ヒロインが逆ハーを狙ったからシナリオ通りにならなかった。ディビットと婚約したからシナリオ通りにならなかった。そう理由づければシナリオ通りにいかなかった事を説明できるのかもしれない。

 でも、それは…… 強制力なんてなかったということでもあるのだ。

 強制力が働いたのなら、ヒロインは逆ハーなど狙えなかったし、彼女の母親もゲーム通りに亡くなっていただろう。それに、あの時点でのディビットとの婚約も出来なかった。王妃様が亡くなることもなかったし、私が王太子妃の候補になることもなかった。

 ディビットが舞台から逃げ出すことも叶わなかっただろうし、私がデイビットの振りをすることもなかった。

 ユリウスへの、この気持ちは、まぎれもなく私のものなのだ。

 前世では、結婚も離婚も経験した。恋だってした…… つもりだった。

「 ユ リ ウ ス 」

 聞こえるはずがないのに、思わず、彼を呼んだ声は弱弱しく震えていて、私のものでは無いようだった。

 ――― 逃げたいと思った。

 手を伸ばせばユリウスは私の手を取って逃げてくれるかもしれない。

 でも、それはしていけないことなのだと言い聞かせる。


 ユリウスと小さい頃に遊んでいた時、彼は転んで怪我をした。それを、私は治癒魔法が使えるからと、深く考えることなく彼の傷に治癒魔法を使った。

 結果、その時、私についていた乳母が処分された。

 ユリウスが王子でなければ結果は違っただろう。でも、ユリウスは王子で、私は公爵令嬢だった。

 だから、その場に居合わせた乳母が責任を取らされた。

 治癒魔法は両刃の剣。怪我や病も治せるけれど、体を傷つけることもできる。相手の許可なく使うものではないし、身分が高いものに使うには、それなりの手続きが必要なのだと。それを行わずに使えば罪を問われることを、お父様に説明された。

 乳母の処分は仕方がないことなのだと。必要なことだったのだと。

 納得などできないという私に、お父様は納得する必要は無い。割り切れといった。そして自分の立場と、それに付随する責任を理解しろと。


 もし、今、私が逃げたら王都は火の海になる可能性が高い。しかし、私が王太子妃になっても抑えることはできないかもしれない。

 それでも、私が王太子妃になることで抑えることができる可能性があるのなら…… 

 こぼれる涙を止めるべく、私は自分に言い聞かせた。

 ――― 私は、公爵令嬢としての、私の責任を果たさなくてはならない。


 




 



 



 





 

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