第21話 悪役令嬢は戸惑う
「ディビット様 マヤナス伯爵家のユリウス様より、アマリリス様にお見舞いのお花とお手紙が届いています。いかがなさいますか?」
父の後を追うように執務室を出たところで、執事のバーランに声をかけられる。
「父さんには?」
「お伝えしてあります」
「…… そう。なら俺が預かっておくよ。姉さんのところを訪ねるときに一緒に持っていく」
一礼して去っていくバーランを見送り、こぼれてしまった溜息。
ディビットの部屋に戻り、人払いをするとすでに開封されてある封筒から便せんを取り出す。
花は、ディビットの部屋に飾るわけにもいかないので、一本だけ抜き取り、残りはアマリリス、主不在となっている、私の部屋に飾るように侍女にお願いした。
『学園での再会を願って』ライトグリーンの便せんに書かれた言葉はそれだけ。
たったそれだけ。
そして、私が返す返事は決まりきった文言の礼状。
それ以上のモノは返せない。
身分を偽っての留学だが、マヤナス伯爵家のユリウスが、ユリウス・ウィデント、ウィデント国の第三王子だと分かっている人間は多い。不用意なやり取りは控えるべきなのだ。
耳にこびりつくように残っているアマリリスのことを語ったヒロインの声。
あの時感じたのは、恐怖? それとも別のモノ? 胸に棘が刺さったような痛みに目をつむる。
※ ※ ※
時間の関係で、今回、ヒロインから全てのことを聞けたわけでは無い。また、時間を作って聞けばいいと考えているから、それに対して焦りもない。
一番確認したかった王妃不在とジートル殿下が王太子と同腹でない理由は確認できた。
ゲームでは、ジートル殿下がカップを入れ替えたことで王妃様が助かり、そのことから王妃が第二王子を同腹として扱うことで彼の立場を守ったという設定が前提としてあったということ。
ジートル殿下が、カップを入れ替えた理由も、自分が陛下の子ではないことを知り悩んでいたことからだということも。
それはゲームでは描かれておらず、後に発売された小説の中で、裏設定として公開されたものだという。
今日のところは、それだけ聞ければいいかな、と雑談気分で話を振ったのがまずかったのかもしれない。
「悪役令嬢役の子たちは、どうしてヒロインを虐めたわけ?」
アマリリスがヒロインを虐めるのはまだわからないでもない。
ただ、ローズやガーベラは、そんな裏設定があるのなら、これ幸いと婚約破棄すればよかったのではないかとも思うのだ。
相手の不貞を指摘しての婚約破棄なら、手順さえ踏めば下位貴族から上位貴族にでも突きつけられるのだから。
ゲームだからしなかったと言われれば、それまでなのだけれど。
「このゲームのタイトルの『ガラス細工の乙女たち』の意味なんですけど、『たち』って複数形なのにヒロイン選択できるわけでもないから、ファンの間では、ずっと疑問があったんです。
それに、ヒロインガラス細工って感じの子じゃなかったし。精神的に、たくましいって感じだったし。容姿は自己投影しやすいようにって意味で顔が出ないアングルばっかりだから、見た目のことでもないんだろうって。1のゲームのつながりで、同じ単語使っただけじゃない? って落ち着いていたんですけど。
それが、ファンブックで、タイトルはヒロインのことじゃなくで、悪役令嬢たちのことを表してるってことが発表されて、さらに小説を読んだことで納得というか。
ローズは、メリルのこと好きだったんです。幼いころは仲が良くて、メリルが抱えているコンプレックスも理解していて、なんか、家の事情で結ばれた婚約で意味があったらしいんですけど、ローズはそれも知っていて、伯爵家のことをけなされても耐えていたんです。
結婚して伯爵家に婿入りすればコンプレックスから解放されるんじゃないかな? されなくても支えていこうって覚悟してて、伯爵家のことをけなしても、メリルはローズのことをけなしたりしなかったので、メリルのことをローズは信じていたんですよ。
だから、幼馴染の伯爵家の少年からの告白も、メリルからの扱いがひどいこともあって心揺れるけど『嬉しいけどメリル様と一緒に歩いていきたいの』って断ったんですよ。
それなのに、メリルは、その時、ヒロインといちゃいちゃしていて、ローズがメリルにかけた言葉と同じような言葉で、ヒロインにコンプレックスを癒されるんですよ!! そうなると!! その健気すぎるほど健気なローズに対して、伯爵家のことだけではなく、ローズのこともけなすようになるんです!! それで、ちょっとローズってば精神的におかしくなっちゃって、伯爵家はダメなのに、それより下の子爵家ならいいの?? マナーもなにもできていないのに!! とヒロインに辛くあたるようになるんです。私は断然幼馴染の伯爵家の少年押しです!! だから、ローズが幼馴染の少年に告白される前に、メリルを落として、ローズが少年と結ばれた後にポイしてやろうと計画していたんです!!」
「そ…… そうなんだ」
ドンとテーブルを叩いて力説するヒロインに、引いてしまう。
「もっとも、小説はエリオット落ちなんで、告白してきたメリルに対してお友達発言して振るんで、ちょっとだけすっきりするんですけどね~」
ヒロインがメリルと関わらなければ良いんじゃないか? とも思ったが、とりあえず黙っておく。
「ガーベラはわざとなんですよ。ベイクと婚約したことで両親が困っているのに悩んでいて、それでも何もできない自分を歯がゆく思っているんです。しかもベイクからはダメ出しの連続。彼に対して愛情なんて一欠けらも見いだせない。婚約破棄ができればと思っている所に、ヒロインがベイクと出逢って、仲を深めていく二人を見て、これってチャンスじゃない? ヒロインのが爵位上だし、ヒロインを虐めて婚約破棄してもらおうと。処罰されることも覚悟しての親孝行なんですよ!! だから、婚約者不在のエリオットルートでの悪役令嬢役も彼女が務めるんです。泣けるじゃないですか!! こんな良い子ベイクにはもったいないよ!! だから、ベイクを落として婚約破棄させたあとにエリオットとくっ付けばいいんだぁ~。ベイクと婚約破棄後なら、ガーベラが処罰されないように私喜んで否定する!!」
なぜ、そこでエリオットが出てくるかはわからないが、ヒロインの語りを見る限り、攻略対象の一人である伯爵家の次男であるエリオットは、ディビットが残したノートの設定通りの人物なのだろう。
エリオットは騎士を目指す裏表のない好青年で、騎士見習いとしての扱いを受けているが、見習いに選ばれていることが、父親が騎士団長であり、長男は王太子の近衛騎士だから取り上げてもらえたのではないか? 自分の実力が伴っていないのではないか? と不安にさいなまれているが、ヒロインと接することで自信をつけていくとノートに書いてあった通りで、彼には裏設定が無いのだろう。
ちょっとほっとしたのは内緒だ。攻略対象に、こんなどうしようもない裏設定がある乙女ゲームってどうなの? と思っていただけに。
「それでジートル殿下がですねぇ~」
そういってヒロインは深いため息を吐く。
あぁ…… 微ヤンデレだっけ?
「夜会で一目見た時から。ヒロインラブなんですよ」
「は?」
「もちろんゲームではそんなこと書かれてませんけど、一番攻略が簡単でした。きっと、そういう裏設定があるからだと思います。
漫画版は、ジートル殿下ルートなんで、夜会で一目惚れしてるシーンもあったんですけど、問題は裏設定をがっつり取り込んだエリオット落ちの小説版です。同時発売のファンブックにも裏設定として書いてありましたけど。
アマリリスがかわいそうすぎて!! あれでアマリリスファン確実に増えましたね!!」
意味が分からないんだけど…… エリオットルートならアマリリス関係ないんじゃ?
「小説版って、エリオットルートなんですけど、ゲームと違って全員とヒロインが接触するんですよ。だから、ゲームには無かった逆ハーエンドを小説で!? とちょっと途中までウキウキしちゃいましたけど。
そんな感じでヒロインを攻略対象の全員と絡めることで、攻略対象と悪役令嬢の裏設定をビシバシからめて書いてあるんですけど、アマリリスの裏設定せつなかったわぁ~」
あぁ、それでローズとガーベラの心情までわかっているのかと納得した。
「アマリリスってどっかの国の王子様と良い感じだったらしいんですよ。っていっても小さいころの思い出で、おままごとみたいな結婚の約束をして仲良く遊んだっていう綺麗な思い出なんですけど。
でもですね!! その王子様との婚約話が持ち上がったんです!! ただ、その喜びもつかの間、ディビットの魔力暴走で傷跡が顔に残ってしまった。腕だけなら、まだ手袋で隠すなりドレスで隠すなりできたんですけど、顔の傷は隠しようがない。傷を隠すなら顔も隠さなきゃならない。そんな理由で思い出の王子との婚約の話は無くなるんです。そのあと、幼いジートル殿下に『傷があってもなくてもアマリリスは素敵なレディだよ』って慰められて、ジートル殿下の婚約者にアマリリスは名乗りを上げるんですよ。で、ジートル殿下の婚約者になって、彼の前だけでは顔の傷を隠すベールを取るんですけど、ジートル殿下は慰めた時の言葉や態度が嘘のようにアマリリスを直視しないんです。そのことに傷つきながらも健気に頑張るアマリリス!! 泣けたよ~。
お茶会でも腫れ物に触るような感じで扱われたかと思うと、母親の公爵夫人が席を外すとチクリと大人から嫌味言われてって感じなんだもん。一緒に参加したディビットの容姿を褒めて、顔に傷の残ったお姉さんがいるなんて可愛そうと憐れむ。そうやってアマリリスを蔑むんですよ!!
ディビットも何も言わずに黙ったままだし!!
アマリリスは両親がジートル殿下の婚約者になることを歓迎していないことを理解していて、それでもとジートル殿下の婚約者になりたいと両親にお願いして無理矢理婚約者になった経緯があるから、周りの貴族に傷のことで蔑まれても両親に泣きつくこともできなかったんですよ。
そのストレスのはけ口がディビットに向かっていたのはどうかとも思うけど、あれは辛いよ~。 仕方ないよ! だってまだ、子供だよ? 前世なら小学生!! 苦しみを吐き出す場所欲しくなるよ。
ディビットもアマリリスの苦しみを理解していて、罵詈雑言を甘んじて受けることで、姉の顔に傷をつけてしまった苦しみから逃れようとするし。
それでも、ジートル殿下の態度も周りも、自分が王子妃として申し分のない令嬢になって、学園に入れば何か変わるかと思っていたアマリリスなんですけど、公爵令嬢だから面と向かっては言われないだけで、顔の傷や、それを隠すための顔を覆うベールのことで他の令嬢たちに陰で言われる悪口に心痛めていたんです。
それでも社交界デビュー、さらには王子妃になったときには、もっと嫌なことを言われるだろうと心を強く持とうとするんですけど、そんな中、学園に身分を隠して留学してきている、思い出の王子と再会するんです!! 自分との婚約がなくなった後、新しい婚約者を迎えることなく身分を隠して留学してきた王子。かたや、すぐにジートルの婚約者に自分からなったアマリリス。そんな中、ジートル殿下やデイビットがヒロインとの仲を深めていくんです。
ディビットに対しては、政略結婚ではなく恋愛結婚しようとするのが許せなかったみたいです。
アマリリスは、傷跡のせいで自分は思い出の王子と婚約できなかったわけですし、学園で再会してから、思い出の王子に惹かれていく自分も許せなかった。
それでも、ヒロインが公爵家にふさわしい令嬢なら見逃せたんでしょうけど、子爵令嬢といっても、市井育ちの庶子で、マナーも何もなっていない。学園での人間関係を見る限り、将来の公爵夫人として迎えるに値しない。そんな感じです。まぁ、小説版はエリオット落ちなんで、ディビットは告白するまでもなく間接的に振られちゃうみたいな流れなんですけど。でも、ゲームのディビットルートを見る限り、アマリリスが、かなりきつい言葉をヒロインに言ったりして辛く当たるんですけど、公爵夫人になるのなら当たり前的なことでもあるんですよ。
だから小説版とファンブックの発売後は、そのことで友達と語り合いましたよ。
ジートル殿下に至っては、もっとアマリリス複雑なんです。
ジートル殿下との定期的なお茶会の日、馬車の不具合で予定よりも少し到着が遅れたんです。ジートル殿下は遅れるという連絡をうけて、ならばすぐに来ることはないだろうと思ったのか、自分の侍従をしている乳兄弟に心情を吐露してしまうんですよ。ヒロインを愛していること、でも、アマリリスの顔と腕に残った傷が自分の母親の企みが原因であることから、彼女を捨てることもできない。あの傷跡を見せられるたび、責められている気分になるみたいな話をしていて、その話を、そんなに遅れることもなくやってきたアマリリスは聞いちゃったんですよ。
漫画版ではヒロインの綺麗な肌を褒めるジートル殿下のシーンをアマリリスが見てしまうとことかもありましたし。アマリリス複雑だったと思うなぁ~」
ディビットの魔力暴走に側妃が関わっている可能性は考えていたので、それについてはやっぱりなぐらいの感覚だった。当時、ディビットの家庭教師には一流の魔法使いがついていた。それこそ、魔力暴走を起こす可能性が低くなるようにとディビットからの希望もあったのだから。
「漫画版は複雑なアマリリスの心境を描いてなかったし、小説版はエリオット落ちなんで、最終的にはジートル殿下はアマリリスとそのまま結婚するんですけど~、アマリリスとの結婚後もジートル殿下はエリオットと結ばれたヒロインをずっと思い続けるんですよ。ローズとガーベラのその後は描かれてないんですけど、アマリリスとジートル殿下のその後? 最後? は書かれていて…… 二人で心中だったんですよ~ もうアマリリス可愛そうすぎて!!
あれ? ジートル殿下ルートでアマリリスが悪役令嬢になった理由ですよね…… うーん。そこらへんはファンの間でも意見分かれてるんですよ~。ヒロインへの嫉妬っていう意見もあるけど、絶望からくるものじゃないかって意見もあって。あとは思い出の王子と結ばれるために、婚約を解消しようとしてじゃないかって意見もあったかな。でも、それは顔の傷で婚約できなかったら違うだろ的な意見もあって。最終的には、アマリリスを主人公にした小説が出るってことだったんで、それ待ちだったんだけど…… あれ? 発売されたんだったっけかな?」
※ ※ ※
小説ではジートル殿下と最後に心中だったと聞かされたことよりも、思い出の王子の話に身体が震えた。名前は出なかったがユリウスのことを言っているのだと分かったから。
それは、自分のことではなく小説の中のアマリリスの話だというのに、自分の醜さと弱さを見せつけられた気がしたのだ。
アマリリスとして生きて、前世の常識や倫理観などと葛藤しながらも、幼いころの出来事から公爵令嬢であることの立場と責任を理解したつもりだった。
それでも私は…… ここがゲームと似た世界だと知ってからは、断罪されようが修道院送りになろうが構わないと思っていたのだから。
だから、ディビットの身代わりを務めることも、夜会で毒に倒れたふりも、髪を短く切ることだって躊躇うことなくできたのだ。
それらは王家の為でも国の為でも民の為でもない。自分自身の為だと突きつけられた気がした。
結局…… 私は自分に与えられた身分と責任を完全に理解などできていなかったのだと―――。
そして不安を感じたのだ――。
この私の気持ちは本当に自分のモノなのかと……
これだけヒロインちゃん語ってて、なにを話したか覚えてないは無理な気がしなくもない……
あとで前々話少しだけ修正するかもしれません。




