第2話 ため息の弟くん
詰んだ。
姉の名前がアマリリスだと認識した時に、俺は絶望した。
前世の記憶を思い出したのは、4歳の時だった。
公爵家の長男で魔法が存在する世界。浮かれない方が可笑しい。
1歳上の姉が5歳から始められる魔法の勉強をしているのを覗きながら、来年になれば俺も魔法の勉強ができるとわくわくしていた。
魔法に興味がしんしんと部屋の中を覗き見る俺を、侍女や姉、家庭教師は微笑ましそうに時折見るぐらいで咎められることもない。
家庭教師が、授業の終わりに「アマリリス様。今日の授業はここまでにしましょうか」とにこやかに話すまで俺はウキウキだった。
屋敷の中で、姉は、両親からは愛称の『リズ』で呼ばれていたし、それを俺は名前だと認識していた。
侍女や侍従、執事からは『お嬢様』。弟の俺に、姉がアマリリスだと自己紹介することもないから、俺はこの時まで姉の名前がアマリリスだと知らなかったし、前世の記憶が戻っても、姉の名前はリズだと思っていたので疑問に思うこともせず今まで過ごしてきたのだ。
この世界は、前世で妹がプレイしていた乙女ゲームの世界に酷似していた。
そのころ、サッカーのゲーム中に足を骨折してしまい動くことができず、普段アウトドア派で部屋の中ですることがない俺に、妹が強制的に貸してくれたゲームだ。
前世の記憶が戻ってから、見聞きした国の名前や自分たちが15歳から通うことになる学園の名前などから似ているなとはおもっては居た。そのゲームにはディビットという公爵家の長男が実の姉に虐められて育ってきたという設定の攻略対象が登場していたが、姉との仲も良好だった為、それが自分だとはお気楽なことに気が付かなかったのだ。
せめて姉の愛称が『アマリー』とかなら、疑問に思えたものを。
ゲームで悪役令嬢ならスチルとかで容姿で気が付くんじゃないかって思うかもだけど、ディビットが幼い時に起こした魔力暴走で負った傷の傷跡が頬と腕に残っており、顔はベールに隠され、腕は長い手袋をしている姿でしかゲームの中では登場してこなかった。
そう、その残ってしまった傷跡が原因で姉のアマリリスに弟のディビットは虐められるのだ。
ディビットも、姉に対する負い目から両親に姉の虐めのことは訴えることができずに、ずっと何年も過ごすのだ。ゲームでは、ディビットと姉の婚約者の第二王子のルートの時だけ、姉は悪役令嬢として断罪され修道院へ行く。
そうなんだよ……それ以外のルートでは俺の問題解決しない。
それからは、姉とは、距離を取るようにした。
悲しそうな顔をされるけど、俺は自分が虐められる人生なんて嫌だし、近くにいて魔力が暴走して姉の顔や腕に傷跡を残すのも嫌だから頑張った…頑張ったのに。
魔力暴走して、ゲームで描かれていた以上の怪我を姉にさせてしまいました…