第18話 乙女ゲームなんだよね?
なんか聞き間違えたかな?
今、モラハラ野郎って単語を聞いたんだけど……
前世で、ゲームはスマホのパズル系のゲームしかしたことないけど、平安、戦国、幕末を背景とした乙女ゲームが漫画化したものは読んだことあるし、プレイしたことはないだけで、乙女ゲームがどんなものかは理解しているつもりだからこそ、その言葉に違和感を覚える。
第一、ディビットが残したノートにはモラハラ的なことはなかったと思うけど……
一方的な婚約破棄と断罪をモラハラと取るなら、そうなのかもしれないけど…… それをされるのは悪役令嬢側だし……
うん? それともヒロインはモラハラの被害者になりたい欲求でもあるの? でもポイしたいわけだから、優位だと思っていたモラハラの加害者を足蹴にしたい恨みでもあるのかな?
「…… とりあえず、ソファーに座ってもらえるかな。土下座したままの人間と話す趣味は俺には無いから」
ヒロインが顔を俯かせたまま、ソファーに座りなおしたのを確認すると、どうしようかな? と思う。
自分も転生者だと話せば聞きたいことを、すぐ聞くことはできる。
同じ転生者だということを話さなくても、必要なことを聞き出す自信はあるが…… 終わってから、そうでした!そんなこともありました。とか言い出しそうな感じもして、非常にめんどくさい。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音とバーランの声。
ちょうどいいタイミングで来るね~。
「入っていいよ」
一礼して部屋の様子をちらりと確認したバーランに近づくと、彼の耳元で内緒話。
わざと渋い顔をして見せるバーランに大丈夫だからと笑う。
「保険なんだ」
「保険でございますか? かしこまりました。旦那様へお伝えいたします」
「あとで詳しい話は俺からも話すよ」
バーランが退出してドアが閉められたのを確認してヒロインに向き直ると、なぜか顔が青ざめていた。
「どうした?」
「―― 本当なんです! 嘘じゃないです! 私、犯人とは関わりありません!! 無関係です! ちょっと乙女の夢を楽しみたいかなって欲望があっただけで!」
「は?」
「だから、近衛隊に引き渡さないで~」
エグエグと泣きだしたヒロインに呆気にとられる。
あぁ…… さっきのバーランとのやり取りを勘違いしたのか。
「大丈夫、近衛に引き渡す相談したわけじゃないから」
「…… 本当ですか?」
「本当だよ。それより、君が知ってることを俺に教えて欲しいんだ。とりあえず、乙女ゲームなのにモラハラ野郎ってどういう意味?」
「そのままです~。攻略対象のメリルとベイクがモラハラ野郎なんです。ジートル殿下はモラハラ野郎じゃないですけど~ 微ヤンデレっぽい感じ? あ、でも、アマリリスに傷跡残ってないからまともなのかな?」
ヒロイン普通に答えたね。気が付いてないのかな?
けっこうな爆弾発言したつもりなんだけど……
しかし、ノートだと侯爵家の三男メリルは、長男の宰相補佐官と、外交官をしている次男とは年の離れた兄弟。家族仲は良いが、長男次男へのコンプレックスが強いって話だったし、そこをヒロインが癒すってことだった。学園で実際接してみても、そういったところは見られたから、ここはノート通りだと思ったんだけど。
そして、子爵家嫡男ベイクは、ノートでは子爵家であるが経済的に豊かであるため強気でいられるが、近寄ってくる人間は金目当てで自分のことなど見ていないのではないかと怯えていて、その孤独をヒロインに癒される。ってことだった。
実際に学園で様子を伺ってみると、周りとはどことなく距離を置いており、同じような立場…… といっていいかどうかも微妙だけれど、ジートル殿下のことだけは信頼しているような感じだった。
で…… ジートル殿下が微ヤンデレってどういうこと?
「ごめん、意味がよくわからないんだけど? どこら辺がモラハラ野郎なの?」
あたしの言葉に、さっきまで怯えていたのが嘘のように、ヒロインは楽しげに話し出した。
「メリルは、将来は格下である伯爵家に婿入り予定なんですけど、コンプレックスである兄たちへのうっぷんを晴らすように婚約者のローズへと嫌味を重ねているんです。侯爵家である自分が伯爵家に婿入りすることも不満に思っていて、何かと侯爵家と伯爵家の違いを持ち出しては、これだから伯爵家の人間はって感じでローズを虐めるんです」
は? 何その設定?
ダーベル侯爵家のメリルとアーラット伯爵家のローズの婚約ならお父様から聞かされている。
ダーベル侯爵家の領地が8年前に災害の被害にあった時の負債がいまだ残っていて、それを軽減するために、侯爵家長男のビスクと学園時代の仲の良い友人でもあったアーラット伯爵が自分の娘であるローズと、ビスクの年の離れた弟である三男のメリルを婚約させることで援助できるようにしたという経緯がある。
アーラット伯爵としてはビスクの子供か、侯爵家を継いでいく次男の血筋と婚約を結ばせたかった所なのだろうが、残念ながらビスクは結婚をしておらず子供がいない。跡を継ぐのは次男のマイアットの子供と決まっているのだが、ローズと年齢が離れていることと、ローズが一人娘であることから、婿であることが重要であるため、三男のメリルということになったのだ。
お父様から聞かされていなくても、この婚約の経緯についてはお茶会でも簡単に情報収集はできてしまうというのに、ローズに対して嫌味を言うということは、当事者がそれを理解していないっていうことだよね。
「それで、ベイクは自分の家の経済力であるなら子爵家はもちろん伯爵家。上手くいけば侯爵家からでも婚約者を迎えることができるのに、決まった婚約者は何のとりえもない男爵令嬢のガーベラであることに不満を持っているんです。ガーベラではなく、もっと爵位の高い貴族令嬢を婚約者に迎えたいって親に言っても相手にしてもらえないため、婚約者に完璧を求めるようになるんです。で、誰の作法は完璧だったとか、気の利いた話題の提供もできないのかとか、ダンスが下手だとか無理やりもいいとこの文句をつけてガーベラを虐めるんですよ!! 学園の成績だってベイクよりガーベラのが上なのに、他の令嬢より成績が低いって文句をつけるんです」
えーっと…… 乙女ゲームの攻略対象なんだよね?
っていうか、センリーズ子爵家のベイクとコーラル男爵家のガーベラの婚約って、思いっきりセンリーズ子爵家のごり押しだったよね。
センリーズ子爵家の領地の主力産業で、子爵家に裕福さをもたらしているといっても過言ではない石灰石の販売先がコーラル男爵家なのだ。というかベイクとガーベラの婚約をセンリーズ子爵家が、半ば強引に結ぶことで、コーラル男爵家への石灰石の販売を独占した形である。
コーラル男爵家の領地は砂糖の材料である、てん菜の栽培に適しており、栽培にどうしても必要となる石灰を自領で賄うことができないため、他領からの購入に頼っているのだが、それに目を付けたセンリーズ子爵家と子爵家に嫁いだベイクの母親の実家であるボーグ伯爵家を後ろ盾に婚約を結び、石灰石の販売の独占と通常よりも高い値段での販売契約を、ベイクとガーベラの婚約に絡めて結んだはずだ。
ベイクとガーベラの婚約に絡めて不平等も良い所の契約を結んだのは、コーラル男爵家のせめてもの抵抗だというのがわかる。
それでも、その条件を飲めたのは、てん菜から作る砂糖が高値で取引されているからであり、石灰石の値段の上乗せもどうにかなるからだったというのがある。
ようはベイクのセンリーズ子爵家より、ガーベラのコーラル男爵家のが経済的に裕福であり、婚約が破棄されればコーラル男爵家は大喜び! センリーズ子爵家の経済状態は一気に悪化ってことなんだけど。石灰石は他の貴族の領地でもとれるし、今回の婚約に絡めた独占に不快感を表している貴族も多いからコーラル男爵家との婚約破棄したら後がないんだよね、センリーズ子爵家って。
「で、この乙女ゲームなんですけど!! …………あれ?? なんか変だったような……」
首を傾げて考え込むヒロイン。今までのやり取りを反芻して思い至ったのか、私の顔を凝視する。
「そう。俺も転生者だよ。気が付いた通り乙女ゲーム、ガラス細工の乙女たちの知識がある日本からの転生者」
そう丁寧に答えると、ヒロインは顔を真っ赤に染めてテーブルへと突っ伏した。
「黒歴史だ! 間違いなく黒歴史だぁ~」




