オーバーライフ。
この小説の内容は全てフィクションです。実際の個人、団体、国家等とは一切関係ありません。
落ちていた。暗い穴を、どこまでも。いや、此処はそもそも穴、なのだろうか。それとも、元々無、なのだろうか。それすら分からず、兎に角私は、落ちていることだけは間違いないのだ。
「メーデーメーデーメーデー。こちらデルタ3!突然敵の砲撃に遭い、テール部に被弾!!飛行の継続は困難。繰り返す、飛行の継続は困難。現在の高度は3000フィート。急速に降下中。」
パイロットが必死で現況を報告している間にも、ヘリの高度は下がっていく。
「デルタ3、最後の位置を報告する。東経XX、北緯XX。デルタ3、墜落する。繰り返す、デルタ3墜落する。」
ヘリは機首部から木にぶつかりローターを四散させつつ、テール部を分離された状態で地面に激突した。あの分では、恐らく生存者は居るまい。
そう思いながら俺は傍受に使っていた無線機のスイッチを切り、双眼鏡を顔から離そうとした。視界が双眼鏡の視界から通常に戻る刹那、ヘリの残骸から少女が出てきたような気がするまでは。
「ん?」
見間違いだろうと思い、もう一度双眼鏡をのぞき込む。まさかあんなに大破したヘリから人が出てくるわけ・・・。
いや、間違いない。確かに、少女が一人出てきた。見た感じからして、ヨーロッパの人だろうか?言って話してみようかとも考えて、止めた。今は、自分の任務を優先するべきだろう。そう、この任務が終われば、半年の休暇が入る。まあ、別にすることもないのだが。そんなことを考えながら、前方に見える建物に意識を戻す。ヘリが来る前から建物への潜入の機会をうかがっていたのだが、途中で突如ヘリコプターが飛んできて、撃墜されたので、様子を見ていたのだ。ついでにヘリからの無線の周波数も分かったので傍受していたのだ。
「さて、行くか。」
そうつぶやいて、潜入を開始する。時刻は00:00ジャスト、今夜は新月で真っ暗だ。全て、計画通り。
予定通り、一階の窓をガラス切りで斬って鍵を開け、侵入する。古典的なやり方だが、このような古い建物で、警備システムもないところには有効だ。事前の調査で、現在の時刻は、見張りの兵士が5人、1階に1人、2階に2人、3階に2人ということも分かっている。右手に持ったMP5の初弾が装填されていて、トリガーを引けば弾が出るようになっていることを確認してから、廊下を進む。ただ、できれば銃を使いたくないというのが本望だ。必要最低限の人物しか殺したくないしな。
しばらく進んで、おかしいと思った。が、まだ1階だからだろうと思った。2階になって、3階へと続く階段の手前まで来て、ようやく違和感を感じた。
「・・・・・、警備が甘すぎる。」
予定では、少なくとも2階の兵士のうちどちらか1人か殺さなくてはならないと思っていた。が、出くわさない。俺がかなりの強運の持ち主なのか、それとも・・・。
ま、考えていたって仕方がない。人が居ないのをこれ幸いとばかりに先に進む。まあ、僥倖ではあるが。
マジで何事もなくデータ保管室までたどり着いてしまった。いくら何でもおかしすぎる。用心深くMP5の冷たい感触を確かめながら、メインコンピュータの前まで進む。監視カメラは、事前に今夜だけ、俺のバックアップの人が切ってくれている。軽くコンピュータをいじってみるが、ログインできない。まだバックの人がロックを解除できていないみたいだ。00:30に解除してくれるはずなのだが。
防衛省直属の防諜機関、オリス(OLICE)。日本国内で唯一にして最大の防諜機関だ。昭和50年、日本の防諜能力の低さを懸念して、一部の政治家が水面下で創立。まあ、どうせアメリカ軍嫌いの奴らが、日本独自の防諜機関を欲しがっただけなのだろうが。まあしかし、当時はまだ国に財源があったのである。今やオリスは国民から見ればただの税金泥棒だろう。だがしかし、オリスを失えば、日本という国は目を潰され耳をふさがれたも同然なのだ。完全に防諜能力を失ってしまう。そんな状態で国が進めるはずがない。
「アビス」、日本領海から南に約50キロの地点にある孤島でセイル聖導会が秘密裏に保持しているデータ。内容は、今まで完全に不明だった。が、このたびオリスがそれを掴んだ。だが、俺に内容は知らせず、アビスのコピーを入手してこいという任務が下ったわけだ。まあ、防衛省の人間が他組織の施設に潜入し、場合によっては組織の人間を殺傷して、データのコピーを奪うのだ。任務実行までにはかなり揉め事があったらしいが。
セイル聖導会、アメリカに本拠地を置く宗教組織。かなり巨大な組織で、かなりの軍事力もあり、(独自の軍を持っている。)発言力もかなり強い。アメリカ政府には根回しをしているようで、合衆国は聖導会の取り締まりにはかなり消極的だ。寧ろ、軍備を貸すなどの協力をしているとも言われている。
突如、ディスプレイの画面が切り替わり。ログインを示す「LOGIN WELCOM!!」の文字が浮かび上がった。成功したようだ。背負っていたリュックからポーダブルハードディスクを取り出し、接続する。ログインし続けられる時間は5分だ。それ以上ログインし続けると、本部に警報が鳴ってしまう。逸る気持ちを抑えて、慎重にデータのコピーを開始する。「アビス」の場所は直ぐに分かったが、コピープロテクトが掛かっていた。解除に1分。コピーに2分。クソッ!どうしてこんなに重いんだ。ログの削除に1分30秒。
「間に合ってくれ!!」
残り一秒というところで、何とかログアウトした。だが、油断はできない。MP5を改めて構え直して、慎重にデータ保管室から廊下に出る、少なくとも、出たはずだった。保管室にドアは一つしかないはずだから、出口を間違えると言うことはない、はずなのだが。俺が一歩を踏み出した先には、ただ黒い空間が、広がっていた。
「っ!!」
落ちる!!頭から!!真っ逆さまにっ!!!意味が分からない。何だって廊下だった場所が真っ黒になってんだ!?そんな思考をする間にも、体は落ちて・・・、ない?
何故か、俺は宙に浮いていた。いや、よく見ると、誰かが俺の服の袖を何とか掴んでくれているのだ。
「・・・・・。」
さっきの少女だ!彼女、どうして落ちないんだ?
彼女は、宙に浮いていた。そこに見えない足場があるかのように。だが、やはり俺を1人で引き上げるのはかなり厳しいはず。
「なっ!!」
彼女は、俺を楽々と引き上げ、同じ高さにした。
「足場が、ある。」
さっきまでは何も見えなかったはずの場所に、白い、通路があった。彼女はそこを、先に歩いて、振り返ってこっちを見た。ついてこい・・・、ということだろうか?
真っ暗な場所に、真っ白な床がまっすぐ伸びていく。そこを、たった2人が歩く。それは、とても奇妙な感覚だった。
「なあ、これは一体・・・。」
こみ上げてくる謎と、静寂に耐えかねて、俺は尋ねた。
「現術。」
唐突に、彼女はそういった。
「ゲンジュツ・・・?」
「そう。中世ヨーロッパの黒魔術は未完成だった。複雑な魔法陣をいちいち描かなくてはいけなかったり、長い呪文を唱えたり。」
「・・・・・。」
「それを克服したのが、現術。黒魔術をベースとした物に改良を加え、軍事用に聖導会が極秘に開発してきた物。黒魔術が魔法陣や呪文を通じて魔力を解放するのに対して、現術は直接体から魔力を解放することが可能。」
「・・・、それは、誰でも使うことが可能なのか。」
「少し前までは、使える"人間"は居なかった。そこで作られたのが、オーブルといわれる者。」
「オーブル?」
「私を含め、5体が作られたが、現在生存しているのは私を含む数人。」
「数人?」
「数ヶ月前、アビスが完成した。それを使うことで、人でも現術を使うことが可能になる。」
「・・・・・・。」
「でも所詮は人の身、現術を使いこなすことなど不可能。それを無理に通せば、その先に待っているのは、破滅。」
「っ!!」
「それを悟った大半のオーブルは、それを阻止しようと、アビスを消去しようとした。だから彼らは、ころすために消された。」
「・・・・・。」
「私はこの島で消されるはずだったのだけれど、何故が乗っていたヘリが撃墜されて助かった。」
「そのことなんだが・・・。」
「前。」
「えっ!?」
気がつけば、白い通路など終わっていて、普通の元の建物の内部に俺達はいた。そこには、兵士達!!
「気をつけて。彼ら、現術を習得してる。初期の現術なら使える。」
「初期ってどのくらいなんっ・・・!?」
初期の現術という者がどのくらい凄いのか聞く間もなく、それは分かった。
「っ!!!」
俺が今までいた場所の壁に無数の槍が突き刺さる!!兵士の1人が突如飛ばしてきたのだ。勿論、手で投げた訳じゃないっ!!素早く床に転がり損ねていたら、今頃串刺しだ!
「・・・・・。」
彼女は、黙って彼らを見つめたまま、動じない。
「三人までなら、私でやれる。後の2人は任せた。」
「分かった。」
素早く遮蔽物になるような物を探す。ぼさっと立っていたら、また何が飛んでくるか分からない。素早く近くにあったドラム缶に身を潜める。そこから少し身を出して様子を見る。
「なっ!!!!!」
その瞬間、また飛んできた。素早く身を引っ込める!!
「えっ!?」
今度は、槍じゃなかった。剣だ!!それもただ間すぐ飛んできた訳じゃない。ブーメランのように回転しながら飛んでいたのだ。こんなのに当たったら、一気に内蔵まで刃が到達してしまうっ!
「ちくしょう。どうすれば・・・。」
もう一度少しだけ顔を出す。
間髪入れず、今度も剣が飛んできた。待てよ、顔を出したときにはもう飛んできてたぞ!まさか、彼奴ら隠れてる俺の動きが分かってるのか?
・・・・・・。それならば、それを逆手にとる!!
右から顔を出そうとする。勿論右に剣が飛んできて、
「今だ!!」
素早く足でめいっぱい床を蹴って、左から飛び出す!!剣の飛来をそのままかわしつつ、MP5で狙いをつける!!こんな無理な姿勢ではなかなか照準が合わないが、それは一般論!!オリスで飛び抜けた成績を持つ俺の腕は伊達じゃない。
素早く2人に向けてフルオートで撃ちまくるッ!!!
「ぐっ!」
「がっ!」
2人の絶命を確認した後、彼女の方を見る。って、嘘だろ!?
彼女の相手をしていた3人は心臓に剣が刺さっていた。ただ外部から刺したというわけじゃない。内部から剣が生えてきているのだ。その証拠に、体のどの面から見ても、剣の切っ先しか見えない。胸、背中、脇からそれが飛び出しているのだ!
「・・・・・。」
「・・・おい、これは。」
「行こう。此処で現術が使われたことが本部に通達された。直にたくさん人が来る。」
「・・・・・。」
この島は元々人が住んでいたようで、あちこちに廃墟となった建物がある。おそらく、何らかの理由で島民がみんな去っていって、無人島となったのだろう。そんな島の市街地だったらしい場所は、かなり建物が入り組んでいる。昔の設計らしく、かなり無計画に住居を建てていったようだ。そして、そんな建物の中のいっそう外からは見えにくい一つに、俺たちはいる。任務を貰ったときに支給された食料と水を二人で分け合って食べた後、彼女から話の続きを聞くことが出来た。
「貴方たち人間は、みんな、幻を見ているの。」
開口一番に聞けた言葉がこれでは、俺が理解にかなり苦しんだのもお分かりいただけるだろう。
「私達オーブルは、現世である物しか見ることはできない。そういう目をしているから。私達がそうであることから「現術」というネーミングが付いたの。」
「へえ、それでその目には一体何が見えるんだ?」
「死。」
「は?」
「それと、現境。」
「すまない、俺にも分かるように言ってくれ。」
「現境とは、幻と、現世の境の部分。そこに魔力が集中して流れているの。そこを流れる魔力と自己から出した魔力とを共振させて現術を使用することができる。現世では、その二つが一番目だって見える。」
「・・・・・。」
「現世にある物は、"絶対的"な物のみ。それは、ほんの一部の物だけ。」
「じゃあ、俺達が見えている物っていうのは・・・。」
「・・・・・、見えてる方が幸せなのよ。寧ろ、幻を見ることができる能力が、貴方達人間の強みともいえる。」
「・・・・・、そうか。」
「あの建物はアビスが保管されていたこともあって、かなり現境が強かった。だからあれだけの現術を発動できたけど、次はそうはいかないはず。」
「ところで、どうしておまえが乗っていたヘリは撃墜されたんだ?話を聞くと、御前を殺すために連れてきたんだろ?じゃあこっちの人間が攻撃する道理は無いじゃないか。」
「詳しくは分からないけど、聖導会内部でも様々な意見があって、ひとくくりにはできないみたい。多分、アビスに対して反抗している人も居るんだと思う。」
「それじゃあ、そいつらは上手くいけば味方になってくれるのか?」
「そうはいけないと思う。やはり聖導会内部ではアビスを使用して最強の力を手に入れようとする意見が大半。恐らく反対意見の人は影を潜めて密かに妨害活動をしているはず。表だって行動することはそうそう無いはず。今回わざわざ表に出てきたのはそれだけ私を殺されたくなかったからだと思う。」
「・・・・・。ところで御前、名前は?」
「オーブルに名前はない。ただ、便宜上研究者達が呼んでいた愛称ならある。私はロキと呼ばれていた。」
「そっか、そいつはまあまあのセンスだな。俺は零、樋笠零だ。」
「れい・・・?」
「ああ。」
「そう・・・・、あ、雨が降ってきたみたい。」
「ああ、そうだな。そろそろ、休もうか。明日の夜には島を出たい。」
「ええ。」
昔の、夢を見た。まだ俺が小さかった頃の事だ、俺は両親に捨てられたようで、バラックのような建物で過ごしていた。まだ、当時はそんな子供もまだまだ多かったように思う。同じ様な子供達もたくさんいたので、そいつらと一緒に住んできた。勿論食料を買う金なんて無いから、あちこちの店から盗んできた。盗む奴は毎日当番で決まっていた。その日は、俺が当番だった。・・・、全く、あの日はどうかしてた。いつもは絶対にないことだが、盗んだパンを抱えて走る途中で足がもつれて転んでしまった。後ろから銃を構えた兵士が追いかけてくる!!当時は公にはなっていないが、親の居ない子供が人知れず殺されるなんてのは良くあることだった。俺は覚悟した。が、彼はこういった。
「私達はオリスという組織の者だ。」
「おりす・・・?」
「そうだ。」
「三佐!目標である孤児の捕獲、完了しました。」
「そうか。」
「予定どうり、全員、銃殺しました。」
「え・・・・。」
世界が、真っ白になった気がした。その後で、このたび、あまりに違法行為を重ねている孤児は最終措置を執ることが許される法案が可決されたとか言っていた気がするけど、そんなのはどうでも良かった。そうしなれば、どうやって生きていけというのだろうか?
ただ、蝉が五月蠅かった。
ミンミンミンミン
五月蠅い、何でそんなに御前らは・・・。
ミンミンミン・・きて・・・。
五月蠅い五月蠅い五月蠅い!
起きて・・・。
え?
いつの間にか熟睡してしまっていたようだ、敵地で熟睡してしまうとは、ここに来て疲れがたまっているのだろうか?・・・、ロキが起こしてくれたようだ。
「ロキ、どうした?」
「魔力を、感じる。かなり強い。近づいてきてる・・・。」
「敵か?」
「恐らく。それも、かなり多い。真正面から戦うのはかなりこちらが不利。」
「・・・、それじゃあ、戦場の大原則。多勢に無勢に陥ってしまったときは、退却あるのみだな。」
「・・・それが賢明。」
「裏に車がある。事前にエンジンキーまでピッキングしておいたから、動くはずだ。」
十年前のシビックをピッキングするのは簡単だった。いくらホンダの技術力といってもしょせんは当時の最先端だ。キーの部分を分解して導線を直接繋ぐだけでエンジンがかかるのでは、プロなら1分とかからず盗めるだろう。ただ、問題は俺が運転すると追っ手の迎撃が出来ないという事だ。此処はロキが運転できればいいのだが・・・。
「ロキ、御前、運転できるか?」
「アクセルって、どっち?」
・・・・・。俺が運転した方が安全運転が出来そうだ。それでは迎撃を多少はロキにもがんばってもらうしか・・・。
「ロキ、このまま島にいるのは危険だ。だから、予定変更だ。さっき本部に連絡して、迎えを今すぐよこすように連絡した。元々此処から少し北に別の島がある。そこにオリスの仲間が待機しているんだ。だから、すぐこれる。午前3時ジャストに島の北の港に来るように言った。だから、それまでに港に着かないといけない。御前、現術使えそうか?」
「・・・・・分からないけど、この島全体が元々現境が強いから、途中で使える場所があるかもしれない。」
「もしあったら。追っ手の迎撃を頼む。俺も出来る限りがんばるが、運転しながらでは限度がある。」
「分かった。」
もう表の方からドアを壊す音が聞こえる。今は表の方に敵は集中しているが、エンジンをかけた瞬間こっちに気づくだろう。エンジンをかけたときから戦闘開始だ!!
分解してむき出しにしておいた導線を接触させる。バッテリーから電流が流れ、セルモーターを回転させる。
「裏だ!!」
その音で、既に気づかれたようだ。が、その時にはもうエンジンは掛かっている、素早くサイドブレーキを解除して、アクセルを踏み込む!!
1600CC、160PSのエンジンがフル駆動して、車体を素早く前へと押し出す!!!
目的地である港へは、島の中央にある峠を一つ越えていかなければならない。とりあえずは敵は振り切ったが、直に向こうも車で追跡をしてくるだろう。曲がりくねった道を行く。
「ロキ、どうだ?現術は使えそうか?」
「ええ、あの建物ほどの物は無理だけど、多少なら。」
突如、後ろからヘッドライトのまぶしい光が差し込んできた。慌ててバックミラーをのぞき込む。追ってくるのは、シルバーのセイバー!!乗っているのは四人だ、運転していない3人が持っている銃はシュタイヤー社のステアーTMP!
対してこちらは銃を使える俺が運転しているため、銃による攻撃は大変やりづらい。幸い、ロキ曰く、向こうに乗っている奴で現術使いは居ないから良かったが、此処では相手に致命的なダメージを与えられるほどの現術は使えないようだ。このままでは、こちらが圧倒的に不利だ!今はまだ、相手との距離が離れているからいいが、射程距離内に入られたら、パラベリウム弾の雨がタイヤめがけて降ってくる!!しかも、こちらの1600CCのエンジンに比べ、向こうのセイバーは2500CC!普通に走っていたのでは、この絶対的なパワー差は覆せないっ!どんどん迫ってくる!せめて、奴らの後ろに回ることができれば、運転しながらでも向こうのタイヤを狙うことぐらいできるのだが。
キン!キン!
「っ!」
金属が金属に強くぶつかる音。射程距離にはいるまで待ちきれなかった敵が、もうステアーTMPをぶっ放してきたようだ。さすがに弾がもったいないのか、セミオートで撃ってきているが、もう少し近づかれればフルオートに切り替えるだろう。
峠を登り切り、下りに入る。所々舗装していない砂利道が続いている場所もある。この峠を下ったらもう港はすぐそこだ、それまでに追っ手を何とかしないと・・・。
「ロキ!彼奴らの後ろにこの車を回せないのか?」
「上手くいくか分からないけど、やってみる。」
そういってロキは目を閉じて、集中する。
カン!カン!
またボディーを撃ってきた。しかも今度はタイヤハウス付近を狙ってきている。もうかなり狙いが正確になってきた。これ以上近づかれるとタイヤを撃たれてしまう。
「だめ。現境が弱すぎる。」
「頼む!そこを何とか!このままじゃ・・・ヤバイ!」
パラベリウム弾の一つがリアガラスを割って車内に入ってくる!!くっ!少し身を低くする。タイヤと俺を狙ってるのか?もうセイバーとシビックの車間距離は80Mもない。ステアーTMPの有効射程は100M!もういつ撃たれてもおかしくない!!タイヤを撃たれないように、俺は仕方なくステアを左右に少しずつ流し、避弾運動をする。が、勿論そんな走り方をしたせいでどんどん速度は落ちていって、セイバーがますます追いついてくる!!
「ロキ!」
「待って!もう一度やってみる。」
ロキはもう一度目を閉じる。もうセイバーはすぐ後ろだ、兵士の1人が笑いながらこちらのタイヤを、俺を、狙っている。くっ、ダメか。パラベリウム弾が飛んでくる!!!
ハハ、死ぬ直前は時間が遅くなるって言うけど、本当だったんだな。あれは間違いなく俺の後頭部を貫通する。何だかな。俺の人生って、どうだったんだろうか?何か、意味は、会ったのだろうか?そもそも、生きてる意味って、何だ?
・・・・・。
いや待て、まだパラベリウム弾が到達しないぞ、いくら何でも遅すぎるような。いい加減やるならひと思いにやってくれ。
そう思って、後ろを振り返る。何も、無い。弾も、セイバーも。
「なっ!?」
慌てて視線を前に戻すと、さっきまで確かに後方を走っていたはずのセイバーが、前にいる。
「そんな、馬鹿な!?」
それは相手も同じらしく、慌てて前方をきょろきょろと、俺達を捜している。呆けている場合ではない。奴らがこっちに気づく前に、撃つ!!
MP5を素早く構え、狙いをつける。狙うは50M先のセイバーの右のリアタイヤ!!有効射程200MのMP5にとってはそんな距離は無きに等しい!フルオートで撃ちまくるっ!!セイバーのリアタイヤが、どんどん細切れにされていく!おかげで運転手は大きくハンドルを取られることになった。
「ぐっ!」
セイバーの車体が、派手にスピンする!こうなってしまうと、車の制御はもはや不可能!!!
そのままガードレールを突き破って・・・、転落した。次のコーナーを抜けて少し走った当たりで、セイバーがその車体をアスファルトにたたきつけて四散する音が背後に響いた。
波の音が耳に心地よい。幸い、此処にまで電力は供給されてないらしく、桟橋の街灯はともっていない。当たりは暗闇に包まれている。これなら、簡単に敵に見つかることはあるまい。そう思いつつ、ロキを振り返ると・・・。
青ざめた、ロキが居た。
「ロキ、どうし・・・。」
「死が、満ちてきている。」
「死?」
「ええ、島に、死が満ちてきているの。」
「・・・、どういう事だ?」
「近い時間に、この島で、たくさんの、人が、死ぬ。」
「・・・・・。」
「そうか、これが、私がこの島に来た理由・・・。」
「理由?」
「ええ。」
「それはどういう・・・。」
「この世に存在する身でありながら、現術を使い、死と、現境しか見えない目を持ち、半永久の命を得てしまった。それが私の罪。」
「・・・・・。」
「死が満ちてきた人たち、場所に、救済を与える。それが、私の贖罪。」
「・・・・・、なあ、その話はおかしいよ。」
「・・・何故?」
「それじゃあ、御前への救済が無いじゃないか?」
「・・・、私への、救済?」
「ああ、誰にだって、救済は必要だ。それは、御前も同じのはずだ。」
「・・・・・、生の罪を知ってる?」
「生の罪?」
「ええ、私には見えるの。人を見ると、皆、重い荷物を背負っているの。その、荷物が私の眼でも見えるの。だから、これは絶対的な物・・・。」
「・・・・・。」
「それは、『生きている』という、命を得た物の絶対的な、罪。」
「その荷物は、大体、若い人ほど大きく、老人ほど、小さい。それは、人々が贖罪をしているから。」
「贖罪?」
「それも『生きている』こと。人は、生きていることで罪を背負い、生きていくことでそれを償う。そして、それを全部償い終わったとき、死をもってその人は救済される。」
「・・・それは、絶対的な事実。」
「そう、だから、死が訪れない私には、救済がない。」
「・・・・・。」
「多分、そんな簡単には救済されないほどの罪を私は背負っているのだと思う。生憎、自分の罪は見えないのだけれど。」
でもな、ロキ。そんなのは悲しすぎないか?どれだけ償っても、救われないなんて。そんなのは悲しすぎる。誰にだって、救済は必要だ。救われない物なんて、居ない。それは御前が人間じゃなくても、同じ事だ。
そんなことを言ってやりたかったのに、ロキの悲しそうな瞳の前に、何も、言えなかった。
クソッ!俺は、なんて、
無力なんだ。
・・・、あの悲しい瞳には、何が写っているのだろうか?それは、俺には決して分からないことだ。彼女は絶対に、美しい風景も、たくさんの人たちも、見ることはできない。ただ、死と、現境と、あと一握りの物しか写らない。
ブロロロロロ
突如、エンジン音が俺の思考を強制的に中断した。排気量が小さいエンジン独特の回転数が高い甲高い音だ。それから、突如、海面から一台の水上バイクが現れた。ノーマルの水上バイクにタンクを装備して、そこに注水すれば潜行も可能な用に改造した物だ。特殊任務用にオリスが改造した物だ。
「樋笠一等陸佐ですか?」
乗っていたのは、30代後半ぐらいだろうか?肩にオリス二等海兵を示す緑と赤の筋が入った紋章をつけている。
「ああ。」
「任務遂行、ご苦労様でした。お迎えに上がりました。」
「ありがとう、こちらはロキといって、私の任務遂行に協力してくれた物だ。彼女に身の危険が迫っていることより、一緒に連れて帰りたい。」
「そのことはこちらで既に確認済みです。ですが、このバイクは2人乗りです。そこで、貴官のみ先に帰還することになっていますが。」
「・・・・・。」
「安心してください、彼女の身柄は、後続の部隊がちゃんと確保します。」
「後続?部隊が来ているのか?」
「っ!え、ええ、アメリカ側との交渉により、この島の調査が我が国に認められましたので、そのための部隊です。」
彼の表情が僅かに己の失言を悔やんだのを、俺は見逃さなかった。
「どの部隊だ?」
役割上、オリスは自衛隊にも直属の部隊をいくつか設けている。勿論、非公開の部隊だ。
「えっと、確か、何でしたっけ?」
「・・・・・。」
「兎に角!早くお乗り下さい。一刻も早く任務完了を本部に伝えるのが先決です。一佐の今回の任務の重要性は貴方も良く理解しているはずです。」
その通りだ。任務に忠実であるべきなのなら、俺はロキを残して先に島を去り、本部にアビスを届けるべきなのだ。
だが、もう1人の俺が尋ねている。
御前は本当に、彼女を残して去れるのか?
・・・・・。さっき見た、悲しそうな瞳。さっき聞いた、彼女のあまりにも過酷で、悲しすぎる運命。そんな彼女を、俺は残して行けるのだろうか?たとえ後から来るとしても、それでいいのだろうか?
決まっている。できるはずがない。選択肢など、無い。
「いくら何でも、二等海兵である貴官が後続の部隊の名前すら知らないと言うことはあるまい。俺もどの部隊が来るのかぐらいは知っておく義務があると思う。」
「・・・・・、白風部隊です。」
「そうか。分かった。」
「それでは、どうぞ。」
―まだまだ勉強が足りないようだな。―
「は?」
とまどったような、彼の声。
「白風部隊は調査部隊じゃない、陸上後方支援部隊だ。だから、島に来られるような船も、航空機も保有していない。」
「っ!」
「どういうことだ?」
「・・・・・。」
「おい!どういう事なんだ!」
「しつこいですね。」
「なんだと・・・、なっ!」
なんと、彼は俺に向かってシグサワーP220を向けたのである。初弾が装填してあって、引き金を引けば弾が出る状態でだ。
「こんな事をしたくはなかったのですが・・・、さすがに私も上官に向かって引き金を引くようなまねはしたくありません。ですから、おとなしく従ってください。」
「どういうことだ!無礼だぞ!!」
「私には、貴方に対しての発砲許可がおりています。どうか、賢明なご判断を。」
「くっ!誰からの許可だ。」
「そんなのは今の貴方には関係のないことです。」
「っ・・・・・。」
「さあ、早っ」
彼の言葉は途中で一発の銃声にかき消された。
「危ない!!」
彼の頭が飛び散った。同時に素早くそばにあった木箱に身を隠す。何の遮蔽物もないところにぼさっと立っていては格好の的だ。素早くMP5を構えて、飛び出して撃つ。よりもロキの方が早かった。突如手から剣を出して、敵が撃ってくる弾を弾きつつ斬りつけたのだ。
グハッ!という短い声を上げて、そいつは絶命した。
「施設の奴らみたいな倒し方は出来なかったのか?」
「此処はあそこほど現境が強くない。それに、イメージする時間がなかった。」
「イメージ?」
「ええ、現術士がどうやって現境を流れる魔力と己の魔力を共振させて、思い通りの効果を得るのかというと、頭の中でしたいことをイメージするの。」
「・・・・・。」
「さっきだと、私は手から剣を出してそれで弾を弾く自分をイメージした。」
「それが施設での倒し方が出来なかったこととどういう関係があるんだ?」
「簡単な話。突如敵の体から剣が生えてくる光景よりも、自ら斬りつけていく光景の方が瞬時にイメージしやすい。」
「だから、高等な現術師ほど、想像力が豊かで、より常識から外れた行為が出来る。そして、その想像が確かなものであるほど、相手の現術に打ち消されにくくなる。」
「成る程。それじゃあ、もっと強い現術師と戦うときは、御前は想像しやすい術しかできなくなると。」
「そう言うこと。」
「・・・・・。」
「だけど、相手が普通の人間の場合でも、普通に貴方達が想像しているのよりも正確にイメージしなくてはいけないから、やっぱりそんなに凄いことはできないのが私の限界。施設の時は特別。あのときは、現境が強かったって言うのもあったから。」
「そうか。」
「ところで、これからどうするつもり?」
「ん?」
「貴方の迎えは脳漿を飛び散らせてしまったし、もう貴方の組織を当てにすることはできない。オリスは元々、貴方をそれほど信用してはいなかったみたいだし。」
「っ!どうして、俺がオリスの人間だって事を!?」
「私も聖導会からアビスを奪うためにいろいろと調べた。その時に、オリスのことにも気がついた。どうやら、聖導会の他にもアビスを欲しがっている組織はあるみたいだ、と。」
「・・・・・。それで、どうして俺を殺さない?俺はそのオリスの人間だぞ。」
「ええ、でも、貴方は少し違うように見える。少なくとも、私の『眼』には他のアビスを欲しがる人間と同じには見えない。まあそれに、現にさっきは私の味方をしてくれた。」
「・・・・・・。」
どうして彼女はこんなにも、俺を信用しているのだろうか?確かに、俺は彼女の味方ではあるが、それでもやはり俺はオリスの人間だ。まあ、これからはどうだか分からないが。だが現に今も、俺のリュックの中にはアビスのコピーが入ったハードディスクがある。彼女からしてみれば、俺は『敵』以外の何者でもないだろうに。
「それに、貴方は普通の人間ほど、生への執着がない。」
「え?」
「生きてることは、汚い。それでも人は愚かにも、その生へ異常なまでに執着心がある。どうしてか?汚く生きることこそが、この世に生を受けてしまった、という最大の罪への、唯一の贖罪だから。だから、そう簡単に贖罪を止めないよう、彼らは死をおそれるようにできている。彼らは死を知らない。死を知っている人間など、いない。だから、人は死をおそれる。」
「ロキ?」
「しかし、死は、怖い物なんかじゃない。恐れる物でもない。」
「何を・・・。」
「死は、美しい。」
「なっ!」
その時、俺の無線機が、振動して着信を伝え、俺の思考を打ち切った。本部からだ。
「悪い、ロキ、連絡が入った。ちょっと聞かれたくないんだが。」
今更本部からの連絡を何をロキに隠す必要があるのだと思いつつも、俺はそういっていた。ロキは無言で少し離れて行ってくれた。
「はい、こちら樋笠です。」
無線機の向こうから、ノイズ混じりの懐かしい声が聞こえてくる。
「樋笠か、俺だ、露口だ。」
「露口、どうした?」
「いいか、時間がない。簡潔に話す。」
その声には、緊迫感を超えて、殺気すら伝わってくる。まるで、死を覚悟しているような声色。
「島の港からまっすぐ東に行け。島の東岸に着いたら海岸がある。入り組んでいて、簡単には見つからないように泳げるはずだ。そこから海流に乗って、そのまま一番近い島に行ける。そこに俺の息が掛かった飛行機を一機待たせてある。奴らの手に落ちる前に早く飛行機までたどり着け。」
「露口、御前・・・。」
彼が話し始めて少しして、いやでも彼がそこまで殺気立っているのかが分かった。
「・・・・・、樋笠。」
「亡霊どもか・・・。」
キン、キンという、明らかにドアを銃で撃っている音。感じからして、そこまで頑丈なドアではなさそうだ。壊されるのにそう時間は掛からないだろう。そして、銃声に混じって聞こえてくる、「此処を開けろ!」「もう逃げ道はないぞ!」「抵抗しても無駄だ!」「おとなしく投降すれば命は助けてやる!」等という怒鳴り声。もちろん、投降したからといって命など助けてくれるはずがない。ドアを壊した瞬間、旧友は、無数の銃弾によって肉片と化すだろう。
「ああ、彼奴ら、御前が手に入れたアビスを使って、実行するつもりだ。」
「っ!もうそこまで話が進んでたのか。」
「それと、」
「ん?」
「そっちに、井68部隊が向かっている。」
「っ!なんだと!?」
「ああ、間違いない。後数十分後には、そっちに到着する。5隻の潜水艦で向かっている。」
井68部隊とは、オリスが誇る最大の強襲部隊である。人員、80人という小規模ながらその1人1人はかなり長期間の訓練を受けた戦闘のエキスパートである。隊員1人だけでもその戦闘能力は俺と互角か、俺を凌ぐ!
「恐らく、聖導会の奴らもかなりの抵抗を見せるだろう。早く島から脱出しないと、戦闘に巻き込まれるぞ。」
「くっ!」
「御前が任務に出発してすぐ、奴らの動きが不穏になった。おかしいと思ったんだ、亡霊どもにとってやけに好都合な人事異動、幹部クラスの抜擢。そして、播沼司令の帝国党党首任命だ。」
「なっ!!アイツ、党首になったのか!?」
「ああ、俺も迂闊だった。もう少し早く気づいていれば、手の打ちようがあったものを。だが、こうなってしまった以上、御前が最後の希望だ。絶対にアビスを奴らの手に渡すな。」
キン、キン、という音だったのが、ガシャ!ドガシャ!という音に変わってきたのは、少し前からだ。もう、時間はない。
「・・・・・、御前が悔いる必要はないさ。こうして俺に連絡ができただけでも、大成功だ。見てろよ、奴らに目に物見せてやる。古い考えに振り回されるのはもううんざりだ。」
「ああ、俺も彼奴らにはつくづく日頃から腹が立っていた。」
「・・・・・・。」
しばしの、沈黙。別れを切り出したのは、露口だった。
「じゃあな、樋笠。元気でな。任務が終わったら、一杯やろう。」
そんな、普通の別れ言葉。まるで任務が終われば、普通に会って、「このやろう、また任務期間オーバーしやがって!」なんて言って飛びついてきそうな、そんな口調。そんな口調が、今は、とても、普通じゃない。でも、だからこそ、普通に別れたい。
「ああ、今度新しい店を見つけたんだ。一緒に行こうぜ。じゃあな。」
そう言って、二度と言葉を交わすことはないだろう友人との、最後の会話は、終わりを告げた。最後に、ドアが打ち破られる音と、無数の銃声が聞こえた気がした。
ロキと東岸への道を急ぐ途中、少し白み始めた空に8本の白い線が描かれていくのを見た。
「アスロックか・・・。聖導会の奴ら、こんなものまで。」
ランチャーから発射され、ロケットモーターでマッハ1の速度でターゲットに向かって放物線上に飛翔した後、ターゲット手前で海中に突入する前に後部のロケットモーターを切り離して、パラシュートで減速しながら前部のMk46魚雷が着水し、その時の衝撃でパラシュートを切り離し、45ノットの速度で敵潜水艦を追尾、撃沈する対潜兵器、アスロック。
アビスを奪取する前の調査で、この島に聖導会がフリゲート艦を配備させていることは分かっていた。恐らく、米軍から借り受けたものだろうが、合衆国がそれを分かるようなふうにはしていまい。そこから8連装ランチャーで発射されたのだろう。
「綺麗・・・。」
「え?」
ロキは、空を見つめたまま、そういった。
「見えるのか?」
「うん、沢山の、死が、見える。」
「・・・・・。」
「ただの死じゃない。そうそう無いくらいの、綺麗な、死。」
そういわれて改めて死神の使いが残していった8本の後を見つめてみると、確かに、白み始めた空と綺麗になじんでいて、そう、とても、綺麗だった。アスロックを8発も撃ったのだ、恐らく何発かは命中して、井68部隊の何隻かの潜水艦に致命的なダメージを与え、何人もの隊員が死ぬだろう。でも、そんなはずの物が、とても、綺麗だった。
死は、綺麗なことなのかも、しれない。
水平線から、とても綺麗に、朝日が昇ってきた。
「綺麗だな・・・。」
「・・・、私には、見えない。」
「あ、そうだったな。」
だがまあ、此処まで来てしまえば勝ったも同然だ。後はもっていたウエットスーツに着替えて、島からおさらばするだけだ。この分だと両者とも大規模な兵器をもっているようだし、かなり大規模な戦闘が行われるだろう。巻き込まれるのはごめんだ。恐らくしばらくは兵器同士による戦い、そして、部隊が上陸したら隊員と聖導会の兵士との対人戦になるだろう。先ほども述べたが、ロクハチの隊員は優秀だ。それに対して、聖導会の兵士で対抗するには・・・。
「術の気配が、どんどん濃くなってくる。」
「やはりか。」
「ええ、現術士を総動員して、現術の使用に備えているみたいね。」
「現術の使用は事前準備がいるのか。」
「ええ、彼ら人間がこんな大規模な戦闘に現術を使うのであれば・・・。私は・・・、不要だけ・・・、ど。」
「ロキ?大丈夫か?」
先ほどまでは気づかなかったが、よく見てみればロキの様子がおかしい。顔色は少し悪いし、冷や汗をかいている。息も荒い。
「頭が、少し、痛い。」
「どうした?」
「島に死が、もっと、増えてきてる。」
「沢山人が、死ぬのか?」
「此処が、私の、贖罪の地・・・。」
とにもかくにも、この島を一刻も早く脱出しなければならない。ロキの容態も心配だが、戦闘に巻き込まれてしまったら、元も子もない。
「ロキ、海、泳げそうか?」
「ダメ、私は、この島から出ていくわけにはいかない・・・!」
「ロキ、何を言って、」
「贖罪を、しなきゃ。」
「ロキ、いいか、良く聞くんだ・・。」
「贖罪を・・・。」
贖罪、贖罪、とうわごとのようにつぶやくロキに、何を言っても無駄そうである。此処は無理矢理にでも島から連れ出すしか・・・。
その時、海から突如、真っ黒な塊が浮かび上がった。大きな、大きな、塊だった。
「くっ!こっちにも来てたのか。」
油断した。聖導会のフリゲート艦が配備されていたのは西岸だった。だから、潜水艦も必然的にそっちへ行くと思っていたのだが・・・、甘かった!
潜水艦の上部のハッチが開いて、1人の人間が、数名の銃を構えた隊員とともに降りてきた。
「久しぶりだな、樋笠君。半年前に会ったきりだったかな。」
「ええ、そのくらいになりますかね。」
播沼司令その人だった。
「貴方達の遊び相手なら、こっちじゃありませんよ、場所を間違えた、というのなら道を教えて差し上げますが・・・。」
「いや、此処で合っているし、遊び相手なら今ちゃんと目の前にいる。」
「へえ、俺と遊びたいってんですか。おもしろい御趣味をお持ちですね。」
「・・・、単刀直入に言おう、彼女を渡したまえ。そうすれば、御前の命は保証してやろう。」
「貴方の言う保証なんて国民年金よりも当てにできませんよ。特に、俺は隊員に守られながらでないと外にも出てこられないような臆病者の言うことは信じない主義なんです。」
「だが、彼らがいなかったら君は私を撃つだろう。」
「さあ、それはどうでしょう。斬り殺すかもしれませんよ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「君は何か勘違いをしているようだね。私は君が思っているほど悪い人間ではないのだよ。」
「ええ、分かってますよ。思っている以上に馬鹿なんですよね。」
「・・・・・、君は、戦争という物を、どういう物と考えているんだ?」
「馬鹿と阿呆の殺し合いですが、昔から人間がやってきたことです。今更それについて深く考えるのもナンセンスなんじゃないんですか?」
「否、昔の原始的なただ相手を殺すだけの戦と、近代の崇高な思想の元に行われる戦争とは似て非なる物なのだよ。特に、日本は違う。」
「へえ、どういうふうに?」
「古代から日本は、神国だった。いくつもの争いをくぐり抜けてきて不敗。だが、前回の戦争では、負けた。それは何故なのか?分かり切っている、考えるまでもない。」
「俺は考えましたけどね。」
「国民が腐ってしまったからだ。かつての神国日本の国民であるという誇りを忘れて、外国かぶれの下郎と成り下がってしまった国民をもう一度叩き直し、今一度大国にけしかければ、必ずや勝てる。今こそ大日本帝国を再建し、世界に君臨するのだ!!」
「愚かっ!!そんなことをして、今更何になると?かつての好戦的だった日本軍は今はもう形も留めていない。分かっているだろう、現在の日本の軍事力では、大国に勝つ事なんてできやしない。そもそも国民の大部分は戦争に消極的。今や外国の手を借りないと自国もろくに守ることすらできない。そんな今の日本を、再び戦乱の渦に巻き込ませて、一体何になると?今の日本に、何が残っているというのだ?」
「愚かなのはそっちだ。そんな日本だからこそ、外国を叩き出し、帝国を復活させるのだ!!」
「・・・・・、そんな強気なことを言うのなら、現術なんて物に頼らずに、正々堂々と戦ったらどうだ?臆病者。」
「ぐっ!」
さすがにこれは痛いところだったようだ。奴にとっての思念は、恐怖など物ともせず、勇猛果敢に突っ込んでいくことだったのであろう。そんな彼が、現術などに"頼っている"という事実が認め難いのだ。
「・・・・・。」
「君なら、もう分かっているだろう?」
「何がです?」
「今の日本の防衛力、否、軍事力だよ。」
「日本は、憲法によって永遠の戦争放棄を決めました。だから、そんな物は元々不要なのです。」「分かっていないな。そんなことはきれいごとだ。国に軍事力は必要だ。今の日本は、外国に頼らないと自分の身も守ることが出来ない愚か者なのだよ。」
「ええ。そうかもしれません。しかし、そんなことはもうどうでもいいのです。大事なのは、それが決まった、という事実なのですから。」「解せんな。オリスにいる時点で、君は亡霊サイドの人間だろう。」
「いえ、オリスに所属する人間全てがあなた方亡霊に味方するという訳ではないのですよ。」
「だが、君はさっき一度決まったことには従うと言ったじゃないか、オリスという組織自体が、その決定事項に反しているとは思わないのかね?」
「ええ、確かにそう思います。ですが、オリスは飽くまで防諜機関です。軍事とは関係ない。」
「今のオリスは、もはや防諜のみの期間とはいえぬ。立派な軍事組織にも近いものなのだと言うことは、君もよく理解していると思うが?」「十二分に理解していますよ。ですが、日本に防諜能力は必要です。そのためのオリスです。それに、僕も入りたくて入ったわけではありません。」
「・・・・・、まあ、よいわ。此処で御前とオリスの存在意義について論じるつもりはない。私は、私の目的を果たすのみだ。御前の持っているハードディスクを渡して貰おうか。」
「やなこったです。聖導会のコンピューターから奪えばいいじゃないですか。」
「私もそこまで聖導会を甘く見てはおらんよ。聖導会を攻撃するのは、アビスの奪取のためだけではない。オリスからの米軍への牽制だよ。その過程でアビスを奪取できればよし、駄目なときのために予め君を送ったのだが、君がオーブルと接触してしまったのでな、君の意向が変わったようだ。だから、此処で君から貰っておく。大人しく渡せばよし、さもなくば・・・・・。」
「それで渡すとでも?さっきので分かったと思うが、俺は反亡霊サイドの人間だ。」
「渡さない、だろうな。だから、少々手荒な手段を執らせて貰う。」
言うなり、彼はもっていたワルサーP99をロキに向けたのだ。
「・・・・・。」
ロキは動じない。彼女にとって、そんなことはたいしたことでは、無いのかもしれない。
「さあ、彼女に弾を撃ち込まれたくなければハードディスクを、」
「零、渡してはだめ。」
「なっ!」
「愚かな。何を自分の死を高めることを。」
「零が渡そうが、渡さまいがどちらにしろ貴方達に私を生かしておく道理はないはず。寧ろ、現術の存在を水面下においておこうとしている貴方対にとって私は邪魔者以外の何者でもない。だから、貴方達は私を殺す。」
今や、播沼だけでなく、他の自衛官ももっている64式7.62mm小銃を向けている。恐らくセイフティーはレ(連射)に入っている!あれらに撃たれ続ければ体中が肉片と化してしまうのは間違いない!
それは、できない。ロキをそんな目に遭わすのだけは。
自分1人で、奴ら全員を殺す事なんてできるとは思っていなかった。ただ、時間稼ぎだけでもして、その間にロキが逃げてくれればと思った。
MP5を素早く構え、ロキのまえに飛び出す!そのまま播沼に照準を定めトリガーを引こうとする。
「馬鹿め。御前から先に死ぬだけの話だ。」
「くっ!」
奴の方があらかじめ銃を構えていただけあって、後は奴はトリガーを引くだけだったのだ。だが、俺は狙いをつけることから始めなければならない。もちろん、俺にとってそんなのは1秒にも満たない時間なのだが、それでも絶対的な隙となってしまう!
奴の指に力が込められる。もう、ダメか。ごめん、ロキ。
「なっ!」
確かに、銃声はなった。実際、播沼のワルサーから硝煙が出ている。だが、俺の体は綺麗そのものだ。いや、そんなことではなくて。どうして播沼が唖然とした顔をしてるのか?いやいや、そんなことでもない。
どうして・・・、ロキが俺の前に血まみれになって倒れているのか?
「・・・・・、貴様、何故?」
「愚かね。」
そうなっても尚、ロキは立ち上がった。慌てて他の自衛官も銃を構え直す。今度こそしとめるつもりだ。
「・・・・・、その生命力だけは認めよう。だから、そこをどきたまえ。」
播沼の声には、明らかに動揺と、恐れがあった。銃弾を胸に撃ち込んでも死なず、立ち上がってくる。その事実に、恐怖しているのだ。ロキが、一歩前に出る。彼らが、一方後ろに下がる。1人の少女を前にして、皆が怖じ気づく!
「わ、分かった。おとなしく退けば、命は保証してやろう。だから、な。そこを、退くんだ。君も死にたくはないだろう?」
胸を真っ赤に染めたロキは、それでも尚動じず、さらに一歩進む。
「死ぬ?笑わせてくれるわね。この私が死を恐れるとでも?幾たびも肉体を破壊され、それでも尚死ぬことすら許されず、今や死を救済として望み、探しさえしてるこの私が、今更何を恐れるというのか?『死にたくないだろう?』この言葉、そのままそっくり返してあげる。私を死如きで脅そうなんて、片腹痛いわ!」
ロキが言い終わるのを待っていたのか、それともそこでロキの呪縛がとぎれてしまったのか、彼らの銃が一斉に火を噴いた。今度こそ間違いなく、ロキは、粉砕される。
「ロキ!!」
だが、銃弾がロキに届くことはなかった。ロキの手前数センチの場所で、皆見えない壁に当たったように跳ね返り、地面に落ちた。
「不視遮蔽を張ったのか。だが、そんな物は飽くまで一時しのぎだ。今の御前の力では、もってせいぜい一分程度。しかも、その間はそっちからも攻撃することができないぞ。」
彼らがさらに近づいてきて、銃を構え直す。ロキが遮蔽を張ったことを、こちらの力が弱っていて、守備に回らざるを得なくなったととらえたらしい。
いくつもの銃口を向けられているというのに、遮蔽がいつ切れるかも分からないのに、彼女は微動だにしない。また、彼らの足取りが止まった。
「残念ね。」
不死の少女は、不敵に笑う。
―1分稼げれば、十分なの―
その時、飛行機のエンジン音が聞こえてきた。
「なっ!」
ロキに気をとられていて、皆気がつかなかったが、その飛行機の主翼にかかれた真っ白な下地に、赤い三本の交差した線は正しく聖導会の紋章!
「くっ!全員、撤退!!!!」
司令達は皆慌てて潜水艦に戻ろうとするが、そんなのとても間に合わない。飛行機の胴体下部のハッチが開いて、そこからいくつもの、黒い、塊が落ちてきた。青い空を優雅に落ちてくるそれらは、とても、綺麗だった。そして、それが無数に分散して奥様も、それが空を泳ぐように落ちてくる様も、とても美しかった。
一個の親爆弾に数百個の子爆弾を詰め込んで空中で親爆弾を炸裂させ子爆弾を四散させ広い面積の多数の子爆弾を落とす、クラスター爆弾。それが聖導会の爆撃機から投下されたのだ。無数の爆弾はあっという間に地上に到達し信管を作動させて爆発した。遮蔽の中にいても感じ取れるその威力!!
辺り一面は砂埃だらけで、何も見えない。ただ、遮蔽の中だけが、爆弾が投下される前の状態を保っていた。
「ロキ・・・、爆撃機が来ていることに、気づいていたのか。」
「ええ、殺気を感じたから。」
「しかし、奴らはどうして爆撃機なんか?しかも、搭載していたクラスター弾は対人兵器。潜水艦を攻撃する物ではない。」
「恐らく、貴方達の本拠地を叩きに行ったのよ。」
「北の島か!成る程、あそこには、オリスの強襲部隊のベースキャンプがある。そこを爆撃するという訳か。」
「ええ、しかも今は精鋭達は皆潜水艦でこっちに来てる。絶好のチャンスという訳よ。攻撃に行くついでにちょうどいい"的"を見つけたって所ね。」
「そうか。」
「どうするの?助けに行く?」
「まさか。もう、俺はオリスに戻る気はない。」
「そう。」
少しだけ、本当に少しだけ、その時、ロキの顔に、笑顔が、見えた気がした。
砂埃もだいぶ晴れ、当たりには原形を留めていない自衛官達の"残骸"が露わになった。
「無様だな。もう少し賢ければ、綺麗に死ねたものを。」
「ええ、でも、無様に生きているよりは、彼らにとっても、この方が、良かったのよ。」
「そうか、そうだな。」
「それで?どうするの?これから。」
「そうだな、オリスに戻る気もないし、まあ運命の赴くままに、ってかんじかな?御前も来るか?ロキ。」
「・・・・・、私と居ると、きっと、厄介ごとに巻き込まれる。零が危険にさらされる。」
「危険だということは1人で居ようが同じ話さ。どうせ、亡霊の連中は俺の命を狙ってくるだろう。だから、一緒に行こうぜ。」
「・・・・・うん。」
今度こそ確かに、彼女の顔に、笑顔を見た。さっきと違って、明らかな、微笑みだった。
パン。
それは、風船を割ったような軽い音。あまりにも軽い音だったから、それは、どうでもいい音のように、、、、、、、、思えた。とてもそんな軽い音が、別れを告げる物には聞こえなくて。
「え?」
それは、誰が発した声だったのか?俺が言ったような気もするし、ロキが言ったような気もする。いや、2人とも言ったのかもしれない。しかし、あのロキが「え?」なんてマヌケな発言をするとは考えにくい。じゃあ俺か。
・・・・・、何か、話のすげ替えが起こった気がする。そんなことは別に重要ではないような気がするのだ。
重要なのは・・・、下半身を失いつつも司令がシグサワーを構えていること。
否、それは重要な事じゃない。
重要なのは・・・、そのシグサワーの銃口から硝煙が立ち上っていること。
否、それもどうでも言い。
どうして、
どうして、
どうして彼女の胸が、真っ赤に染まっているんだ!?
それを認識してから、ロキが倒れるまでかなりの時間があった気がした。数時間だったような気もするし、コンマ何秒だった気もする。ただ、兎に角それはとても長い時間だったのだ。
ロキが倒れてから俺がとった行動は、ロキに駆け寄るわけでもなく、大声を上げることでもなく。MP5を抜いて、司令の指ごとシグサワーを吹き飛ばすというものだった。
俺の心がそうさせた訳じゃない。こころはとっくの昔に麻痺しきっている。体が、そうしたのだ。俺の意思とは無関係に。
「ぐっ!ぐがあぁ!!グゴガアアアアアアアアアア!!!!!」
そんな"音"が聞こえてきた。それに対して、やはり体は勝手にそっちに目を向けた。
司令が、手を使ってこっちに這ってきているのだ。下半身がないのだから、体が軽く、さぞかし這いずりやすかろう。胴体に垂直な平面で切断された腰からは、腸がはみ出して、それをひこずっている。ハハハ、なんて・・・、なんて・・・、
それを見て、ようやく心の金縛りが溶けてきた。
なんて、なんて、
死に損ないという最高の汚物が、俺の心に最高級の刺激を与えてきたのだ。
なんて、汚い・・・。
「グゲオ!グオガロツ!!ジャヒトエルチオ;アエrツアエリオjリオウアルイオ!!!アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
意味不明、極論、もはや言語ではない、"不快音"を発しながら、それでも司令は地面を這い蹲っていた。
これが、ロキの言っていた、生への執着。
「ギゲオ!!ハガネロシグサゴ!!ソウワラーーーーーー!!」
汚い。
「アガツヒモラサ!!ゴギャギャラア!!」
汚い。汚い。汚い。
「グゲハツビゴオオ!!!%’&&#$%&$’&$%’%’&%’()()!!!!」
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い
汚い汚い 汚い汚い 汚い汚い 汚い
汚い 汚い汚い 汚い 汚い汚い 汚い汚い
汚い汚い 汚い汚い汚い汚い 汚い汚い
汚い 汚い 汚い汚い 汚い 汚い汚い汚い
キタナイキタナイ キタナイキタナイ キタナイ キタナイ キタナイ
キタナイ キタナイ キタナイ キタナイキタナイ キタナイ
シネ
俺のMP5から飛び出した無数の5mmのパラベリウム弾は全弾司令の頭部に命中し、皮膚を引きちぎり、頭蓋骨を砕き、脳漿をまき散らし、脳味噌を四散させた。
「ロキ。」
「・・・・・、零。」
ロキの体は、末端部分からだんだんと、しかし確実に「砂」と化していっていた。
「御前、死なないんじゃなかったのか。」
「ええ、"私"は死なない。しかし、肉体には限界がある。だから、この肉体は此処でおしまい。」
「・・・・・。また、どこかで新しい肉体を手に入れるのか?」
「ええ、でも、いつもは肉体が滅びそうな感じの時に、次の肉体を準備しておくんだけど、今回は急だったからまだ準備できていない。再現には時間が掛かる。」
「・・・・・。」
「でも、残念。今度の肉体は、結構気に入っていたのにな。」
「・・・・・。」
「でもまあ、仕方ないか。此も運命。現実よ。」
どうして、
「ん、どうしたの、零?」
「どうして御前は、そんなにも・・・・!」
「そんなにも?」
「そんなにも、笑顔なんだよっ!?」
ロキは、今までの無表情からは考えられないくらい、笑顔だった。
「だって、肉体の死は、僅かだけど、私の死も体験することができるのだもの。少しだけど、ひとときの安らぎでもあるのよ。だから、死は、嬉しい。」
「っ!何言ってるんだよ!!死ぬんだぞ!!!死んでしまうんだぞ!!!!!」
「でも、本当に命が無くなってしまう訳じゃないし。それに。」
「何だよっ!」
「短い間だったけど、零と一緒にいられて、楽しかった。」
「え?」
「うん、何年もの歳月を生きてきた私だけど、こんなに楽しかった日は、初めて。だから、もういいの。」
「っ!・・・・・、ロキ。」
「ただ、最後に一つ、心残りが・・・。」
「・・・何だ?」
「一度でいいから、零の顔を、直接見てみたかったな。」
「っ!!!」
そうだったのだ。彼女は、俺の顔すら、見ることがかなわないのだ。だが、そんな願いすら、俺は、かなえてやることができない。
「まあ、無理なお願いをしても零を困らせるだけだね。」
もう、ロキの体は胸から上しか残っていない。
「・・・・・。」
ただ、黙ってさらさらと風に乗って飛んで行きつつあるロキの体を、見つめることしかできない。
その時、確かに、俺は、島から汚い物が全部、ロキの体が飛んでいくように、さらさらと飛んで言っているのを感じた。感じたんだ。
「ロキ?」
「うん、これが、この肉体での、私の、最後の贖罪。」
島から、生が、消えていく。汚い物が、消えていく。
そしてそれは、ロキの眼を、洗い、清め、視界を塞いでいる物を・・・融かし去った。
―あ、見えた―
それが、その肉体の最後の言葉だった。
ロキの最後の砂が飛んでいくとき、同時に、島からも完全に、生が消えた。それは、俺にも視ることができるくらい、綺麗だった。
こんな、気はしてた。彼女とは、一緒に居ることはできないと思ってた。所詮、彼女と俺とは違う生き物。共生なんて、元々無理な話。
それでも、あまりにも彼女が可哀想だったから、一時でもいい、一緒に、居てやりたかった。
・・・それすらもできない俺は、やっぱり、無力だ。
手元に残った少しの砂を握りしめて、天を仰いだ。
彼女は、これからも、俺の知らないところで生きていく。俺なんかよりもずっとずっと、永遠とも思えるくらい、生きていく。
空が、透き通るほどに、蒼かった。
Fin
Written by クリアランス
ドキュメント
現術についての考察
建物を瞬時に破壊し、宙を自在に跳び、人を思うがままに、殺す。それが可能な現術は、ともすれば魔術のように思えなくもないだろう。実際、オーブル達は現術を魔術をベースに発展させた物、と言っている。だが、中世ヨーロッパで発達した魔術は、そんなことなどできはしない。また、魔術はそもそも、死者を呼び出したり、人の命を奪うことはできたが、それは飽くまで作り話。実際にできたかどうかは、私は否定したい。そもそも、魔術などという物は願望の実現を欲する人間達が考え出した、キリスト教からの逃避、とも言えるのだ。だから、実在したなどと言うことは、無いと言えるだろう。恐らく。それでは、現術とは一体どのようにして発明され、発達したのだろうか?どのようなメカニズムなのだろうか?恐らく、オーブル達には、開発者達が敢えて、そう教えたのではないだろうか?現術の本当の出生を、知られたくなかったのではないだろうか?何故?私が推測するに、現術とは、脳の想像をそのまま現実に差し入れる、所謂空想具現化の能力を、最大限まで引き出した物なのではないだろうか?
そもそも元来、人には若干の空想具現化の能力があると思われる。ただ、想像力が弱すぎるあまり、普段ではそれはほとんど実感できることはない。ただ、人は時としてその潜んでいる想像力を最大限発揮させることがある。例えば、夢。夢は、人の脳がその想像力を最大限発揮して、見せている。だが、それよりもさらに強く想像して夢を見た場合、その夢は、具現化される。これが、俗に正夢と呼ばれている物だ。正夢とは、現実を、夢で先に見ているわけではなく、夢で、現実を作っているのだ。
と言うことは、このレベルの想像力を起きているときでも自在に行うことができれば、自由に現実に自分の想像を差し込めるのだ。そして、それが可能なのが、オーブル。現術の開発者達は、人ではそれだけの想像をするのは無理と考え、オーブル達を作ったのだ。だが、現術を想像力の強さで行うと言うことが分かれば、全世界の人の何十万人かに1人くらいの割合では、そんな凄い想像力を持った人が居るかもしれない。だが、もちろん現術を聖導会だけの物にしておきたいと思うのは当たり前。だから、表向きは魔術から作った、と言うことにしたのだろう。現術の真のメカニズムを知られないようにするために。
もちろん、誰にでも現術が使えるようになることは非常に危険である。誰もが日々、頭の中でいろいろなことを考えている。ふと、とんでもないことを考えつくこともある。それらが皆、具現化されてみたことを考えてみよう。想像するだに恐ろしいではないか。だから、現術は人の手に渡ってはいけなかったのだ。だが、それを人の手に渡してしまった者が居た。それは、他ならぬ、オーブルだった。素体名はロキ、と言うらしい。彼女は、アビス、という物を作り、それで人が皆現術を使うことを可能にした。彼女曰く、そんな物を作るつもりはなかったが、偶発的に発見してしまったらしい。尚、アビスの詳細な情報は聖導会が完全に門外不出にしている。だから、アビスとは、恐らく誰でも高度な想像力を持つことを可能にする物、と予測するほか無い。発見してしまった彼女は、直ちに聖導会にそれを消去するよう求めたが、もちろん聖導会はこれを利用しようとする。それを知った他のオーブル達は、皆、ロキを、自分たちから排除した。そして、アビスの使用に反対した。だが、アビスが発見された以上、オーブル達はもはや無用の代物。オーブルの集団抹殺が行われた。ロキは、オーブル達の集団から追放されていたため、身柄の拘束にある程度の期間を要したらしい。だが、ここ最近、彼女も捕縛された、と言う情報を得ている。近日中に"削除"されるそうだ。
私もアビスの危険性を認め、此処に、アビスの消去をオリスに要請する。
1996年5月24日 オリス政務室長 幸村 伊草
私の人生は、例えるならそう、螺旋階段を下りていくような物。同じ所をぐるぐると回っているみたいで、何の変化もないけど、それでも確かに、下に降りていく。もはやそれは、降りていると言うより、落ちている。確かに私は、落ちている。
そして私は落ちていく。
生きていく。