ボクトダレカ2
進路に迷っていた時期が僕にもあった。
高校生のころ。大学に行くか就職をするかひたすら悩んでいた。
彼はどうだっただろうか。正直なところ、覚えていない。
「どうやら、道に迷ったらしい」
「そのようだな。僕もこんな道は初めて見た」
うかつに夕暮れの道を歩かない方がよかったな、などと彼はのたまっている。学校からの帰り道。校舎を出たときには既に夕陽も落ちかけていたので、寄り道せずに彼を送り届けようと思っていた矢先のことだった。どれだけ歩いても太陽が沈まない。半分ほど顔を出したままの夕暮れは、はじめより赤々としているようにも思えた。焦りが見せる幻覚だったのかもしれないが、どこか別の場所へ迷い込んだのは事実。
「煙草でもふかそう」
軽い口調で、学生鞄から煙草を取り出す。封は開いていた。既に何本か吸ったらしい。ちなみに煙草は僕も持っているが、彼も僕も、銘柄に特に拘りはなかった。狐狸などに化かされた際によく使うのだ。僕は好きではなかったが、彼とさまざま試した結果、煙草がコストもかからず持ち運びも便利という点で最も優れていたのだ。持ち物検査などでは苦労する。
「や。ちょっと待とう」
「うん?」
煙草を持つ手を下げさせる。
「もう少し歩きたい」
「こっちの世界に浸りすぎると、戻れなくなると聞くが」
「だからだ。脱出口を探すのも良いだろう」
「あるのかね」
「探すんだ」
人気は全くない。僕たちが元々住んでいる町は寂れた田舎で、大型ショッピングセンターの代わりにくたびれた商店街が駅前にあり、家の窓から外を見れば田畑が広がるような場所だった。カラオケ店は数年前に存在したらしいが、赤字が重なりすぐに潰れたようだ。若者が遊べるような大きな町までは、車で三十分程もかかる。
そんな僕たちの町にも人はいる。大勢いるのだ。
「……誰もいないな」
夕暮れの続く不可解な町を、僕たちはただ歩く。元の町に雰囲気は似ていたが、それよりももっと時代を古くしたような雰囲気だ。田に目をやると、既に穂が垂れている。季節も違うらしい。
「寂しいところだ。なあ久保」
「そうだな」
空の雲も、同じ所で留まっている。用水路を見てみるが、水は入っていなかった。ぶらんこだけ設置されたつつましやかな公園にも、人影はない。ただたまに、思い出したように子供の笑い声が僕の隣を通っていくことがあった。
彼は練り歩くのに飽きたらしく、公園のぶらんこのひとつに座る。倣って隣に腰かけた。
「さては出口なんて探していないな」
「割と初めから気付いていたろうに」
ぶらんこを漕ぐ気はせず、鎖に身をもたれながら爪先だけで揺らす。彼の方は微動だにせず、こちらに顔を向けているだけだった。このとき、どんな顔をしていたのだろうか。思い出せないのが悔やまれる。
「やはり周囲に人間がいる中で、逢引きするのは嫌かね」
ぴたり。体が委縮する。
「そんなことはない」
否定の言葉が一瞬遅れた。それでもう十分に彼は理解してしまっただろう。
「馬鹿め」
「なんだと」
「臆病者」
「ちょっと待てよ」
「付き合ってられん」
「違うんだって」
何が違うんだとばかりに、彼はまた煙草を取り出し、僕が止める暇もなく火をつけた。彼のことはもう声しかまともに覚えていないのだが、どこか怒っていたように思う。当然だ。
「久保は顔に出ないから分かりにくい」
それはお互い様だろう。むきになって立ち上がると同時に、ぐにゃりと目の前の彼の体が、煙よろしくひずんでいく。手を伸ばしてはみたが、向こうは動こうともしない。ただずっと、僕の方を見ていた、ように思える。
「な。出口など無かったろう」
・
・
・
気が付いたら商店街の入り口に立っていた。とっぷりと陽が沈み、時計に目をやれば日付が変わる数分前。長居しすぎてしまったようだ。辺りを見回したが彼の姿は見えず。どこか別の場所で、彼も目覚めてしまったのだろう。
明日迎えに行ったら、とりあえず一番に謝らなければいけない。毒でもあおって死にたい気分だった。鞄から煙草を取り出し、それは乱暴に、封を切る。