夏合宿、1人欠けた夕食
「おい、錦はどうした?」
満はペンションから出ようとして担任に呼び止められた。
「ん、ああ。こっちの方で知り合いが病院に担ぎ込まれたんだと」
「そうか、それは大変だな」
満は教師に適当にデタラメを言って、切花は、さっきの人と出かける用事ができたと適当に誤魔化した。
教師が、それで通じるのは前もって、何か詳しく知らないが特殊な事情があるとは教師達が知っているからだ。
満は向き直って、走って班に合流した。
トントントン……。
まな板の上で野菜を刻む音。
事前に決められた役割通り、サラダを作るために満が野菜を切っている。
ただ、肉の匂いに釣られて、そっちを見ながら調理をしいて、手元をまったく見ていない。
「危ないよ」
同じ班で一緒にサラダを作っている女性徒が、指摘する。
「わかった」
そう答えたが、また匂いに釣られて肉の方をチラチラ見て、すぐにはまた手元を見なくなる。
傍で見ている女子のほうがはらはらしている。
「もう、あっち行ってて」
そう言われて、すごすごと離れて行った。
サラダ作りから外された後、満は皆が料理をする所を見ていた。
(おいしそう)
そう思ったら我慢できなくて、そ~っと料理に手を伸ばす。
パシンと、手を叩かれて、引っ込める。
そろ~っと顔を上げると怖い顔をした女性徒が腕組みをして見下ろしている。怖い。
「ちょっと香~、アンタの班でしょ、この子。何とかしてよ」
「えっ何~?」
香が、呼んだ女性徒の横に掛けてくる。
「この子がつまみ食いしようとするのよ」
「わかったわ」
同じ班の香が目の前で両手を腰に当てる。
「つまみ食いはダメでしょ!」
「……はい」
満は俯きながら、小さな声で答えた。
同じを何度も繰り返して、すぐに満には香が見張りについた。
(う~やり難い)
ちらちらと人参、玉ねぎ等の野菜に肉をボトボト入れた鍋の中のお玉を動かしながら隣を見る。
隣では満が涎を垂らしそうな顔で鍋をじぃ~っと見ているからだ。
(こんな人だったんだ)
横で屈んでいる満を見下ろす。今まで同じクラスだったけど、学校では給食のためこんな一面を見れなかった。
「ねぇ、まだできない?」
「まだだよ、もう少し」
「あと少しって、どれくらい?さっきも言ったじゃんかー」
「子供みたいなこと言わない。あと10分待って」
「わかった」
満は、とととっと走って去っていった。
夕食が完成して、香が外の木で造られたテーブルにカレーを並べていると、満がすぐ飛んできた。
「ねぇ、食べていい?食べていい?」
犬が尻尾を振っているように見える。
「ダメ!皆が揃うまで待って?」
「わかった、呼んでくる」
そう言って走って行くと、すぐに班員を集めて戻ってきた。
「呼んで来たよ~」
戻ってきて、全員が席に着く。
「さ、食べよ?」
「ちょっと待って、錦さんは?」
香は、1つ空いた席を見る。
「錦は、家の用事で山を降りた。用事終わったら戻ってくるって」
「そっか、それじゃあ仕方がないね。さぁ、食べよう」
香が言った直後、既に食べていた班員全員が満を見て呆れた。
「ん~おいし~」
片手を頬に当て、スプーンで夕食のカレーをパクパクと食べまくる。
食べるペースが速く、同じテーブルを囲んている人は全員がまだ半分以上残っている。
カラン。
満は持っていたスプーンをカレーの入っていた皿に放り出した。
(物足りないな~。けど、お代わりは、ないしな~)
何とはなしにテーブルを見ると、隣の誰もいない席の前に盛り付けられたカレーがあった。
「これ、食べていい?」
「ダメ。それ錦さんのぶんだよ」
正面の香に聞いたら、香は食事の手を止めて答えた。
「でも、今日中には戻ってこないぞ」
悪鬼邪妖のいる途中までは車だろうけど山に登る事から始めるなら、今日戻ってくる事はない。
「え?そうなの?でも……」
「食べていいぞ?残しておいても、仕方がないし」
「やった~!」
満は喜んで食べ始めた。
食べている最中に、このカレーが切花のだと意識したら、手が止まった。
(今頃どうしてるかな)
満は欠けた半分程の月を見上げると、風が吹いて、満の長い髪を浚っていった。
一方、切花達の方は、大落獣の禍津の領域の外で、隊員達の待つ建物の前まで来ていた。