調査隊
ザザザッ……。
傭兵のような格好をしてライフルを携帯し緑の服を着た屈強な男達が数人、森の中を木の枝や葉を押し退けて進む。
昼間なのに、何故か暗さのある森は進み難い。
「調査つっても、特に何もなさそうだな」
「だな~」
彼らは悪鬼邪妖の調伏する呪術師連合の調査体だ。
調査だけだの予定なので、新人も混じっているし、装備も本格的なものではない。
「おい、気を抜くな」
(まずいな)
もし、何かがあった時の場合の、まずさを知らないんだ。人死にが、あたり前のように出るし、悪ければ全滅もある。
「そんな気にすることねぇよ」
隊長の剣の話を新人2人は聞いてない。
(理解できないと、ここまで甘くなれるのか)
森は奥に進むにつれ、暗さを増してきている。嫌な予感がどんどん強くなる。
苦々しさが顔に出る。
「隊長、さっさと行きましょ」
「ああ」
他の隊員に続き奥へ進む。
「やっぱ、どうって事ないな」
「だな」
軽口をたたきながら前に進む2人が、目標の建物の傍の草の中から出た時、石碑に足をぶつけて倒してしまった。
「何だ、これ?」
全員が出た後、そんな事を呑気に聞く。だが、剣は今、明らかに暗さが一気に増したのを感じる。
(まずい、不測の事態だ)
「待て、それは何だ」
「あ?」
「それだ、確認しろ」
「ああ」
言われて銃で小突くように倒れた石碑をひっくり返す。そこには梵字で書かれた文字が彫られている。
「何だ、これ?何て書かれてるんだ?」
「お……おち、たる九十九の神、大落獣の禍津となり。……それをここに封ず」
「大落獣の禍津?」
「ギシャアアアァァ……」
読み上げた直後、嘲笑うかのような遠吠えが森の方から響いた。
「警戒しろ!」
「はい」
全員が一箇所に集まって背をつけ、周りの様子を探る。
森の中から何かの視線を感じる。
「いるな」
「ああ」
ひたひた……という足音が隊員達の周りを回る。
「こっちの様子を窺っているようですね」
「確かにそうだが、視認できないな。森から出るつもりはないらしい」
じゃり。
砂を蹴る音を立てると、ひたひた……という足音は止まり、暫くすると、また聞こえ出す。その音を聞いていれば、精神はどんどん削られていく。
「うわああぁぁ……!」
耐えられなくなった2人の新人の1人が、もと来た道を走って逃げだした。
「あ、おい!」
剣が止めようと制止の声をかけた時には、もう新人が森の中に消えていた。
追いかけようとして、他の隊員と目が合って、隊長の自分が彼らを放っておくべきか一瞬悩んで止まってしまった。
「ぎゃああぁぁ……!」
姿が見えなくなった森を見ていると、悲鳴に変わり、その声が途切れる。それから、くちゃくちゃと何かを咀嚼する音。
「ひっ――ん、ん~」
声を出しかけてもう1人の新人の口を後ろから手を伸ばして、剣が塞ぐ。
新人の声で咀嚼するような音が止まる。
「声を出すな、気付かれる。静かに」
「ん!」
そろそろと目を動かし、口を塞いだ人物を確かめる。塞いでいる剣を見て、コクンコクンと頭を上下させた。
「よし」
暫くして咀嚼するような音が聞こえなくなって、ひたひた……とまたこっちの周囲を回る足音がし出す。
「遊んでやがるな」
「みたいだな。こっちの精神を削り、耐えられなくなったら、そいつを殺しに来る、……つー事か?」
(このままじゃ、全滅だ、どうする?)
冷たい汗が頬を伝う。
周りを、ゆっくり見回して、調査する灰色でいくつもの長方形を足したような建物に目を止めた。
あの化物は、さっきから森の中だ。あの建物には入れないのかもしれない。もし、入れたとしても、どこから襲ってくるかわからない森の中よりもマシなはずだ。
「あの建物の中に入るぞ!籠城する、続け!」
「はい」
剣が走り出すと、隊員全員が続いて建物に入った。最後の1人が入るとすぐに内から女性の隊員が閂をかけた。
「はぁ~~」
錆びた閂を閉じると女性隊員は、ずるずると崩れ落ちた。
「これからどうする?」
「外から見えた格子付きの窓のある部屋で入口が少ない部屋を探す。その後、その部屋にバリケードを作る。一息つくのはその後だ」
ひたひた……。
「ぐるるるる……」
大落獣の禍津が建物に近寄ってきているのがわかる。どうやら建物の中には入れるらしい。
「急ごう」
「はい」
剣の号令で隊員は別れて、剣の言った条件に合う部屋を探すために別れて奥へ行く。
隊員達を隊長の剣と副隊長が並んで見送る。
「さて、我々も行きましょう」
1歩踏み出した副隊長を肩に剣は手をかけて止める。
「少しの間、皆を頼んでいいか?」
副隊長は剣の方へ向き直る。
「はぁ、いいですが、……どうしたんですか?」
「少し、この建物を調べてみたい」
「……勘ですか?」
「勘だ」
嫌な予感がして尋ねる。隊長の勘はヤバイ事ほど良く当たる。剣の持つ特殊な才能、天賦の物だ。
この勘が働いたなら、この建物自体も相当胡散臭い。
「わかりました。では、そちらはお任せします」
副隊長が廊下を進むと剣は、格子の窓があるはずのない地下へ、1人降りた。
条件に見合う部屋を奥の角部屋で見つけた。
すぐに副隊長の指示で、バリケードを作る作業を開始した。
剣が戻ってきたのはバリケードができた後だった。
「どうでした?」
「予感的中だ」
「聞かせてもらえますか?」
「……この仕事が片付いたらな」
「わかりました」
副隊長は、顎に手を当て少し考える。大落獣の禍津の情報なら対策にもなるはずだから、教えるはず。教えないのは、その情報は手に入らなかったからだ。であれば、手に入ったのは、この建物に関しての事だ。
後でなら、教えるという事も踏まえると、極秘ではないのだから、現状を悪くする、恐らくは指揮が下がるような事実というところだろう。
「おーし、お前ら、見張りの順番を決めて今日は休むぞ」
剣は隊員達にそう言った。
翌日――。
「ん、ああ~」
何も掛けず腕を枕にして床に直に寝ていた剣は、伸びをして目を覚まして起き上がる。
それからすぐに、隊員達の様子を確かめる。
カタカタカタ……。慣れた隊員達は雑魚寝をしていたが、新人隊員が部屋の隅で震えている。寝ている隊員も疲労が色濃い。
昨日一晩中、建物のすぐ傍で、化物の唸り声に、作ったバリケードに体当たりをするドンドンという音やガリガリと削る音がしていた。
そのせいでゆっくり休めなかったのだろう。こんな状況でも、ゆっくり眠れる剣と副隊長がおかしいのだ。
「隊長、おはようございます」
「ああ」
「それで、どうします?いつまでも、ここにいられるわけではないですよ?」
「そうだな……」
剣は髭の生えた顎に片手を当てる。
できれば、全員を連れて撤退したい。けれど、建物の外からは、化物の気配がする。確実に狙ってくる。何事もなく帰してはくれないだろう。
もう1つは、戦力の増強。術者の素養を持つ者は少ないし、術者は、それより少ない。麓に行っても、すぐに見つかるとは考え難い――そこまで、考えて今日ちょうど、隣の山に術者、錦切花が、隣の山に来る事を思い出した。
(頼んでみるしかないか)
「皆、聞いてくれ、今から助けを呼んでくる。夕方までには必ず戻ってくるから、無茶をしないで待っていてくれ」
「隊長、助けって、術者が見つからないとどうにもならないでしょう?」
「いや実は、心当たりがある」
「本当ですか?」
「ああ。全くの別件で1人、隣の山に来てるのを思い出した」
「お願します」
「行ってくる。みんなを頼む」
そう言うと返答も聞かずに建物を出て行った。