吸血鬼の夜会
娘の満を他の吸血鬼に見られたくないグラムバルドは、 夜会が開かれる早く会場である西欧の城に来た。会場である、玄関ホールと中庭には白いテーブルとイスが並べられていた。
「おい、そこのお前」
グラムバルドは城の召使いに見える男を見つけて後ろから近づいて行って声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
「すまないが、この子を預けたいんだが、どこか誰にも見られない部屋はないか?」
「……はぁ、『誰にも見られない』ですか……?」
召使の男は、不思議そうに首を斜めに傾げる。
「ああ、そうだ」
「申し訳ありませんが、私では判断できません。主に聞いてまいります。しばらくお待ちください」
「わかった、そこの部屋で待っている」
「では」
丁寧にお辞儀をすると召使いは暗い廊下に去って行った。
コンコン。
「入れ」
召使いがノックをするとすぐに返事が返ってきた。
扉を開けると、主である吸血鬼の王が革張りの椅子に足を組んで座り、血のワインを飲みながら月を見ていた。
「夜会の支度どうだ?」
「万事滞りなく」
吸血鬼王は、召使いに興味がなく、こっちを見ようともしない。血の従者など、便利な道具程度の価値しかないのだ。
「それで何の用だ?」
「はい。グラムバルド様が小さい子供を連れていらして、その子を預かってほしいそうです。そのために誰にも見られない部屋を貸して貰いたい、と」
この頼みには興味を持ったらしく、こっちを向く。
(その子供が、とても美味な血の持ち主で、熟成してから1人で楽しむつもりとか?)
吸血鬼は噛むんだり、血を与える事で数を増やせるため、生んで子供を増やす事は少ない。だから、グラムバルドが結婚しているのは知っているが、子を産むよりも、どこからか見つけてきた方がありそうだと思ったのだ。
「ふむ、わかった、中庭から見える隅の部屋を使わせろ」
(成熟したら私も味見をさせてもらおう)
余計な世話も焼きつつ、そんな事を思うのだった。
「お待たせしました」
召使いが駆け戻って来ると再び丁寧にお辞儀をする。
「こちらへどうぞ」
グラムバルドと小さな娘を城の端にある部屋に案内した。
ギィィ……。
グラムバルドが扉を開ける。開けられた部屋には物がなく、カーテンとカーペットが敷かれているだけの殺風景な部屋だった。
「お前は、この部屋で大人しくしていろ」
横にいる満を見ながら、グラムバルドが言うと、こくんと頷いた。
満が中に入るとこっちを向いた。まるで、グラムバルドに一緒にいて欲しいというように見ている。けれど目の前の扉は、パタンと閉じられた。
てっきり、真っ暗になると思った部屋を、窓から入った月明かりが照らしていた。
とっとっとっ……。
振り向いた満は、月明かりに導かれるように窓の傍に駆け寄って、空を見上げた。
そこには、まぁるい月が浮かんでいた。
城を取り囲む高い塀には、蔦が絡まっていて、外からは古びていて、もう使われていない廃墟のように見える城。
その中で暗い深夜にも関わらず宴が開かれていた。
壁の内側には、薔薇が咲き誇っていて、美しい庭園が広がっている。外の廃墟のような雰囲気とはまるで違う。
宴は城に入った所にある玄関ホールと庭を使っていて、ホールには赤いソファが、庭には白いテーブルとイスが出ている。テーブルの上には赤い血の注がれたワイングラスが置いてあり、中世のヨーロッパの貴族の住む家のような優雅な雰囲気を出している。
その宴の主催者の息子バルセード――バルセも出席していた。
「父様、凄い」
ロビーの端の方にあるテーブルの後ろで、父が大人の中心となって話しているのを見て、かっこいいと思った。ただそこにいるだけで、父の傍に人が寄ってくるのだ。
(僕も、あんな大人になりたい)
父親を見つめながらバルセは、じゅ~っと音を立てて、テーブルの上の血のジュースをストローで飲んだ。
「おい、あれ」
夜会に参加していた有力貴族である公爵の息子が、2人の取り巻きにわかるようにバルセを指す。
ジュースを飲むバルセは、今夜、初めて夜会に出たので顔を知られていない。
「気弱そうですね」
3人に気付いたバルセは、そっちを見て目が合うと、すぐに反らした。
「ふん、立場ってものを教えてやる」
3人はバルセに近づく。
「おい、お前」
「な、何?」
「お前、一体なんなんだよ?」
どこか、おどおどとした雰囲気を感じ取ったのか3人の真ん中に立っている公爵の息子が強気になる。
「え、えっと、バルセード。城主の息子……」
社交の場に始めて出席した弱気なバルセは、強気な公爵の息子が怖くて、だんだん声が小さくなっていった。
「っていうことは、これが将来の俺らの主?」
こくん。
バルセは、3人の顔色を窺いながら頷く。
3人は、気弱そうなバルセをじろじろ見て値踏みする。
「お前が未来の王か。この国も危なそうだな」
「それは……」
そんな事はない、とバルセは、はっきり言えなくて、小さな声でしか答えられなかった。
だから、そんなバルセに3人は相応しくないと詰め寄った。
「……はぁ」
ワインを片手に話をしていたバルセの父は、バルセを見て溜息を吐いた。
(貴族の付き合いに慣れさせようと思ったが、まだ早かったか)
まだバルセには血脈殺し(ルーツ・エンド)と向き合うには早すぎる。
「失礼、少し席を外させてもらう」
「わかりました」
バルセの父は、3人から離れ、息子の方へ向かった。
「バルセ」
「は、はい」
父に声をかけられ、バルセードは緊張して返事をした。
バルセの父は、詰め寄った3人を紅い瞳で見る。
吸血鬼の王の紅い瞳を見た3人は寒気を覚えて、固まった。
『我が息子に何をしている?』
言外に、そう言っているのがわかって、3人は冷や汗を流す。
だが、息子の心配はしていないし、実はバルセの大人しい性格には助かってもいる。バルセの持つ吸血固有能力、血脈殺し(ルーツ・エンド)は他の吸血鬼にも脅威になる。もし、この能力を知られてしまったら、自分の子をバルセに近づけさせなくなる。
だが、その能力が発現するには吸血する必要がある。だから、あの性格のおかげでまだ、誰も噛んでいない事には助かる。精神が未熟で使いこなせない内は、今のままの性格で良い。
「来い」
言って、バルセードの手を掴んで、立たせると会場を出て行った。
会場の外に出ると大きな扉が閉じた。
「お前は、もう会場には入るな」
「はい、父様」
バルセードにとっても父はあの3人と同じように怖い存在で、小さな声でもごもごとそれだけ答えた。
それから暫くは、部屋で本を読んだりして過ごしたが、すぐに飽きた。話し相手を探そうにも、ほとんどの使用人が、夜会の手伝いをしている。
(つまんない)
月明かりの差す部屋でバルセは、1人っきりだった。
バルセに詰め寄っていた3人も、周りには大人ばかりで食事が終わったら暇を持て余していた。
3人は室内に飽きたので、玄関すぐのエントランスで行われていた会場から庭に出た。
この庭も夜会の会場として使われていて、白いテーブルにワインと食事が乗っている。
「つまらん、何か面白い事は……」
言いながら辺りを見回すと、城の端にある部屋の窓に小さな女の子が見えた。
長い髪がさらさらと揺れ、その間から除く白い首元を見えた。
ごくっ。
リーダーの少年は喉を鳴らす。
「おい、あれ」
言われてとりまきの2人が言われた方を見るが、何もない。
「どうしたんですか?」
「あ?」
丸い眼鏡をかけた気の弱そうな薄い茶色の髪をしたマルスに聞き返されて窓を指そうとしたが、そこには誰もいなかった。
「ああ、そこの窓に女がいたんだ」
「本当にいたんですか?」
「ほんとだ。……確かめに行くぞ」
「あ、はい!」
リーダーの少年が、城の中に入って行くと、取り巻きの1人がついて行くとマルスも慌ててついて行った。
3人は女の子がいた城の端にある部屋へ向い、夜会の会場を抜け明るい会場とは、うって変わった暗い廊下を進んで行った。