消えた吸血鬼の妻
1台の黒塗りに金の装飾をされたレトロな高級車が暗い森の中にある道を、ライトを点灯させて走る。
日が沈むのが速くなったため、そう遅い時間ではないが森の中という事もあり、道が暗い。この道は整備されているがコンクリートではないため、石が所々出ていて、走る車ががたがたと揺れる。
(変だな?)
いつもならもう見えてもいいはずの家の明かりが見えない。
「家に明かりが、ついていない?」
車で屋敷に近づいて来て門が見えてくると、それが勘違いだと気付く。実際はいつもついているはずの明かりが何個かついていなくて暗くかったからだ。
屋敷には、使用人として吸血鬼の従僕がそれなりの数がいる。それにしては暗すぎておかしい。
それに男が返ってくるこの時間は、いつもならいるはずの理沙の部屋に明かりがついていない。
鉄格子の門が勝手に開き、そこを通り抜ける。
「キキキ……」
黒い影のような小さい蝙蝠達が門をを閉めていたのが後部座席の後ろの窓から見えた。
宮殿のような玄関の前に車を止めて運転していた靴1つとっても高級品なのだとわかる黒いスーツを着こなす紳士――グラムバルドが下りる。
「ステイレン、ステイレンは、いるかー?」
ただ事でない雰囲気を察して、スタスタと速足で玄関まで来て大声で呼ぶ。
屋敷の横にある小さな家の扉が開いて中から呼ばれた金髪の青年が暖かいコートを羽織りながら出てきた。
いつもは、きっちり身支度ができていて、こんな格好では出てこない。それに慌てているのがわかる。
「はい、います。お帰りなさいませご主人様」
「リーザは、どうした?」
落ちついて挨拶をしたが妻がどこにいるか尋ねると一瞬、ステイレンが固まる。それをグラムバルドは見逃さず眉を寄せる。
「知らないのか?」
グラムバルドは、問い詰めるように聞く。
「はい、申し訳ありません」
「しっかり管理しろといつも言っているだろっ!」
「申し訳ありません」
今日は、王が主催の夜会が城で行われる。しかも直接王に呼ばれているため、行かないわけにはいかない。
「困ったな」
いつもは、まだ幼い娘の面倒を妻が見ているがそれがいない。
(夜会のことは話したから知っているはず。それよりも、大事な用事ということか)
「旦那様、まず中へ入りましょう」
「わかった」
グラムバルドの後に続いてステイレンは屋敷の中に入っていった。
「お前にしては不手際だったな」
「はい。窓が割られて、それを調べている間に奥様は、出かけられました。その後で見張りにつけていた蝙蝠が部屋で裂かれているのを発見しました」
「何故すぐに報告しない!」
「報告しました。会社にいる時、私用で電話をするなと言われているので蝙蝠を飛ばしました。ですが、相手にせずに追い返されたでしょう」
「!……あれか」
会社にいた時、蝙蝠が来て傍をうろうろしていた事を思い出す。
(話を聞いておくべきだったか)
一喝して追い返してしまったが、まずかったと今更ながら思った。
「それで、探してはいるのだな」
冷静さを取り戻したグラムバルドが尋ねる。
「はい。蝙蝠では見つからないので家の者を使って探しています」
「蝙蝠で見つけられない?リーザにそこまでの能力はなかったはず……連れ去ったか、手引きした者がいるという事か」
「あの、それなんですが本当に理沙様は、灰狼程度の能力しかないのですか?」
「ああ、前に一度、出かけた時に確認している。それに出会った時は、たかだか2頭の灰狼に追われていたんだぞ」
「そうですか。……その出会いが演技ということは、ないのですか?」
「ない。灰狼に襲われていたのが演技には見えなかった。腕に大きな怪我を負わされている所も見ている。演技ではない……何故、そんな事を聞く?」
「微かな目配りや、稀に話の内容が高い身体能力を持った旦那様と似ていると思う時がありまして」
つまりは、強者にしかわからないような強者の物の些細な考えが、できているのだ。思い返せば、確かにそうだと、グラムバルトも思う。
「……確かに。それも気になるが、考えるよりも今はリーザを探す事だ」
「はい」
(さて、どうするか……)
「ステイレン、夜会の間、娘を頼めるか?」
「いえ、今まで旦那様が帰ってくるのを待っていましたが、私も外に探しに出ようと思います」
「わかった。城に連れて行くしかないか」
吸血鬼と人狼の間にできた娘を連れて行っていいわけがない。
(本当はまずいが、仕方ない)
他にいい案がないため、グラムバルドは諦めた。
夜会のための服に着替えるため部屋に戻る。
部屋は、シックで固い感じの部屋で物が少ない。
箪笥を開けて、掛けられているスーツを何着か横にずらして1着を取りだした。
(ふむ、これにするか)
コンコン。
「旦那様、支度は出来ましたか?」
「今、服を決めた所だ」
返事を聞くとステイレンが部屋に入って来た。
「今日は、そちらの手に持たれている服で行かれるのですね」
「ああ」
「では、こちらのネクタイの方がお似合いになります」
「確かにその通りだ。そうしよう」
「わかった」
「では」
ステイレンは一礼してから去って行った。
グラムバルドが玄関に来るとステイレンがコートを持って現れた。
「旦那様、これを」
そう言って手に持ったコートを渡し、グラムバルドは受け取ったコートバサっと振るように着る。
「満様も行きなさい」
小さな人形のような姿の少女がステイレンの影から姿を見せた。
少し悩んでから、わからない程度に、こくんと頷き、グラムバルドの横に行く。
「では、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ旦那様」
グラムバルドは、幼い満を一瞥すると、コートを翻して屋敷を去って行った。
満は、ちょこちょこと、その後を走ってついて行った。
ステイレンは、後ろでゆっくりと深く頭を下げていた。