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double blood  作者: 優緋
幼少編 吸血鬼の夜会
2/13

血で書かれた招待状

 ガシャンッ!!

 窓ガラスが割れる音。

 外から何かが投げ込まれて、ガラスの破片が散る。

 次いで、コンっと何かが床に敷かれたカーペットに落ちる鈍い、小さな音。

 部屋の中にいた理沙は、投げ込まれた何かがテーブルの手前に落ちているのを見つけた。

(……?……何これ)

 落ちていた物を拾うと、僅かに良く知る匂いを嗅いだ気がした。

 理沙は、投げ込まれた物を拾って包みを開く。中には石が入っていた。

 石を包んでいる布にはクレヨンで書いたような赤く掠れた文字。

(……)

 理沙はまさかと思いながら無言で布に顔を近づける。

 クンと鼻が布に当たりそうな所まで近づけて匂いを嗅ぐ。

(やっぱり)

 手に取った時に漂ったのは血の匂いだ。何の血なのかまではわからないが、人狼の嗅覚に間違いはない。

 理沙は布を広げて、書かれた内容を読む。

『今夜19時ニ辺リデ最モ高イ場所ニテ待ツ』

(こんなことをするのは……人狼族)

 吸血鬼の貴族階級は、ここまで下劣な真似はしない。吸血鬼の、それも公爵の位を持つ者の家に、こんなことが出来て、する理由があるのは私に用がある同胞だろう。

 バレた――そう思った。

 人狼でありながら吸血鬼の妻になった事が知られたのだろう。だからきっとこれは、私を罰するためのものだ。

「何があったのですか!!」

「な、何でもないわよ!」

 考え事をしていると部屋の扉が勢いよく開き、ステイレンが息を切らせて入ってきて、理沙は咄嗟に両拾った布をを隠してしまった。

「あの、ですね。何もない訳ないでしょう?」

 ステイレンは割れた窓に近づきながらそう言うと、腰を折って落ちたガラスの破片の1つを摘む。

「確かにそうよね、あはははは……」

 ガラスの破片を手に持ったハンカチに乗せ、片づけ始めたステイレンを見ながら、理沙は乾いた笑みを作った。

(何か様子がおかしいですね)

 横目で理沙を見て、あきらかに様子がおかしいと感じる。

 理沙はそっと目を閉じた。

 まだ幼い娘がいる事が知られていない事を祈るしかない。娘には幸せになって欲しいと願うから。


 ステイレンが片づけを終えて、部屋から出ていくと理沙は箪笥を開ける。箪笥の中は、綺麗に畳まれたフリルのふんだんに使われたパステル調のワンピース等の服が多くしまわれている。

(確かあったはず)

 服を掻き分けると奥に隠れるように2着だけジーンズがあった。

 吸血鬼の貴族と暮らすようになってから、淑女らしくを心がけて、スカートしか履かなくなった。だから、それ以前に着ていたジーンズ等の動きやすさを重視した服は、どんどん奥に追いやられていった。

(捨てられていなくてよかった)

 ジーンズを取り出して着ながら耳をすます。

(見つけた、ステイレンの蝙蝠)

 予想通りいた。

 監視されている事はとっくに知っているし、仕方がない。

(でも、今は)

 理沙は、振り向きざまに爪で蝙蝠を4つに引き裂くと気を引き締め直し部屋を出て行った。

 地面には、裂かれた蝙蝠がカーペットの上に残っていた。

 ただ、理沙は見張られているのは知っていたが、見張っているのが夫のグラムバルドではなく、ステイレンの独断だと知らなかった。

 理沙はグラムバルドに愛されている自覚はあるが、それが吸血鬼達を敵にまわしてまで愛しれくれるかと言われれば、自信がなかったのだ。


「お出かけになるのですか?」

「ええ」

「何処へ行かれるのですか?」

「散歩です」

 理沙は目を反らしてそれだけ言うと、もう何も言わないとばかりに唇を噛むように引き結んでしまった。

 ステイレンが今までに見た事のない初めて見る表情だ。

(答えてくれそうにはない、か)

「行ってらっしゃいませ」

 ステイレンは執事らしく丁寧に頭を下げて見送った。


「グラムバルド様、ご確認ください」

 そう言って男は書類の束を豪華なソファに座っているグラムバルドに、うやうやしく手渡す。

「では、見せてもらうぞ」

「はい」

 グラムバルドが、仕事先の応接室で渡された書類の確認を始める。

「何も問題なければ、その書類はこちらに署名を」

「わかった」

「どうですか、そちらの決済の書類に不備はありませんか?来月の株主会議に参加なさいますか?」

 幾つか尋ねたが、集中しているためか、真剣な表情のグラムバルドは答えない。

 いかつい顔で厳格な雰囲気のグラムバルドは怖い。書類を渡した男は背筋を伸ばしカチカチに緊張している。

 書類を手渡した男は様子をしばらく見ていたが、邪魔になりそうなので部屋を静かに後にした。

 だがそれは理由をつけただけで、実際はグラムバルドと2人の空間にいるのに耐えられなくなって、逃げ出しただけった。


 ット。

「待っていたぞ」

 山の山頂に1本だけ立つ木の裏から男が出てきた。

「用件はわかっているな」

「ええ」

 答えると、あちこちから上半身に何も身につけていない狼の顔をした――狼男達が3人姿を現した。

 理沙は銀の髪を逆立て爪を立てると銀の毛が両腕に生える。

「先手必勝!!」

 屋敷にいた時の、なってはいなかったが必死になって被ってきた猫を投げ捨て、叫ぶと理沙は飛びかかる。

 飛びかかられた相手は、対応しようとしたが、あっという間に爪で引き裂かれて、地面に倒れた。

(!冗談じゃない。聞いていた話と違う)

 相手は雑種の灰狼程の力しかないと聞いていた。

「強いですね」

 男は驚いたがなんとか平静を装う。

「これでも一応、銀狼だからね!女だからって、甘く見るな!」

「仕方がない、皆さん、出てきてください」

 周りから人狼が、ぞろぞろと姿を現す。灰狼のような力の弱い人狼がいない。

(数が多い)

 正直ブランクが長い。家庭に入ってから戦闘は愚か、人狼化をしていない。

 平静を装うが、冷たい汗が頬を伝う。

 だが、狼の本能のせいで体が疼く。高ぶる。この不利な状況にも関わらず、口元に笑みが浮かぶのを堪えられないでいた。

 それに幸い今日は満月だ。チャンスはある。

 理沙は、銀狼の欠月の一族。月の満ち欠けに寄り身体能力が変わるのが特徴だ。

 満月の下では他の銀狼にだって負けはしない。


(遅い)

 ステイレンは壁に掛けられた丸い時計を見る。時計の針は3時、おやつの時間を指している。

 いつもなら既にここにいて、必ず屋敷にいてにこにこしながら、椅子に座って尻尾をふっている時間だ。

 グラムバルド様と結婚して、この屋敷で暮らすようになってから、食い意地の張った彼女は一度も時間に遅れた事はない。

(おかしいですね)

 ステイレンは、片手を上げて使い魔の蝙蝠を呼び寄せる。

「キキキ?(何ですか?)」

「奥様を見なかったか?」

「キ……キキ(えっと、見てないよ)」

「そうか、わかった」

(ん?奥様についているのが来てないな)

「キッキー!(大変大変!)」

「どうした?」

「キキ(理沙様の部屋来て)」

 ステイレンは悪い気はしたが蝙蝠が言うとおりに理沙の部屋に入る。

 部屋の中は服がカーペットの散らばり、その上に無残に4つに裂かれた蝙蝠が落ちていた。

(何があった?……これは探した方がいい)

「あの人は……」

 苛立ちを滲ませる声で呟いた。


 黒い塊のような蝙蝠達が数匹飛んできて、窓の外でグラムバルドの様子を見ている。

 中に入ろうとして窓を開けようとしたが、閉まっていて開かない。何度か試したけどやっぱり開かない。

「キキキ(どうしよう)……」

「キ、キキキ(どうしようか)」

「キ……キキッキ(グラム様の蝙蝠を呼べばいいんじゃないかな?)」

「キッキキー(それはいい案かも)」

「キキ(それで、どうやって呼ぶの?)」

「キ……(えっ、それは……)」

 蝙蝠達は、そこで困った。

 室内にいる蝙蝠を呼べるなら、直接グラムバルドを呼べるからだ。

 パタパタという羽音に気付いてグラムバルドのソファに掛けてある上着の下から蝙蝠が1匹、ひょっこと顔を出して、キョロキョロと左右に首を振って音のした方を探す。そこで、ステイレンの蝙蝠が数匹、窓の外でパタパタと飛んでいるのを見つけた。

(いったい何をしに来たんだろう?)

 首を傾げてから、窓のへ飛んでいく。

「キキキ(どうしたの?)」

「キキ(開けて開けて!)」

「キキキッ……キキ(わかった、待ってて)」

 窓を挟んでパタパタと羽を動かしながら蝙蝠達は奇妙な声で会話する。

 部屋の中の蝙蝠が窓の内鍵を苦労して外した。

「キッキ。キキキキキ……(それで何でここに来たの?来ちゃだめってご主人が言ってたでしょ)」

「キキ(急用!!)」

 答えると、蝙蝠達はグラムバルドの方に飛んでいって、頭の辺りを回るようにうろうろ。

(鬱陶しい)

 最初は気にしなかったグラムバルドが書類に目を落したまま片手で払った。

 それでも、蝙蝠達は傍をうろうろと飛ぶ。

「帰れ!」

 グラムバルドはイライラを募らせ、ついに声を出し、一喝して蝙蝠達を追い返した。

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