切花の目覚め
壁に背を預けるように床に足を投げ出した姿勢で切花が目を覚ます。
(あれ、私は一体、どうしたんだっけ?)
ゆっくりと何があったか思い出し、満が大落獣の禍津と戦っている所まで思い出す。
はっと、思い出して、部屋を見回して満を探す。
けれど、満はいない。
月明かりの入る廃墟の部屋はとても静かだ。
「満?」
満は小さな声で呟いた。
ピクっと耳が跳ね上がる。
地下室でPCやら培養機のカプセルやらを壊していた手が止まる。
微かに切花の声が聞こえたからだ。
とても小さな声で1階の隅の部屋から地下室には、普通聞こえないはずの声だが、今の満には聞こえる。
「戻らないと」
カシャン、カシャン。
悪鬼邪妖の腕や足が転がり、培養液で濡れ、散らばる割れたガラス片を踏みながら満は部屋を出て行った。
「呼んだ?」
耳をピコピコ振りながら、突然部屋の中に満が現れた。
「あ、うん」
「大落獣の禍津は?」
「あそこ」
満は床を指さす。
切花が見ると、黒い影が床に着いていた。良く見れば、獣が倒れた痕のようにも見える。
「ねぇ?大落獣の禍津に良く1人で勝てたね」
「……うん」
「満、あなたは何者なの?」
いくら銀狼の娘だからって、灰狼と呼ばれる人狼の中で力のない者が大落獣の禍津に勝てるとは思えない。
「あたしは半分だけの狼女」
(知ってる)
でも聞きたいのは、そんな事じゃない。人と人狼のハーフがあんなに強いわけはない、そう思った時、満は続きを口にした。
「あたしは半分だけの吸血鬼なんだ」
「え?」
そんな事、誰からも聞いていない。聞いているのは満の母、理沙が教えてくれたのは、銀狼にしては能力の低い人狼で、満は銀狼の娘で半人狼だという事。
「そうだったんだ」
切花はむ~っとする。
「そんなに強いなら言ってくれれば良かったのに」
「言えないよ。常に強いわけじゃないから」
「え?」
「人狼、欠月の一族は月の満ち欠けによって、身体能力が変化する。満月の時が1番高くなって、新月の時が1番低い。匂いを嗅いだ感じで月が4分の3以上出てないと勝てないって感じた」
満は少し下を向いて悔しそうにする。
「呪術師連合は、お母さんが強いし、銀狼だから匿ってるんだ。強いし、希少な力を持つから味方でいてくれている。けど、月の満ち欠けで身体能力が変化して、全く力の出ない日があるって欠点に気づかれたら、脅されて利用されるだけになる」
「!そんな事……」
「ある。じゃなきゃ、弱いと思われてるはずのあたしに伏魔師があたしについたりしない。切花、あんたは、母さんが裏切った時、あたしを殺すのが仕事なんだ」
「つまり、私は満を人質にするためにいた……の?」
「そういう事」
「そっか……そうだったんだ」
切花は呟いて前を向く。
「どうせ、日が昇れば最後なんだ」
吸血鬼だから、日を浴びて灰になるんだと切花は暗い空をゆっくりと見上げた。
(たぶん大丈夫だと思うんだけど)
満は立ったまま、切花を見下ろしていた。
時間が経ち、日が昇る。壁に背を預け座っている切花にも窓から入った日の光が当たる。
「あれ、なんともない?」
壁に背中を預け床に座ったまま自分の両手を見る。
「何で……?」
切花は傍に立つ、満の方を向く。
「人狼との兼ね合いで欠点が緩和されてるんだ。確証はねーけど、灰になるのは新月の晩の昼だけだと思う」
「そっか」
「まぁ、すぐにあたしの苦労がわかるようになるよ。特に切花は学校の成績がいいからな」
「?」
良く分からない事を言って切花は満の顔を見つめる。
「帰ろ?」
「うん」
切花は差し出された手を取った。
いったんここで終わりにします。