切花の黒い願い
明け方のまだ暗い時間、切花はトボトボと歩いてきた。歩く時、足をあまり上げてないから、シャリシャリと小石を蹴ってしまっている。
調査隊の人達の血を頭から浴びて、それが固まって、服は黒くなっている。
(何で、助けられると思いあがったんだろう)
大落獣の禍津は、私だけ殺さなかった。しかも最後に逃げる私を見て笑ったんだ。その歪んだ笑みが脳裏から離れない。
伏魔師としてのプライドも外聞もなく必死に逃げた。
逃げるだけしかできない自分が悔しかった。
(それでも、あいつは絶対殺す。どんな手を使っても絶対!)
(遅いなぁ……)
ペンションの割り当てられた部屋で、窓枠に寄りかかりながら満は月を見ながら、切花を待っていた。
(……ん)
僅かに漂ってきた匂いに満は反応する。
確かめるようにもう一度臭いを嗅ぐ。間違いない。切花の匂いだ。
すぐに窓枠から飛び降り、乱暴に扉を開けて、匂いのする外に飛び出した。
たったったったっ……。
軽快な足音を立て、切花の匂いのした林の中を一直線に走る。
(いた……)
切花を見つけると速度を上げて駆け寄った。
「良かった。帰りが遅いから、心配したんだよ?」
切花の肩に手を置いて、息を整える。
(あれ……?)
返事がなくて、顔を上げると、切花の青ざめた顔。
「どう、したの……?」
「皆、死んだ。私の前で……」
言われれば、確かに切花からは別の人の血の臭いもする。黒く固まっているのは、切花のいう皆の血だろう。
「まぁ、そうなるだろ」
「……え?」
満の答えは、予想外のものだった。
「……何っ、それ?最初から、こうなるって、わかってた、の?」
「ん~別にこうなるって、わかってたわけじゃない。ただ隣の山から、あたしが匂い嫌な感じがするって相当だなって思っただけ。少なくてもB級怪異存在以上の相手だろ?なら仕方がないって」
「わかってたなら、何で止めなかったの!」
「止めたら、やめるのか」
そこには嘘を許さない強い光を放つ瞳。
「それは……」
「だろ?」
すぅ~っと頭が冷えていく。
ふと、冷たく冷静な満を見て、満なら倒せないかと思った。僅かな可能性だが、思ってしまったら頭を離れない。
「満は倒せない?」
窺うようにそっと、顔をのぞきながら尋ねる。
満は空を仰いで月を見る。明け方なので、もう月は輝いていないが見えるのは半分と少し。
「今日は無理」
「今日は、って何?明日なら勝てるとでも言うの!?」
「無理。後5、6日ってとこ」
「バカにして、お前もあれと同じ化物のくせに」
切花は自分が何を言ったか気づいて、はっとして口を押さえた。
「まぁ、一応見てみるよ。それで、できそうならどうにかするよ」
できるなら、力になりたいとは思っている。
(けど、たぶん無理だ)
それでもついて行くことにしたのは切花の身を案じたからだ。
「とりあえず、風呂に入ってこい」
「うん」
血がついているのはまずいので行った満に切花は頷いた。