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double blood  作者: 優緋
中学編 当たり前の日常を捨て
10/13

切花の前に広がる絶望

「どう思うよ、あそこ?」

 剣が大落獣たいらくけもの禍津まがつ領域テリトリーのギリギリ外で、四角い白壁の建物の方へ顔を向けて尋ねる。切花も同じ方を向く。

「どうって……どこか暗さがあるわね。間違いなくいる」

「だよなぁ、やっぱ。けど、俺のは勘みたいなもんだからなぁ」

 ポリポリと頭を掻きながらぼやく。

 剣のは、経験からくる勘だ。剣は術者ではないため、それを明確に説明できなかった。説明できれば、こんな事にはならなかったはずだと思う。

「行くぞ」

「はい」

 気持ちを切り替えて剣が大落獣たいらくけもの禍津まがつ領域テリトリーの中に踏み込む。

 切花がそれに続いて入って行った。

 気の配り方、警戒の仕方、静かな動き。

(すごい……)

 前を進む剣の背を見て、切花は慣れた様子がこの人は『本物』なんだと感じさせる。

 自分にできないその姿に切花は憧れを抱いた。


 特に大落獣たいらくけもの禍津まがつに襲撃される事もなく建物の前まで来れた。

「やけに簡単に来れたわね」

「だな。どうやら、やっこさん、こっちを嬲って楽しむつもりらしい。ふざけやがって」

 剣の声が硬くて、顔を見ると眉間に皺を寄せ、殺気立っている。相当頭にきているのがわかる。

「こっちだ。さっさと合流するぞ」

「はい」

 扉を開けると剣は中に入り、皆が待つバリケードを張られた部屋に来た。

「あれを越えれば、仲間が待ってる、行くぞ」

「はい」

 剣は切花を連れて、バリケードを越えた。


「おう、お前ら待たせたな。全員無事か」

「はは……随分怖い思いをしましたが何とか。ですがおかげで、こっちに覚悟は決まりましたよ」

 ここで小さくなっていても仕方がないと大禍津が脅し続けてきたおかげで逆に開き直る事ができた。

「そうか。そりゃ良かった」

 開き直ってくれたなら、やりやすい。正直、この建物を出た時のように、怯えていたら、説得するだけでも面倒だったからだ。

「それで、その子が例の助っ人ですか?」

「ああ」

「でもまだ、その子、子供じゃないですか?大丈夫なんですか?」

 私服とはいえ、どう見ても子供にしか見えないため、心配になったのだろう。

「ああ。こう見えて、こいつは個人で悪鬼邪妖の相手ができる伏魔師だぜ?」

「本当ですか!?」

 それを聞いて、隊員達は驚く。

 伏魔師、それは術者の中でも規格外な存在だ。C級怪異存在に認定される禍津まがつを個人で対処できる者達だ。呪術師連合にも5人といない。この国にいる呪術師連合に所属していない伏魔師はいても3人ほどだ。

「ああ、今は別の仕事で傍まで来てたんだ。それを思い出してな」

「私の紹介は終わりましたか?」

「おう」

「それじゃあ、まずは、この場所に結界を張ります」

 鞄から細いしめ縄の代わりになる糸を取り出し張り巡らせ、札を張っていく。それから祝詞を唱えて結界を完成させた。

「まずは、ここにいるという大禍津について教えてください」

「はい!」

 調査隊の隊員達は切花にわかっている事を話し始めた。


「お話を聞かせてくれてありがとうございます。聞いた感じでは、やはり相手はB級怪異存在のようです。それでは私1人では勝てません」

 隊員達は、助けに来た助っ人が勝てないと言われて驚く。憤って切花にあたり、そして俯く。

「ですがそれは1人の場合です。皆さんの力があればきっと。だからどうか私に力を貸して下さい」

 俯いてしまった隊員に切花は続ける。それを聞いて、隊員達は顔を上げる。

 例え、どれだけ準備をしたとしても、B級怪異存在と1人で戦えるとは思えない。少なくとも私には無理だ。だから力を貸してもらう。

「本当にどうにかできるのか?」

「ハ?ちげーぞ、おめーら。できなきゃ、そん時、死ぬだけだ」

 隊員の問いを剣が一笑した。無茶なことを言っているようだが、間違った事は言っていない。

「……それも、そうだな」

 隊員が納得すると、切花はもってきた対魔ようの道具の内で、普通の人にも使える道具を配った。

 それから、作戦も伝える。

 難しいものじゃない。相手を結界内に閉じ込め、全員で叩くというシンプルなもの。

 結界内に相手を誘い込む危険な囮役は、術者であるため1番安全な切花自らが引き受けた。

「それじゃあ、準備を始めます。皆さんも手伝ってください」

「はい」

 調査隊の隊員にも手伝って貰って準備を整えていく。

 相手を閉じ込める結界を作り、結界内に誘い込むために、札を貼り、糸を張り巡らせていく。


 大落獣たいらくけもの禍津まがつは、そっと爪を影から伸ばして糸にかける。

 プツッ。

 指を引くと糸が切れる小さな音。

 大落獣たいらくけもの禍津まがつは、1本だけ糸を切った。それは禍津まがつを閉じ込めるための結界のもの。それを切られれば、結界がまともに機能しない。

『ククク……いいぞいいぞ。人間共よ、希望を持ち、我を楽しませろ』

 そして、その希望を砕き、絶望する様を見るのはとても楽しい。

 大落獣たいらくけもの禍津まがつの目は弧を描いていた。


 時間は経ち、最後の札を貼り、準備は整った。

「終わったか?」

 屈んで最後の札を張っていた切花に後ろから声をかける。

「はい、これで終わり」

 立ち上がって振り向くと、隊員が集まってこっちを見ていた。

「それじゃあ、始めよう」

 こくん、隊員達は頷く。

「それじゃあ、作戦通り、私が大落獣たいらくけもの禍津まがつを連れてくる。皆は、ここで待っていてください」

 返事をまたず、それだけ言うと切花は部屋を出ていく。隊員達は切花を見つめていた。


 コッコッコッコッ……。

 周りに意識を裂いているためか、足音さえも大きく聞こえる。

 廊下を進み、曲がり角で壁に隠れて先を窺うと大きな狼のような者が2足で立っていた。人狼のようにも見えるが、上半身が肥大しすぎている。

 満の人狼の姿を知っているから、これが人狼ではないとわかる。

(恐らくあれが、大落獣たいらくけもの禍津まがつ……よ~し)

 切花は傍にあった小石を拾って、投げる。

 コン。

 大落獣たいらくけもの禍津まがつにあたる。

 コンコン。

 石が床に落ちて転がると、大落獣たいらくけもの禍津まがつは、こっちをゆっくりと向く。

(よし、逃げなきゃ)

 切花は、隊員の待つ場所へ駆けだした。


 大落獣たいらくけもの禍津まがつが小石を当てられ、ゆっくりと振り向くと逃げていく切花が見えた。

(やっと準備ができたか、待たされたぞ)

 にぃぃ……。

 口元を歪ませると、切花を追いかけていく。


 逃げながら、何度か鳴神札を使いながら、追ってこさせる。

 速すぎず、遅すぎず、一定の距離を保って、走る。やっている事は、これだけだが一歩間違えば、そこにあるのは、それだけで死だ。

 それを意識してしまっているから、冷たい汗が流れる。

 全力で逃げてしまえば、逃げ切れると思う。でも、それは駄目だと、奮い立たせて、隊員達が待つ場所へ向かう。

 切花は前に見えてきた、隊員の待つ扉へと駆け込んだ。


 バン!

 扉を開けて中に入って、まっすぐ進む。

 大落獣たいらくけもの禍津まがつが入ってくるのを確かめると振り向きざまに、鳴神札を使い、雷を発生させて、足を止める。

 扉の陰にいた、剣が逃げられないように扉を閉める。

 切花は、すぐに結界を作動させる。大落獣たいらくけもの禍津まがつが結界に閉じ込められる。

「皆、今だ!」

 声とともに隊員達が、切花が配った五芒星の描かれた札を掲げる。

 結界内に、電撃が起こり、避ける場所のない大落獣たいらくけもの禍津まがつにあたる。

「よし、行ける」

 隊員が希望を抱いた瞬間、大落獣たいらくけもの禍津まがつが笑みを深くする。

「シャ~ハハハ……!」

 笑い声のような叫びを上げ、気合いを入れると、結界は弾け飛んだ。

「……え?」

「そんな?」

 隊員達の顔が絶望に染まる。

「う、うわぁぁぁ~……!」

 恐慌状態に陥った隊員が部屋を出ようとして、扉に手をかけた所で、後ろから裂かれる。ズルズルと隊員はそこで崩れ落ちて、動かなくなる。

 にぃぃぃ……。

 剣の方を見て笑うと、倒れた隊員に爪を再び突き立てた。

「きっ様~~!」

 部下を殺されて、剣が叫び、怒りに任せて、近くにあった木材を手に剣が殴りかかる。

 ザッっという爪を振る音がして、ボトっと落ちる音。


 片腕を失った剣は、もういいと女の隊員に目をつけ、引き裂く。深く傷つけず、隊長の剣に見せつけるように少しずつ、少しずつ、何度も裂いて行く。

 切花が鳴神札を使うと、雷撃を受けた大落獣たいらくけもの禍津まがつはゆっくりとこっちを向く。そして、ニタァっと笑う。

 1人だけで鳴神札を使っても、足止めすらできない。

 大落獣たいらくけもの禍津まがつは、もう切花を見ない。しかも見せつけるように目の前で隊員を切り裂いていく。

 切花には、なすすべはなく、ただただ見ているしかできなかった。

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