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☆☆☆――3
……目を覚ますと、空には朝日が昇っていた。
俺は意識を戻してすぐ、ポケットに入れていた携帯を取り出して日時を確認した。携帯のディスプレイには八月三日という日付が記載されており、今回も例外なく一日過去に遡ったことが分かった。
寝そべっていた草むらから体を起こし周囲を見渡す。どうやら俺は川の土手で一晩を明かしていたらしい。
あまり詳しいことは覚えていなかった。記憶として存在するのは、とにかくどこへでもいいから逃げ出したいという思いだけだった。
あの記憶から。あの事実から。
「……う……ううう」
少し思い出しただけで恐怖と孤独が身体を支配し、猛烈な吐き気に襲われた。
嫌だ、辛い……莉奈……莉奈ッ!
震える指先で電話帳内を検索し、莉奈のページを表示――そして、電話をかけた。
出てくれ……頼むから……。
「もしもし?」
「り……莉奈?」
よかった、ちゃんと……近くに、いる……。
莉奈の声を聞いた瞬間、内側から安堵感が全身に浸透していった。
……が、それは満たされる前にすぐに崩れ去った。
「もしもし、どうしたの――諸永くん?」
「…………え?」
モロナガ……クン?
……………………そう、だ。
この日のデートの約束を取り付けた電話で、デートをする上で呼び名が名字なのはよそよそしいということで、お互い名前で呼び合うことに決めたんだ。だから、当然この時の俺の呼び名は名字である諸永のままで……。
…………。
「あ、あのさ……俺の事は、その、名前で呼んでいいから」
「あ、本当!? 分かった、じゃあ……」
そうしてしばしの間逡巡した後に莉奈が発した言葉は、さらなる残酷を孕んだものだった。
「あの、ごめんなさい。そういえば私――諸永くんの名前、知らないかも」
……気付いた時には、俺は通話を切っていた。
その後に何度か莉奈からの着信があったが出ることはなく、そうしているとついには留守番電話で「明日、お互いの関係を深めるためにデートをしませんか?」なんていう声も聞こえてきて。
そんな莉奈からの声――あるいはそれは、決して変わることはないんだという運命からの警告に、俺はただひたすら自分の愚かさを、戒められていた。