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「……はい?」

「だから、俺は未来から来た人間なんだよ。二日間だけな」

 真面目な表情で俺がそう言い切ると、自分のデスク用のイスに座って話を聞いていた健児は、掛けていた眼鏡を外してギュッと目頭をつまみながら床に座る俺に訊ねた。

「えー、つまりだ。さっきお前が言ったことを整理すると、今俺の目の前にいる諸永(もろなが)綾人は俺が昨日まで会っていた諸永綾人ではなく、二日後である八月七日から今日――八月五日にタイムワープしてきた諸永綾人……と、いうことか?」

「正確には直接今日に来たんじゃなくて、『明日』――つまり八月六日を一日過ごした後に来たんだけどね」

「っ! ……何だか説明されるごとにややこしくなっていくな」

 言うと健児は再び眼鏡を掛け直したが、やはり現実離れした話を聞かされているためか、レンズの奥の瞳はどこか疲れているようにも見えた。

 まあ、気持ちは分からなくもないけどね。俺も健児の立場だったらそうなってると思うよ。

 悪いね。でも、これも実験のためなんだ。

「……やっぱり何も起こらないか」

「は?」

「いや、こっちの話」

 もともと前回体験した今日――『一回目の八月五日』は、『昨日』――八月四日にあった莉奈との初デートを自慢するために健児の家を訪れていたのだが、しかし今回タイムワープによって体験している今日――『二回目の八月五日』は、実際に俺がタイムワープしていることを話すために健児の家を訪れていた。

 ……ん? 何だか話が少し複雑で、説明側の俺もよく分からなくなってきたが……まあ、結果さえ分かればそれでいい。

 辺りを見回しても風景はどこも変化していないし、どうやら映画とかでよくあるタイムパラドックス――過去の自分の行動を変えると未来の世界が崩壊しちゃってたりするあの現象は発生していないようだ。

 もしかすると、俺の気付いていないところで起こっているのかもしれないし、もっと先の未来が変化しているのかもしれないけど……少なくとも、今すぐに何かが消えたりとかの大きな問題はないみたいだな。

 今さらながら、かなり危険な実験を好奇心のみでやっちゃってたなと思うけれど、でもこの成果はきっと今後役に立つことがあるだろう。……今後の『過去』に。

 ふむふむと小さく頷いたところで、俺は再び健児に視線を戻した。

「でも、健児だって信じただろ? さっき俺が話した、『明日』――八月六日の健児の行動を聞いて」

「んー、まあな。『煌めけ!セブンちゃん』のフィギュアを明日買いに行くことはまだ誰にも言ってないし、購入した当日に俺が綾人自身に話したとしか考えられない」

「だろだろー!」

 よかったー、フィギュアに興奮して何しゃべってるか分からない健児と『明日』に電話で会話してて。グッジョブ、我慢して聞いてた八月六日の俺!

「しかしだなー」

 だが、健児の表情は依然としてどこか曇ったような感じだった。

「じゃあ、何で綾人は過去にタイムワープしているんだ? 今日だけじゃなくて『明日』を一度挟んで一日ずつ遡ってきてるってことは、特定の日に戻りたいってわけでもないのか?」

 鋭い指摘に、俺は待ってましたと健児を指差す。

「よくぞ聞いてくれた。さすがはうちの大学で前期の成績オールSの秀才君だ。話が早い」

「いや、今のはオールSじゃなくても誰だって思いつくことだろ?」

「俺が過去に遡っている理由、それは……」

 健児の突っ込みをスルーした俺は数秒の溜めを作ってから、満を持してそれを放った。


「――今日から二日後の八月七日、つまり俺と莉奈が付き合い始めて七日目に、莉奈からこの夏休みを最後にアメリカに留学することを言われてしまうからなんだよ!」


「………………………………………………はあ!?」

 健児は数秒の間ぽかんと口を開けていただけだったが、やがてわけが分からないといったように声を発した。

「えーっと……何で莉奈ちゃんがアメリカに留学することを知ったらタイムワープするんですか?」

「お前、事の重大さ分かってないだろ!? 海外に留学だぞ? 長遠距離だぞ? そんなん、彼氏からしたら嫌に決まってんだろ!」

「……で?」

「すごく辛くて、辛すぎるあまり『隣に莉奈がいない未来に、『明日』に進んで行くんじゃなく、莉奈がいる『昨日』に戻していってくれ』って強く思ってたら、いつの間にか(・・・・・・)その日の『昨日』……今日でいうと『明日』の朝である八月六日に、自分の家のベッドの中にいた」

「……帰れー」

「いやこれが本当なんだって! まじで、嘘ついてないから!」

 必死に自分の発言が真実であることを主張する俺だったが、健児は全く信用していない顔をしていた。

「タイムワープがそんなくだらない理由から起きたなんて、もし世間に公表したら世界中の物理学者が泣くだろうな」

「あ、健児お前、今くだらないっつったな? 絶対言ってたよな、なあ!!」

「あー、うるさいうるさい」

 今にも噛みつかんばかりに迫ってくる俺を、健児は面倒そうに両手で押し返す。

「ま、聞く限り『過去』の諸永綾人と『未来』の諸永綾人が同じ時間軸に二人存在することはない、ということが分かったのは、とりあえずさっきの話の収穫ととらえてだな――それなら、仮に八月七日から六日へのタイムワープがそうだとして、六日から五日にかけてのタイムワープはどうしたんだよ?」

「ん、ああ、それなら」

 俺は上体を元の位置に戻し、ピッと人差し指を立てた。

「な、何だよ……」

 急に態度が一変した俺を健児が不気味に感じ始めたところで、俺は大きく息を吸ってそれを始めた。

「六日はまず十時十分にベッドから起きたところから始まって、歯を磨いて、トーストとハムエッグの朝食食べて、特に予定ないなーと思って、莉奈に『家に行っていい?』って聞いたら『いいよ』って言われて、ポテチとコーラのボトルをコンビニで買ってから莉奈の家行って、最初は前期一緒に受けた倫理学の授業が難しかったねーとか大学のこと話して、そこから莉奈が小学生の頃ピーマンが苦手だったこととか、縄跳びが得意だったとか莉奈の昔のこと聞いた後に、これからどんなとこ行こうかとか、どんなことしようかっていう彼氏彼女の付き合い方の話になって、俺が『試しに今日は膝枕されたい』って言ったら『いいよ』って言われたから膝枕してもらって、そこで寝ちゃって、起きたら二時間経ってて、莉奈が怒ってて、『できることなら何でもするから許して』って言ったら、莉奈が『キスしたら許してあげる』って言い切る前にキスして、唇を離したら『もっとしてくれないと許さない』って言われたからもう一度、今度は一分くらい長くして、もう一度キスしようとしたけど莉奈の家族とのテレビ電話の時間が迫ってたから帰って、家に着いて、二時間バライティ番組見て、風呂入って、歯磨いて、自分の部屋で漫画読んで、深夜十二時四十分に寝たら、目を覚ました時に五日になってた」

「今度は事細かすぎて気持ち悪いわ!」

「うわっ!」

 健児に(おそらく待ちに待って溜めに溜めていた)ツッコミの勢いで強く押し出され、俺は床にバタッと仰向けに倒れた。

 痛ててと俺は背中をさすりながら、

「いやー、だってほぼ同じ展開の八月六日を二度体験したわけだからさ、そりゃ記憶も二度塗りされて色濃く残っているもんだよ」

「そうなのかもしれないが、それにしたって……んん?」

 と、突然健児は低く唸り、首を傾げて何かを考え始めた。

「ど、どうしたいきなり?」

「……いや、あのさ綾人。今お前、八月六日から五日へのタイムワープはいろんなどうでもいいこと憶えてたのに、何で七日から六日にタイムワープした時の説明は『いつの間にか』とか曖昧な感じだったんだよ?」

「…………?」

 俺が理解できずにいると、健児は質問の意味を説明した。

「『二回目の八月六日』は『一回目の八月六日』とほぼ同じだったんだろ? なら『二回目の八月七日』と『一回目の八月七日』も同じだったんじゃないのか? だったら、六日から五日にかけてのことのように何で詳しく憶えてないのかってこと。まあ、タイムワープの始まりが七日から六日にかけてであったのが本当なら、あくまで七日は折り返し地点で二回目はなかったのかもしれないが、そもそもさっきの説明だけじゃ、タイムワープの発端が本当に七日からだったのかも分からないしな……とりあえず、もっと八月七日の情報を教えてくれ」

「う、うん」

 健児に言われ、俺は今日から二日後の未来の記憶を探り始める。

「えーっと、あの日は莉奈に呼び出されて……そんで、留学することを言われて……それで……………………あれ?」

「どうした、その先は何があった?」

 もう一度、俺は記憶を探るために、両手で頭を強く掴んで脳をフル回転させたが……しかし。

 やはり――だめだった。

「思い……出せない」

「何?」

「留学することを言われてからタイムワープしようと思うまでに、一体何があったのか……何も、思い出せないんだ」

「……そうか」

 俺が下を向きながらぼそりと言うと、健児はどうやら信じてくれたらしく『それ以上深くは聞かない』という意思のこもった一言を俺に告げた。

「まあ、一度体験したはずなのに思い出せないということは、今は思い出すべきでないと、綾人の体が想起をブロックしているということだろう。それなら、無理に今思い出すことはない」

「そう……かな……」

「……まったく――おい、しっかりしろ!」

 健児は未だに記憶が欠如していたという不可解な現実から立ち直れない俺の肩をパンと叩くと、

「それは今悩んだってしょうがないことだ。そんなことより、綾人のタイムワープに『一日ずつ過去へと遡る』という規則性があるとすれば、今日を終えたら次は『昨日』――八月四日をお前は過ごすことになるだろうな」

「そう……だな。まあ、それは俺も分かってたけど……」

「おい、忘れたのか――昨日、莉奈ちゃんと初デートしたんだろ?」

「――っ!」

 その、瞬間。

 我ながら実に単純ではあると思ったが――それでも、過去へと逆流していく時間の中、現実離れした現実の中でも、前を向いて歩いていける力が全身にみなぎったのを感じた。

「そ、そうだったそうだった。いやー、莉奈との大事な大事な初デートを忘れてしまうなんて、あー俺ったらなんちゅう重罪を犯してしまったんだ! このタイムワープだってそもそも莉奈とずっと一緒にいたいと思って始まった……と思うし、とりあえず遡ってりゃそのうち記憶も戻るわな!」

「ああ、そうだ。楽しんでこい、時間旅行(タイムトラベル)を」

「おう!」

 そうきっと、きっと大丈夫。莉奈さえいれば、俺はどんな世界でも生きていける。

 そうして俺はこの時、どうにかなるという根拠のない自信でとりあえずこの場を乗り切って……だが。

 タイムワープという『非日常』がリアルとして俺にのしかかってくるきっかけとしては、十分すぎる出来事だった。

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