慈悲などない
目の前に不審者が居る。
詳しく言うと、玄関にびしょ濡れの外套を着た10才位の不審な、眼鏡を掛けた少年が居る。
少年がこれほどまでに濡れそぼっているのは、少し前まで降っていた豪雨のせいだろう。
ここ、ルジャ王国は物凄く天気が変わりやすいのだ。
…この少年が、雨に濡れて雨宿りがしたいからこの家に来たと仮定すると雨具を持っていないということだ。馬鹿なのか、こいつは。
こうやって私が少年について思案している最中も少年は玄関先で、ぼーっと青い目をこちらへ向けている。
その様子はシュールを通り越して不気味、いや…少し気持ち悪い。
しばらく少年と見つめあっていた私は、あることに気がついた。
もしかしたらこの少年、私を襲おうとしているのかも知れない。
最近世の中が荒んでいるからか、ロリコンが多いのだ。
9才の私なんて格好の餌だ。気を付けなければいけないと思っていた所にこの仕打ちだ。誠に不本意である。
まあ少年と私だと、年齢差はあまり無さそうだから少年が私を襲った所で少年はロリコンじゃないのかも知れないけれど。
こうして意味のないことを長々と考えている間も少年の反応は無かった。せいぜい顔を雲みたいな真っ白な色に染めて私の方に倒れてくるだけだ。
…は?倒れてくる?
「わちょちょああええええええ!!!」
私は倒れてくる少年を間一髪の所でかわせた。
品のない叫び声を上げてしまったものの、まあ誰も見ていないし聞いてもいないから良いだろう。
問題の少年は、ごん、と鈍い音をたて、玄関先の床と激突した体制のままぐったりとのびている。
感染する病気にかかってたりしたら薬代高いから嫌だな…なんて思いながら、そうっと少年の横にしゃがんだ。私は弱者を助ける聖人を尊敬しているから、こうして弱者には優しくしていくつもりなのだ。
聖書に書いてあったし、弱者を助けるのは常識だろう。…まあ、無神論者は知らないが。
少年を助ける方針で行くことにした私は、まず少年の上半身を起こした。
…と、同時に驚愕の事実が発覚する。
…この少年、絶対に私の体重より軽い。
「…私も軽い方なのに、嘘でしょう…。」
軽くショックを受けた私は、少年のぐっちょり濡れた外套だけを脱がせて厚手の布をかけると、そのまま放置することにした。
…動機は体重に関する完全なる八つ当たり、腹いせであった。私だって9才とは言えど、女だ。ソコのところはかなりデリケートなのだ。うん。
少年が私の倒れてから約一時間位経過した。
その間私は少年の持っていたバンカのという赤い実を勝手に食べながら持ち物を検査していたが、役に立つ情報は何一つ得られなかった。
強いて言えばこの少年の職業は多分、ヤブ移動薬剤師であることと、リック・ティレスタという名前の南チェリ人ではないこと、そしてこのバンカは酸っぱすぎるということだろう。
「…はあ。」
私はため息をつきながら食べ切ったバンカのヘタを捨て、氏名、リック・ティレスタ 南チェリ ノッテ出身と書いてあるペラペラな偽造の身分証明書を破り捨てた。
ロゼイル大陸内の四ヶ国で、破れる固さの身分証明書なんて発行されていない。
もうこの時点で偽造品というのは確定だろう。
おまけに少年がかけていた眼鏡をそうっと取り上げた。そして何と無く叩き割ろうとして…寸前でやめた。
最近知ったのだが、眼鏡…いや、硝子の希少価値がルジャ王国内で上昇しているようなのだ。どれ程の値段になるのかは不明だが後でこっそり売って、甘蜜のパンでも買うことにする。甘い物はとても好きだ。
眼鏡をこっそり台所の戸棚の一番下の引き出しに隠してから、変拍子みたいに変な寝息をたてている少年の肩をがくがくと揺する。
あいにく私は偽造の身分証明書を持っているような怪しすぎる年上?の男を家に置く気は毛頭ない。
聖書が…とか弱者が…とかそういう問題ではない。
理由は簡単。リャテ共和国などといった敵国の人間だと、私の生命に関わるからだ。
最悪殺されるかも知れない。
易しく言うと、私は性急に少年のはっきりとした身元が知りたいのだ。
怪しくないことがはっきりしたら、いくらでも家に置いていいのだが。
「いい加減に起きなさいな、そこの少年。」
結構激しく揺すったのだが、少年はううん…と唸るだけで起きはしなかった。
ので、軽く蹴る。
私の考えた絶対に目が覚める人の起こし方の方法のおかげで少年は、私が掛けた布を弾き飛ばしながら飛び起きた。
「!?!」
何が起こったのか分からないと訴えるような表情で私の方を見た。そして私が挨拶をしようと腰を曲げたとたん、激しく咳き込んだ。
失礼なやつだ。
私は挨拶を中断し、検査済みの少年の荷物の中に入っていた不味そうな薬草茶が入れてある小瓶を乱暴に渡した。
少年は布製の栓を抜くと荒い息をしながら必死に薬草茶を飲み干した。
少年は飲み終わってからほぅ、と一息つく。
そして私は少年のその血色の赤黒い二対の瞳を見て、眼鏡の価値がぐんと上がったなと思いながら思いっきり蹴りあげた。
「…っふ、ん…」
少年は声を発しずに静かにまた、床と激突した。
なぜ蹴ったのか。
動機など、…真っ当なルジャ人なら分かるだろう。
この少年…いや、こいつがリャテ人だから、だ。
倒れる前、目の色が赤ではなく紫だったのは、この少年が目の色を変える特殊な眼鏡をかけていたからだろう。
神聖なルジャの地でリャテ人特有の汚い赤色の目を晒したら皆に制裁されるだろうからそれもまあ、当然だろうが。
私は自分でもわかるくらいニヒルな笑みで、少年に囁いた。
「眼鏡、外させてもらいましたよ?」
「…!」
少年はバンカみたいな真っ赤な目を丸くして驚いていた。そして気不味そうに目を瞑る。
今更目を隠したって、意識してみると白過ぎる肌からリャテ人だと分かるし、すべては遅いというものなのだが。
初投稿(>_<)ひえええ
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