効率厨と野良PT
TAダンジョンへ行った翌日、俺は相変わらず「セントラル」中央の広場のNPCの子供たちの前でジャグリングを披露していた。
今日はギャグはなしだ。それどころか一部以外のサウンドをOFFにしている。
理由は簡単で、ジャグリングはマクロに任せて勉強をしているからだ。
やっているのはテキストデータの読み上げ、つまりは英語のリスニングだ。ついでに自分でも口に出しているが、自分の声の音声もOFFとなっているため、効果は怪しい。
これはVR応用スレで話題となっていたもので、実際やってみると英語は非常に聞き取りやすく、また音声教材とは異なり単語やセンテンス単位で何度もリピートが効くのがすばらしい。
必要ならば英語から日本語、その逆の直訳がすぐに表示できたり、さらにそれを読ませることも出来る。
これは今後必須になるレベルじゃね? と思えるくらいだ。
英語だけじゃなく、日本史などの暗記系も読み上げさせれば結構いけるんじゃね? ともおもった。
今日は英語のデータしか用意していなかったが、帰ったら適当にサイトから文章データをコピってこよう。
今日は一日こんな予定である。
別にさびしくはないぞ? 二人が彼女とデートしていてもな、爆ぜろや! っと、本音がちょっと出るくらいだ。
なんだかんだで昼前までに≪ピエロ≫をレベル5まで上げることが出来た。
ここら辺から上がりが鈍くなる。それでも今日中にレベル10までは行きたいところだ。
そろそろ昼飯のために一度ログアウトしようかと思った矢先にピコーンという警告音が響いた。
メール、というか誰かからこっちを向けという合図だ。
このゲームにAFKはない。ゲーム内にいる限り、意識はあるはずなのだ。
しかし現実はそう簡単ではなく、たとえば何百と同じ作業を繰り返す生産などはマクロに任せて勝手にやっている間に自分はおしゃべりに興じていたほうが建設的だ。
ゆえに目の前にいて話しかけているのに気づかないなんてことは多い。
大きな音が出るスキルを使う手もあるが、今の俺のようにBGMを切ってる場合は効果が無い。
そんな時の最終手段がメールの着信音である。
この仕様、当初はただのバグであった。しかし修正すると上記のような状態の際に気づかせる方法がなくなり逆に危険だと現在は正式な仕様となっている。
俺が顔を上げると、そこには見知った顔がいた。
オプションの音声を元に戻す。
「こんにちはー。すみません気づかなくて」
「こんにちは。今日は一人?」
「ええ、そうですよ」
目の前にいたのはエクレアさんであった。
「ねぇ、よかったらダンジョン行かない? 普通のやつだけど」
「あー」
さてどうしたものか。
はっきり行って現段階で行く意味はない。
ダンジョンは経験値的にはおいしいが、そろそろ熟練度を上げないときつくなってくる。
さらにいえばTAダンジョンの報酬装備が優秀で、ぶっちゃけこれを揃えるまえに入れなくなる20まで上がってしまったらだいぶ損をすることになる。
それを踏まえたうえ、しかしこの提案を蹴るのは危険な気がした。
問題はエクレアさんではなくその後ろの3人だ。昨日の今日だから見覚えがあった。昨日声をかけてきた連中だった。
「行く場所と職構成きいていい?」
「行くのは『宵闇の森』で、職は≪ファイター≫、≪ウィザード≫、≪アルケミスト≫、んで私の≪シーフ≫にナナさんの≪サモナー≫になるよ」
「≪クレリック≫は募集する?」
「ウィズさんがサブで持ってるって。ナナさんも持ってるし、それでなんとかしようかと」
「宵闇の森」は雑魚が大量沸きするダンジョンだ。範囲が優秀な≪ファイター≫や≪ウィザード≫ならよい狩場となる。不意打ち対策に≪シーフ≫がいるのもいい。
問題は≪クレリック≫がいないことだが、≪アルケミスト≫が支援型ビルドなら問題ない。十中八九攻撃型だろうけど。
・・・・・・正直wizのサブクレリックとかまったく期待できないし、俺がヒールbotになるのが目に見えていた。
「≪クレリック≫か支援型の≪アデプト≫捕まえられたらいいですよ」
「あう、今日はレイちゃんダメっぽいし、あんまし時間がないんだけどダメ?」
あー、レイさんの名前もだしちゃうのか。
こりゃ一度ちゃんと話をしたほうがいいな。
「なぁ、とりあえず行くだけ行ってみないか? ダメっぽかったら募集すればいいじゃん」
「そうそう。なに、俺らがいりゃあ楽勝だって」
エクレアさんがお願い! とばかりに手を合わせて頭を下げてくる。
「まぁ、そういうことでしたら」
仕方が無い。
保険は掛けておくがな。
「よし、それじゃあ早速行こうじゃないか!」
俺は組んでいたPTから抜けると申請にOKを押した。
さてダンジョンである。
場所は「セントラル」西から歩いて10分ほど。森の一部が輝いており、ゲートとなっている。
道中については多くを語るまい。
もう手遅れっぽかったが、一応矢面には立ったよ。
俺が入って会話をしたおかげで客観視ができたのであろう。
エクレアさんも途中から謝罪の視線を向けてきていた。
「よし、エクレアちゃん頼んだよ!」
「はい」
先頭を歩くのは≪ファイター≫のカイン。その後ろをエクレアさんが続く。
次に≪ウィザード≫のレオンと≪アルケミスト≫のコウジとなって、最後に俺と俺が召喚したスケルトンになる。
エクレアさんが≪気配察知≫を使って不意打ちを警戒しつつ、PTは奥へと進んで行く。
このダンジョンの肝は中盤からあとだ。時間を掛ければ掛けるほど最初のほうのポイントから敵がリポップして詰む。
ちなみに当然ではあるがわざと時間をかけ、リポップさせて稼ぐやり方もあるのだが、このPTでは無理であろう。
さて、最初の戦闘である。
『よし、いくぞ≪フレイムシャワー≫!』
最初の一撃はウィズからだ。ダメージは・・・・・・4割ってことはスキルレベルは1か2か。
『くるぞ!』
当たり前だ。
『いくぜ≪ワイドストレート≫!』
横一閃で3匹が屠られる。
だがしかし、あと後ろに5匹いる。
『私が!』
『ちっ! 釣りすぎだ!』
二人では対処しきれないであろう。
仕方が無いから俺もスケルトンを前に出す。
『さんきゅー!』
『いえ。でもこれからはコウジさんが釣ってから戦うことにしましょう』
提案、ではない。命令だ。
そうでなければ詰む。
『わかった。俺が最初にやる』
正直かなりの下策である。しかし殲滅力が足りないのだ。仕方が無い。
そして結果は案の定であった。
ダンジョンに入って30分が経過している。
現在はしかし1/3といったところまでしか進めていない。
理由は明確でリポップする雑魚に手間取り先の雑魚を片付けられないのだ。
俺のほうはしばらく前からからだを動かすのを止め、スケルトンの操作に集中している。
目の端で3割以上のダメージを食らったことを確認して≪ヒール≫だけは一応とばしていた。
ちなみに当たり前だがウィズに≪ヒール≫を飛ばす余力はない。
『くそが!』
さっきからカインの苛立ちがひどい。
まぁ、この状況だから仕方ないといえば仕方がないが女性の前なんだぜ? もうちょっと堪えてくれよ。
多分当初の予定では当たり前だが軽口叩きながらの狩りの予定であったのだろう。
それなら自分らだけで戦えるかどうかチェックすればいいのに。おそらくはそういった準備もしてないのだろう。
『ちっ、俺が一気にやる!』
『無理だからやめろ』
お前の最大火力はさっきのだろうが。この状況でそんなことをしたら間違いなく決壊する。
正直決壊しているといってもいい状況だがな、現状。
『お前も少しは動けよ!』
『動いてるよ』
あーあ、言ってはならんことを。
まぁ傍から見ると棒立ちしているようにしか見えないのは仕方がないことなのだが。
『二人ともちゃんと働いて!』
はっはっは、怒られてやんの。
あとエクレアさん、俺は働いているのよ?
『ぐっ!』
そうこうしているうちにカインが転ぶ。その隙を逃さず、雑魚どもが押し寄せてきた。
『早く立て!』
レベル1≪ヒール≫じゃ焼け石に水だ。
『くそ』
チャンスはあったであろうに、倒れこむ。
この野郎。諦めやがった。
『離脱する』
俺はすぐに≪ヒール≫を切り上げると、スケルトンで道を開く。
共倒れは御免だ。
『おい!』
怒鳴るなら倒れたそいつにしてくれ。
HPが0になるまで数秒は保ってくれるだろうよ。
俺たちはそのままダンジョン入り口へと退避した。
『さっきなんで≪ヒール≫をやめたんだ!?』
『あいつが立ち上がることをやめたからだよ!』
『だからといって・・・・・・』
『逃げるならあのタイミングしかなかったし、ここならすぐ合流できる』
事前にダンジョン前のポイントでセーブしてある。このゲームのデスペナルティは経験値と所持金だけだ。すぐ復帰できる。
だがしかし、PT欄に表示されるカインのところはログアウトとなっていた。
『・・・・・・だめだな。ここで終わりにしよう』
『お前!』
『時間ももうそんなにないだろう、エクレアさん?』
『うん・・・・・・』
『待ってもいいけど、多分来ないだろ? 時間もアレだし、清算しちゃったほうがいい』
このゲームはドロップもアイテムも自動的に均等分配される。
ダンジョンならばレアの一つや二つは出るし、生産材料も対応する職のもの以外は不要であろう。
そういったことから、このゲームでは特にダンジョン狩りは一度アイテムを集めなおすことが多い。
俺は取引申請をエクレアさんに飛ばし、今拾ったアイテムを全部渡した。
『俺の分はエクレアさんに渡したから、そっちも渡してくれ』
『いや俺がやろう』
そう言い出したのはレオンだった。
一瞬エクレアさんが俺を見るが、俺は肩をすくめるだけであった。
『そっちは希望はなんだ?』
『薬草関係がほしい。エクレアさんは?』
『あ、私は生産は縫い物だから糸かな』
『OK。じゃあ鉱物はこっちが全部で、薬草と糸はそっちに全部で、皮はこっちがもらう代わりに護符でどうだ?』
『護符を二つともくれるならそれでいいよ』
『じゃあそれでいこう』
ちなみに護符というの装備強化につかえるいわばプチレアだ。このダンジョンではボスドロップ以外なら最も価値が高い。
今日は3つでていたが、一つはカインが持っていってしまっていた。
レオンから取引申請がくる。
アイテムはいいのだが、なぜかお金が上乗せされているので一度キャンセルする。
『お金はいらないよ』
『いや、今日は迷惑を掛けたから迷惑料ってことで』
『いやいらん。まぁ、こういう日もあるさ』
それは自分に向けた言葉でもあった。
『悪いな。いや、悪かった。あいつにはあとで言っておくよ』
取引が完了する。
俺はそのうちの糸と護符の一つをエクレアさんに渡した。
『いや、今日はすまなかった。また会ったらよろしく!』
『なんかすまんね。でもこれに懲りずにまた頼むわ』
『ええ、また』
『またあったらよろしく』
われながらずいぶんと気持ちの篭らない『よろしく』であった。
『ほんとうにごめんなさい』
あれから二人はPTを抜けていった。カインは蹴り飛ばした (PTからはずした)。
それから町へ帰るまでの時間、ずっとエクレアさんに謝られていた。
『もういいですから。それよりも気をつけてください。エクレアさんは女性ですから、絶対にああいう変なのが寄ってきます。まぁ今日のはあのファイター以外はまともっぽかったですが、それでも気をつけるにこしたことはないです』
『うう、反省してます』
『レイさんの名前を出したのもまずいです。名前から女性の可能性が高いですから、餌ばら撒いているようなもんですよ』
『はい、軽率でした』
その上、これは言わないが、レイさんはかなりの美人だし、エクレアさんだって悪くない。
ぶっちゃけよほどの不細工でなければ、こういった場では男が釣れてしまう。
『あれですね。なんでしたら信頼できる女性がいるギルドを紹介しましょうか?』
正直このまま放って置くのはかなり危険な気がする。
ミーコさんとそのギルドに任せればだいぶ安心できる。
レイさんのほうも、シンにもう一言二言釘を刺しておこう。
『ギルドはたしか「耳猫耳」だっけかな』
『え? あのレイドギルドですか?』
『レイドギルド? まったり系ギルドだったと思うけど』
『あれ? なんか動画サイトにレイドをやっているのが投稿されていたような』
「祝い」さんかな? 動画自体はミーコさんだと思うけど。
『まぁ、そんなにガッツりやる系のギルドじゃないはずだから安心していいよ』
『そういことなら。・・・・・・お願いします』
あとでミーコさんに連絡を取るか。
それと、こっちにももう少しフォローをしないとな。
俺はしょげているエクレアさんにフレンド申請を送った。
『え、これって?』
『昨日そういえば話してばかりで忘れていたからね。改めてお願いしたいんだけど?』
『いいんですか?』
『なにが? 今日のことなんて気にしなくていいよ。割と稀によくあることだし』
『あの、えっと、ありがとうございます!』
OKが押される。
≪エクレア 様がフレンドリストに登録されました≫
『それじゃあ、ミーコさんに連絡しておくから時間が出来たら教えてね』
『うん。今日はありがとね!』
そう言って笑顔の彼女と別れる。
まぁなんだかんだいって終わりよければすべてよしであろう。
そう、ここで終わっていればこの件はすべてよしで済んだのだ。
残念ながらそうはならなかったのだが。
それがわかるのはもう少し先の話だ。
このときの俺はミーコさんにメールを送り、だいぶ遅れてしまった昼食の内容を予想するだけであった。