ツンデリッター再臨10
「誰がお邪魔虫ですか! 威力使徒であるなら貞操は大切になさい!」
トリスが憤激する。
「師匠?」
アリスは照ノをニコリと見やる。
「その笑顔が怖いんでやすが……」
照ノはキセルを手に持つと、口をへの字に歪めて紫煙を吐いた。
「まだまぐわってはいませんね?」
「これからするところだよ?」
「殺されるとわかっていて?」
「やるって言うの?」
トリスとジルの視線がぶつかる。
ちなみに強さに順列を付けるなら照ノ、アリス、トリス、ジルの順である。
ジルは、アルカードの眷属にしてセカンドヴァンパイアであるため、驚異的な威力を持っており、戦術レベルの能力を有するが、いかんせん相手が悪い。
照ノとアリスは評価埒外であるため手も足も出ないが、トリスとの関係性は相性……即ちじゃんけんの様なものだ。
三対六枚の天使の羽を具現している以上、トリスが降霊憑依している存在は、熾天使に相違ない。
一神教のモードは、直接的に吸血鬼の弱点となる。
もっともヴァンパイアインフレーションによって手駒を増やせばその限りではないが、そうなると今度は神威装置そのものを敵に回すことになる。
「…………」
トリスが沈思する。
「…………」
ジルが黙考する。
そして、
「「死ね!」」
トリスとジルは敵対した。
トリスは三対六枚の翼を以て加速。
手に持つ炎の剣を振りぬく。
対するジルは、
「ウォータレーザー!」
水のレーザーを発生させて、トリスを撃ち抜こうとした。
ウォータージェットの要領だ。
ちなみに扇状に広げているためアリスも、その圏内に入っていたが、神勁の魔術によって事なきを得ている。
トリスは、背中の翼を羽ばたかせて、上空へ飛んだ。
それはジルも同じだ。
喪服の黒いジャケットが広がったかと思うと、影絵のように形を変質せしめ、蝙蝠の羽となった。
吸血鬼の本領発揮である。
そして空中戦が始まる。
「パパは渡さないんですから!」
「生涯処女宣言している人間に言い寄られたって照ノに迷惑かけるだけ!」
そんなことを言いあいながら命を摩耗し合う。
当事者である照ノはと云うと、
「…………」
刻みタバコを火皿に詰めて、指先に二次変換で情報を現象に……即ち炎の情報を炎の現象へと変換すると、タバコに火を点ける。
紫煙を吸って吐く。
アリスが上空で殺し合っているトリスとジルを見て言う。
「止めなくていいのかな?」
「まぁもうすぐ昼休みも終わりやすし。そう致命的なことにもならんでやしょ。基本的にトリス嬢とジル嬢の戦闘能力は拮抗していやすから」
フーッと、月夜に主流煙を吐きだして、照ノは楽観論を語った。
「相性の問題としてトリスの方が強いと思うけどね」
「一応、火属性の天使を降霊憑依させるトリス嬢に後れを取らない様に水属性の魔術も教えやしたし」
「師匠? 吸血鬼は水が苦手じゃないかな?」
「アルカードの眷属はあくまで流水と聖水が苦手ってだけでやんす。覚えようと思えば水属性とて修了は可能でやんすよ。なによりそうでないとフェアじゃないでやんす」
「フェアじゃないというと?」
「そもそもなんで吸血鬼は十字架に弱いかわかりやすか?」
「うん?」
アリスは首を傾げた。
「そういうものだ」
と割り切っている問題であったためだ。
「日光を嫌って闇夜に行動する暗黒性。人の生き血をすする怪物性。十字架に弱く、聖歌を嫌い、エクソシストを敵対者とする」
端的なドラキュラの要素を上げていく照ノ。
「それが?」
それだけではアリスには伝わらなかったし、照ノもその程度は含んでいる。
「では聞きやすが吸血鬼が仏教徒のありがたいお言葉に弱い……なんて話を聞いたことはありやすか? あるいは日本で云うならば陰陽術や神道の祓いなんかに弱い……でもいいでやすな」
「ないね」
「でやしょう?」
くっくと苦笑する照ノ。
「十字架の苦手な吸血鬼。聖水の苦手な吸血鬼。日光の苦手な吸血鬼。夜の化身であり、一神教のモードにのみ忌避反応を起こす。これを不自然だと感じたことはありやせんか?」
「まさか……」
「然りでやんす」
「ただ一神教圏において迫害されるためだけの存在だと?」
「満点でやんす」
タバコを吸う照ノ。
紫煙を吐いて続ける。
「吸血鬼と云うのは一神教圏におけるプロパガンダの一種なんでやんすよ。一神教を信仰させ、吸血鬼から身を守るには一神教の教徒になるしかない。むしろ一神教の徒でない者は吸血鬼だ、とね」
「とんだ社会的弱者ですね」
「因果な渡世でやす。もっともそんなプロパガンダが無ければ一次変換で定義されたこの宇宙に吸血鬼なんて概念は存在しなかったでやしょうから状況としては愛憎半ばというかヒフティヒフティというかケースバイケースというか」
「多分全部違う気がするよ師匠」
「上手い言葉が見つからんでやんす」
「要するに社会的弱者の地位を以て生まれた二次変換存在ってことでいいのかな?」
「でやすなぁ」
ぼんやりと上空で戦っているトリスとジルを眺めながら照ノはウェストミンスターチャイムを聞いた。
人こそ隔絶しているものの、こういった機能に関して現実世界と結界とに差異は無い。
そも、そうでもなければ「飛行機に乗ってやってきました」なんてジルの言葉は嘘になるのだから。
レッドムーンの結界に引き籠ったまま稼働する飛行機に乗らねば陽光を直に受けるヴァンパイアには堪らないだろう。
照ノはパンパンと手を叩いた。
「トリス嬢、五時限目が始まりやすよ。ジル嬢、学生時間の邪魔はしないよう言っているでやんす」
火皿のタバコの残骸を床に落として無害化したキセルをおしゃぶり代わりに照ノはそう言った。
事実そうではあるのだ。




