洋菓子店の秘密
そこは、不気味な外見とは裏腹に、大きなショーケースが置かれたまともな洋菓子店だった。。
ショーケースの中には、普通の店では並んでないようなケーキや、定番のモンブランなどが並べられており、普通の洋菓子店と何ら変わりないものであった。
「へぇ……ちゃんと掃除してあるんだな。」
俺のひとりごとに対し、奥の方で何やらガチャガチャやっていたグリードは、ひょこっと顔を出して、
「当たり前です。汚かったらお客様に失礼ではないですか!。」
「じゃあ、あの外装はどうなんだよ。すっげぇ不気味で怖かったんですけど!」
「あれは元々お客様を怖がらせるために、ああいう外装にしたんです。それと、時雨は怖がりすぎです。」
と、言いながらグリードは奥からティーカップを持ってきて、入口の一番近くにあったテーブルの上に置いた。グリードが、「こちらにどうぞ。」と言ってきたので、俺は素直にカップの前にあった椅子に座った。
俺の正面に座ったグリードが、カップに入っていたお茶を一口飲むと、口を開き、
「ここは普通の洋菓子店じゃないんです。時雨には分かりますか?」
「何が?」
「どこが普通じゃないのか、です。」
「外装の他にあるのか?」
「ありますよ。先程、自分で言ってたじゃないですか。」
「何を?」
グリードは未だ理解できない俺を、苦虫をかみつぶしたような顔でチラリと見ると、「理解力なさすぎです。このノロマ。」と呟いた。
流石に心外だ。
おまえが言葉足らずなだけだろ、と内心で突っ込みながら、
「何が言いたいんだ?」
と、尋ねた。
「ふん。……いいですか?ここは森の奥深く。普通お客さんは来ません。しかも人間もどきである私が経営しているんですよ?おかしいとは思いませんか?」
「あ、そういえばそうだな。」
「なぜだと思いますか?」
「客が来る理由か?」
「そうです。」
その問いに俺はしばらく考え、
「客が人間もどき。」
「先程私は、人間もどきが珍しいと述べたはずです。低脳。」
グリードさん……、暴言はなるべく控えめにお願いします。
こう見えてもメンタル豆腐だからさ。
「理由、教えましょうか?」
グリードは、にやにや笑いながら聞いてきた。
こいつ、俺が答えられないのを分かってて聞いてきたな。
容姿はいいのに、腹の中真っ黒だな。
悪趣味な野郎だ。
あ、なんかイライラしてきた。
「頼む。」
軽くイライラしてきた俺は、ぶっきらぼうに言った。
「では教えて差し上げます。この洋菓子店はですね……。」
溜めるな、早く言え。
「罪人専門なんです。」
と、グリードは満面の笑みで言った。
しばらく沈黙が続いたが、
「は?」
俺の間抜けな声が沈黙を破った。
いや、だって罪人専門ってなに?
罪人ってあの罪人?なんか人を殺しちゃったり、物を盗んじゃったりした人のことだよね?
そんな奴がこんなとこ来るのか?いや来ないだろ。そもそも罪人は刑務所とかに行くんじゃないのか?
なんて考えを俺が張り巡らしていると、
「普通の罪人とは違いますよ。」
まるで俺の心を読んだかのように、グリードが言ってきた。
こいつ、エスパーか。
「どう、違うんだ?」
「ここに来る罪人は……。」
だから溜めるな。ささっと言え。
「みんな死人なんです。」
またしても沈黙。
そしてまたしても沈黙を破ったのは、
「は?」
俺の間抜けな声だった。
「だから、死人なんです。」
「いや、死んだ人が洋菓子店なんか来るのか?」
「来るんです!」
「どうやって?」
「歩いてきます!」
「いや、死んでるんだぞ?死んでる人は歩いたり洋菓子食べたりできないじゃないか。」
「普通の死人とは違います!」
「どう違うんだ?」
「生前に大罪を犯した人しかここに来られません。そしてここに来た死人は、みんな悪魔になります。」
「悪魔」という単語に俺は顔をしかめる。
それに気づいたグリードが、首をかしげながらこっちを見てくる。
「なんでもない……。」
なんでもなくはない。
俺は悪魔が嫌いだ。
悪魔がいなければ俺は、
「人間もどきとして生まれることはなかった?」
またも、俺の心を読んだかのようにグリードが言った。
だからエスパーかよ。
「そうだよ、分かってんならいちいち言うんじゃねえよ。」
俺はそのままテーブルに突っ伏した。
「なんで私たちって差別されなきゃいけないんですかね。ただ……ただ悪魔と人間のハーフってだけじゃないですか。何がいけないんでしょうか。私たちだって同じ生き物なんですよ……。なのに人間からも悪魔からも嫌われて……。じゃあ私たちは誰に好かれたらいいんでしょうか。」
グリードが泣いていた。
椅子の上で膝を抱えながらすすり泣いていた。
その姿が昔の幼馴染とかぶった。
「そういえばあいつも泣くときは膝を抱えてたなぁ……。」
机に突っ伏したままおれば呟くと、涙を拭きながらグリードが顔をあげた。
「あいつってだれですか?」
「昔の幼馴染。もういないけど。」
「いないって……、どこか遠くに行っちゃったのですか?」
その言葉に俺は天井を指さした。
その意味に気づいたのか、グリードはまた膝に顔を埋めた。
まるで月が俺たちをあざ笑うかのように、赤く輝いていた。
そして、沈黙が訪れる。
俺はその沈黙に耐え切れず、膝に顔を埋めたままピクリとも動かないグリードに話しかけていた。
「俺の幼馴染さ、普通の人間だったんだ。だけど、人間もどきの俺にすごく優しくしてくれたんだ。あいつ、将来はケーキ屋さんやるんだってすごくはしゃいでて……それを俺はいつも見守ってたんだ。だけど、……4年前事故にあった。トラックに轢かれて……そのまま死んじまって……。」
最後の方は言葉にならなかった。
机に突っ伏したまま、俺は久しぶりに泣いた。
4年前のあの日から、俺は泣くことをやめた。
「あの日以来だな……。泣くの。」
なんて言って、俺は自嘲気味に笑った。
すると、今まで黙っていたグリードがゆっくりと顔を上げた。
その顔には、わずかに驚きの表情が浮かんでいる。
「どうした?」
「いえ……あの、ですね。もしよろしければ……幼馴染さんのお名前を、教えていただきたい……のですが。」
俺を傷つけないように必死で言葉を選んでいるのがわかった。
それがなんだか嬉しくで、俺の顔には思わず笑顔が浮かんでいた。
俺はその顔を見られたくなくて、椅子から立ち上がりグリードに背を向けた。
「俺の幼馴染の名前、あずさって言うんだ。三ツ葉あずさ。」
すこし笑いながら俺はグリードに話しかけた。
しかし、グリードからの返答はない。
「グリード?」
疑問に思い、チラリと後ろを振り返ると、グリードは何かをブツブツ呟いていた。
「どうかしたのか?」
俺がそう尋ねてもグリードは必死に首を横に振るだけで、何も答えてはくれなかった。
「なあ、グリード……。」
俺が話しかけると、意外にもグリードは返事をしてくれた。
「なんですか?」
「さっきの話の続き、していいか?」
「続き?」
「俺たち人間もどきは誰に好かれたらいいのかって話。」
「それがどうかしましたか?」
「考えたんだけどさ、俺たちは俺たちどうしで愛し合えばいいんじゃないかな。」
「人間もどきどうしで?」
「そう。簡単な話だろ?」
そう言って俺が「へへっ」と笑うと、グリードも「そうですね。」と言って笑い返してくれた。
「……にしても、今日あったばかりのお前に昔の話をしちまうなんてなぁ。」
俺は大きくため息をついてから、立ったままテーブルに置かれたお茶を飲んだ。
するとグリードは、俺の行動を咎めるでもなく意を決したように椅子を立ち上がり、俺の正面へやって来た。
グリードはまっすぐに俺を見ながら、
「……時雨。」
と、俺の名前を呼んだ。
「……っなに?」
あまりにもまっすぐ見てくるもので、一瞬返事をするのを忘れてしまった。
グリードはしばし先を言うのを躊躇っていたが、ようやく口を開き、
「あなたに頼みがあります。」
と、言った。
まるで俺の代わりに返事をするかのように、遠くでカラスの鳴く声が聞こえた。