二重人格少女
「人間もどきなのか……?」
見ればわかるのに、現実が信じられなくて思わずそう尋ねていた。
「見てわかりませんか?白髪赤目で人間もどきじゃなかったら、私は一体何だというのです?」
未だ不機嫌そうな少女は、フンッと鼻を鳴らしてから答えた。。
「あぁ、ごめん。初めてほかの人間もどきを見たから……つい。それで、もしかしてさっきベンチのとこで声かけてきたのってあんた?」
「あんた、じゃないです。グリードです。」
「えっ……あ、グリードさん?」
「あっ、さん付けはいらないです。グリードで構いません。後、先ほど声をかけたのは私です。」
何が嬉しいのかよくわからないが、突然上機嫌になった少女―グリードは笑顔で言った。
その笑顔の綺麗さにしばらく見惚れてしまい、俺は慌てて言葉を紡いだ。
「……あっそか。それで、なんか俺に用でも?」
その質問に彼女は困ったように、
「特に用はないのです。ここは滅多に人なんか来ないから。しかも同じ人間もどきだったので、珍しくてつい声をかけてしまいました。」
と吐露。
俺はそれに対し短く、「そりゃそうだな。」とだけ言った。
なんせ、ここは昼でも暗い森の中。
出ると噂されているこの森に入るバカは、滅多にいないだろう。
この森になにかいるとしたら。カラスやねずみくらいだ。
「そういえばグリードはなんでこんなとこにいるんだ?」
するとグリードはよくぞ聞いてくれました、とでも言うように腰に手を当て、わずかに膨らんだ胸を反らし自信満々に
「実は私、ここで洋菓子店を営んでいるのです。」
「洋菓子店?それってケーキ屋のことか?」
俺のその問いにグリードは少しだけ頬を膨らませ、
「ケーキ屋じゃないです!洋菓子店です。ケーキ屋なんかよりもすごくお洒落なんです。」
「ふうん。」
と、俺が短く相打ちを打つとグリードが慌てたように、
「も、もっと聞くことはないのですか?店はどこにあるんだ、とか。なんでこんなとこで店をやってるんだ、とか。」
「いや、あまり興味ないから……。誰がどこで何をしようと個人の自由だし。」
「そんなこと言わずに、聞いてくださいよ……。って、あれ?」
「どうした?」
「私、白髪さんのお名前聞いてません。」
「白髪さんって……、あんたも白髪じゃん。」
彼女は、思わず苦笑いをした俺を睨んでから、
「あんたじゃないです、グリードです。二回も言わせないでください。あれですか?学習能力低いのですか?馬鹿ですか?」
と、さっきのように罵った。
「えっ、ごめん……。ってか、あんた…っじゃなくてグリードは怒ると毒舌になるの?二重人格?」
「似たようなものです。」
「あっ、そう。」
会話が途切れ、しばしの沈黙が訪れ……なかった。
十秒も経たないうちに、グリードは思い出したように俺のことを見て、
「だから!聞いてくれないのですか?」
「あぁ、店のこととか?」
「そうです!」
彼女は目をキラキラと輝かせながら、こっちを見てくる。
(というか怒ってる時と態度違いすぎだろ。)
俺がそんなことを思ってるなんて露知らず、彼女は「早く、早く。」と俺を急かしてくる。
しょうがないので、彼女の期待に俺は答えることにした。
「えーっと、じゃあ。こんな森の中でお客さんは来るんですか。」
思いっきり棒読みなのに、グリードは満足そうに微笑み、
「来ます!」
とだけ答えた。
「あっ、そう。」
「それだけですか?」
「えっ?」
「ほかにも聞きたいことたくさんあるのではないですか?」
と、グリードは上目遣いに俺を見てくる。
(やばい……。可愛い。)
そんなことを俺は思っていた。
人間もどきは俺も含め基本的に容姿端麗らしいが、グリードはその中でもトップクラスの容姿を持っていると思った。
白く透き通った肌に、犬のようにうるうるした瞳と、さくら色のぷっくりとした唇。まるで宝石のように輝く膝まである長い髪の毛。そして小柄な体型。
この容姿に落ない男はいないだろう。
まあ、ほかの人間もどき見たことないからわかんないし、俺はこいつに落とされるようなことはないからな。
しばらくそんなことを考えていると、何も言わない俺に痺れを切らしたのか、またも上目遣いで、
「どうかしましたか?」
と聞いてくる。
「いや、なんでもない……。あ、そういえば、」
俺はハッと顔を上げ、グリードを横目で見ながら、
「五月雨時雨。」
と、小さく呟いた。
グリードは初めは何を言ってるのか理解できなかったらしかったが、俺の名前だということに気づき、笑顔で、
「なんか、雨男みたいな名前ですね。」
と、言った。
「雨男って……、その発想はどうなの。」
思わず苦笑いをする俺をよそに、グリードは、
「そうだ。私のお店、来ませんか?」
と、聞いてきた。
「別にいいけど。店ってどこにあんの?」
「そこです。」
グリードはそう言うが、どこにもそれらしき店は見当たらない。
「どこだ?」
と、尋ねるとグリードは俺のすぐ後ろを指さし、
「ほら、そこに。」
「はぁ?そんなものどこにも……っ?!」
そこで俺はようやく見つけた。
彼女が営んでいるという店は、彼女の視線のすぐ先にあった。
それは重い雰囲気を放っており、いかにも何か出そうな古びた館だった。
「うわぁ……、こんな不気味な外見で洋菓子店なんて経営できんのか?」
俺がそう言うと、グリードは軽くムッとして「不気味じゃありません……。」と呟いた。
そんな仕草も可愛らしい。
「まあ、そんなことよりどうぞお入りくださいな。風邪をひいてしまいますし、水をかけてしまったお詫びにお茶でも飲んでいってください。」
俺が、ぼーっとした表情で館を見ていると、いつの間にか扉の前に移動したグリードがそう言ってきた。
洋菓子店にしては、あまりにも大きすぎるその館。
洋菓子店にしては、古すぎるその館。
はっきり言って不気味でしょうがなかったが、好奇心がそれを上回る。
俺はグリードの言葉に軽く頷き、館の中へ入った。