人間もどき
人の体を持っていても人間ではない、中途半端な存在。
そして、ある種族を罵るために生まれた言葉。
人間もどきの定義は簡単だ。
白髪と赤目。ただそれだけ。
昔はアルビノとか言われたらしいが、人間もどきはみんな白髪の赤目なので、今はもう「アルビノ=人間もどき」ということになっている。
「おい、見ろよ。人間もどきだ。」
「うわ、まじだ。実物初めて見んだけど。」
「本当に白髪に赤目なんだな。」
「あんま、じろじろ見ないほうがよくね?目が合うと、喰い殺されるって話だし。」
「えっ、やべえじゃん。早く行こうぜ。」
俺の横を歩いていた、二人組の男の会話。
「くだらな。」
俺はそう吐き捨てた。
何が人間もどきだ。何が目が合うと喰い殺されるだ。
学校サボって、街に出てきたらこれだ。
はっきりいって、もううんざりだった。
小学、中学、共に人間もどきというだけで、壮絶ないじめを受けた。
人から嫌悪の目を向けられるのなんて当たり前。
コンビニで買い物をしようとしたときは、商品を投げつけられ店員に罵られた。
父は失踪、母は幼い時になくなり親戚をたらい回しにされた。
人間もどきは基本的に容姿端麗なので、体目的の奴らに襲われかけたこともあった。
それが俺、五月雨時雨の人生だ。
はっきり言って、ロクでもない人生だと自分でも思っている。
でもまぁ、人間もどきの人生なんて大体こんなもんだな、と自分に言い聞かせる。
そうやって客観的に現状を捉えることが、一番楽だと最近気付いたからだ。
「さて、と、これからどうするかな。」
平日の昼間、制服姿の学生が行ける場所は限られている。
人間もどきなんだからどこに行っても人の対応は同じか。
なんて内心思いながら、俺は辺りを見回し、何か良さげな場所はないかを探した。
しばらく歩いていると、あまり人気のない森林公園が見えた。
いくら平日とは言え、普通なら親子が多そうなものだが、その森林公園は不気味なくらい誰もいなくて閑散としていた。
「でもなぁ……。」
ほかに行く宛のない俺には丁度いい場所なのだが、
俺、幽霊とか苦手なんだよな。ここ出るって噂だし。
しばらく悶々としていたが、昼間から幽霊が出るわけないとの結論に至ったので、そこで暇をつぶすことにした。
近くに丁度ベンチがあったのでそこに腰を下ろし、改めて辺りを見回した。
誰もいない遊び場。
虫の死骸をつついているカラス。
誰も触ってないのに水が出たり止まったりする水道。
「ん?!」
最後のおかしくね?!え、なに。幽霊って昼間でも出ちゃう感じですか?!だって水道が出たり止まったりっておかしくね?え?マジで?
なんて色々とパニックになっている俺の視界の中で、いまも無人の水道は出たり止まったりを繰り返している。
まあ、あれだよな。ちょっと壊れてるだけだよな。
なんて自分にいい聞かせてみたものの、よく見ればその水道の蛇口は動いているわけで。
そこで俺は今の光景を見なかったことにし、一刻も早くこの公園から立ち去ろうとした……のだが、
「あの……。」
なんて声が背後から聞こえてきてしまったので、とりあえず現状確認。
誰もいない公園に、誰も触っていないのに蛇口が動いて水が止まったり出たりする水道。そして背後から聞こえるか細い少女の声。
これ!まさしくあれだろ?!「ゆ」から始まって「い」で終わるあれだろ?ちょっと待て。俺は17年間生きてきたがその類いのものを見たことは一度もないぞ?なのに何故突然……。
まあいい、とりあえず考えろ俺。どうやったら背後にいる、「ゆ」から始まって「い」で終わるあいつをこの場から消し去ることができるか。なんてバカなことを思いながら俺は必死に考え、
1.振り返らないまま返事をする。
2.とりあえず蹴り飛ばす
3.無視して逃げる
考えた結果この三択になった。
まず1だ。はっきり言って相手にコミュニケーション能力があるかわからないから除外だな。うん。次は2だな。物理攻撃は幽霊相手でも効くのか?不安だからこれも除外だな。となると最後の3しかないな。
一目散に俺は逃げた。
後ろから「待って……。」なんて声が聞こえた気がしたが、待ってられるか。
ちなみにこの結論に至るまでの所要時間はおよそ4秒。
運悪く俺の背後が一番近い出入り口だったので、俺は森を抜けたとこの反対側の出入り口に向かって走った。
だけど俺は失念していた。
「ハァハァ……、あれ?出口どこだ?」
自分が方向音痴ということを。
確か出入り口は北側と南側の二つなんだよな。俺がさっき入ってきたのは北側だから。
「南側の方に行けばいいんだよな……。」
と、そこで俺は足を止め、
「あれ?南ってどっちだけ。下?」
と呟いた。
気が付けば、さっきよりも不気味な森の中だった。
昼間だというのに光なんてほとんどなくて薄暗く、遠くの方で今にも死にそうなカラスの声が聞こえた。
この森林公園の森は、なんとかドーム5個ぶんというのを誰かが話していたのを聞いたことがある。
つまり北も南もわからない俺に、この森を抜け出す術はなく、
(さよなら失踪した父さん。さきに逝くことをお許し下さい。母さん、俺今から会いにいくよ)
と、失踪した父さんと死んだ母さんに心の中でメッセージを送り、俺はその場に座り込んだ。
しばらくはぼーっとしていた。
だが、することがなくて暇になってしまいしだいに船を漕ぎ、そのまま寝てしまった。
久しぶりに夢を見た。
昔死んでしまった俺の幼馴染の夢。
人間もどきだった俺を差別することなく、笑顔で接してくれた唯一の人間。
彼女は俺に何かを伝えてから、遠くへ行ってしまう。
俺は無我夢中に手を伸ばして彼女を掴もうとするが、掴めなくて。
「ダメだよ、その先に行っちゃ。」
と、彼女に言いたかったのに声が出なかった。
そのまま彼女は走って遠くへ行ってしまい。そして……落ちた。
そこで俺の夢は終わり、現実世界へと引き戻される。
現実世界へ引き戻された俺が真っ先に発した言葉は、
「冷たっ?!」
だった。
飛び起きるとなぜか衣服は濡れており、そして俺の目の前には少女がいた。
ひどく不機嫌そうなその少女は、舌打ちをしてから
「やっと起きましたか。短小男。この私が声をかけてあげたというのに逃げるとは何事ですか。この私に声をかけられるというのはとても光栄なことなんですよ?あぁ、それともあなたのような猿以下の脳みそを持った人には理解できないのかしら。」
と、罵った。
「えっあ、すいません。」
思わず俺は謝っていた。
怒りよりも驚きが大きかったからだ。
なぜならその少女は白髪に赤目―つまり、俺と同じ人間もどきだったから。