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プロローグ

 カランッ―。

 突然扉の開く音がし、それに続きコツコツと足音がする。

 少女は足音に気づき、それまで読んでいた本を閉じて、足音のする方へと向かった。

 

 「ひぃぃ!!」

 少女は足を止め、部屋の中央でうずくまる黒い物体を見つけた。

 少女の視線の先にいるのは、継ぎ接ぎだらけの服をまとった一人の年老いた男であった。

 「そんなに怯えないでください。」

 怯える老人に向かって少女は微笑みながらそう言った。

 少女の微笑みに少しばかり安心したのか、男は落ち着きを取り戻し、

 「ここはどこなんだ。」

と、だけ発した。

 少女はその問いかけに対し、

 「洋菓子店。」

 と、短く答え、そのまま部屋の奥へと戻っていた。


 男は、少女がいない間に部屋の中を詮索してみることにした。

 部屋には、様々なケーキが置かれたショーケースや、黒いバラが置かれたテーブルなどがあり、いかにも洋菓子店といった感じだ。しかし、なぜか目が三つある牛が描かれた不気味な絵や、カラスの剥製などが置かれており、明らかに普通ではなかった。

 

 先ほどの少女の対応のおかげで、恐怖は若干薄れたものの、やはり男は不気味で仕方なかった。

 一刻も早く、この店から立ち去りたい―。

 男は少女がいない間に逃げてしまおうと思い、急いで扉に駆け寄ろうとした、が一足遅い。

 少女が戻ってきたのだ。紅茶とケーキを持って。


 「さぁ、お客様。こちらの席に座ってください。」

 そう言い、少女は扉から一番離れた席へ男を案内した。

 少女はニコリと微笑み、紅茶とケーキをテーブルの上に置いた。

 テーブルの上に置かれたのは、見たことのない花が添えられたモンブランとミルクティーだった。

 男はテーブルに恐る恐る近づき、珍しそうにその花を手に取り、

 「何の花だ?」

 と、恐怖を押し殺し少女に問いかけた。

 「オトギリソウです。」

 と、少女は先ほどと同じようにまた短く答えた。

 

 長い長い沈黙が続く。


 男は警戒し、ケーキにも紅茶にも一切手をつけない。

 少女もまた、そんな男を見張るように、男の横から一歩も動こうとはしなかった。


 先程まで12のところにあった長針が、一周しそうな時、少女はふと思い出したように男に話しかけた。

 「そういえば、オトギリソウの花言葉をご存知ですか?」

 「……いや。」

 「ではこの機会に覚えていってください。」

 「……どんな花言葉なんだ?」

 「秘密や信心……、他にも……。」

 「他にも?」

 ふふっ、と少女は不気味に微笑み一呼吸おいてから、

 「恨み、という花言葉もあるそうです。」

 「……?」

 男はまるで意味がわからない、といった感じに首をかしげた。


 少女は、先程までの微笑みを消し冷たい目で、

 「この意味、分かりませんか?あなたは罪を犯したんですよ?人殺しという罪をね……。」

 それを聞いたとたん、男の表情は恐怖と驚きの入り混じったものに変わった。

 男は慌てて椅子から立ち上がり、扉へと向かおうとする―が、またしても一足遅い。

 どこからともなく現れた白髪少年が、扉に鍵をかけているところであった。

 鍵をかけおわった少年は、そのまま鍵をズボンのポケットにしまう。

 鍵がなければ扉はあかない。

 つまり、男は閉じ込められてしまったのだ。


 コツコツと、男に歩み寄る少女。

 逃げ場をなくした男は、もう立っている気力もないようで、その場にペタリと座り込んでしまった。


 少女は男の前まで来るとしゃがんで、ニコリと微笑み、

 「あなたは、自分の欲のために他人をこの世界から排除した。なんて、強欲なんでしょう。あなたの犯した罪を、我が主は大変お怒りです。罪人には、罰を与えないといけません。さて、何がいいですか?撲殺、銃殺、溺死、絞殺、刺殺、毒殺・・・たくさん種類はありますね。では、あなたに最後の自由を与えます。好きな死に方を選んでください。」

 男の顔には、もう絶望しかなかった。  

 「さぁ、どれですか?」と、少女が聞いてくるが、当然答えることはできない。

 まだ死にたくない―。

 だが、ここで反抗してもどうせ待っているのは「死」だろう。


 極限状態に陥った男は諦めたように、

 「銃殺。」

と、小さくつぶやいた。

 少女は、先ほどの冷たい表情に戻り、

 「時雨、お願い。」

 と、白髪の少年に話しかけた。

 「はいはい」と、少年は気だるそうに近くのテーブルに置いてあった銃を手に取り、銃口を男へと向けた。

 ここで死ぬのか。

 男は不思議と楽観的だった。

 

 「生まれ変わりができるといいですね。では、さようなら。」

 少女の声と共に、耳を劈くような銃声が部屋に響いた。


 にも、かかわらず男は生きている。

 どこも打たれたような場所はなく、痛みもない。

 「これは一体。」

 「驚きました?ふふっ、あれは弾の入ってない銃です。」

 少女はちらりと、少年の持つ中に視線をやった。

 「私たちは別にあなたを殺そうなんて思っていないのですよ。」

 「??」

 「ちょっとしたサプライズです。あなたは気づいておられない様子ですが、あなたは既に死んでいます。」 

 少女が当たり前のように言った。

 「死んでる……?」

 「はい。死んでいます。だから貴方には対価を払ってもらわなければなりません。

 「対価?」

 「そうです。主と契約した際に聞きませんでしたか?あなたの肉体は頂く、と。そしてあなたの魂は悪魔になる、と。」

 少女の言う「契約」のことを思い出した男は頷き、

 「俺はどうすればいいんだ?悪魔になったら俺はどうなるんだ?も、もう家族には会えないのか?」

 と、錯乱気味に尋ねた。

 「悪魔になっても生前とはあまり変わりませんよ。結婚もできますし、働いたりもします。ただ、ご家族には合わないほうが得策かと……。」

 「い、いやだ!俺は妻にまだ別れの言葉も言ってないんだ!!!」

 そこへ今まで立っているだけだった少年が、

 「あんたが殺した人も、きっと家族に別れの言葉を言ってなかったと思うぜ。」

 と、吐き捨てるように言った。

 「時雨の言うとおりです。少しは口を慎んでください。」

 そう言うと少女は立ち上がり、自身の胸ポケットから鍵を取り出すと扉を開けた。

 「あなたには、このまま我が主のもとへと向かっていただきます。一本道ですから迷うことはないでしょう。万が一逃げようとしても無駄ですよ。また、ここに戻ってくる仕組みになっておりますので。」


 男は、少女の指示に従い初めに来た扉から出ていき、少女の主という人物のもとへと向かっていった。

 

 暗闇に消えていく男を見送った少女と少年は、部屋に戻り椅子に腰掛けた。

 少女は先ほど持ってきた、すっかり冷めてしまったミルクティーを飲みながら

 「ご理解いただけましたか?」

 と、向かいに座っている少年に話しかける。

 「ここにどんな客が来るのかはわかった。……けど。」

 「けど?」

 「ものすっごい気分悪い。」

 「そりゃあ、そうでしょう。私も主から、この店を受け継いだときはやめたくてたまりませんでした。」

 「よく続けられたな。」

 「自分のためです。」

 「それだけ?」

 「いえ……ただ、人の恐怖に満ちた顔を見るのが好きなんです。」

 「サディストかよ。」

 「サディストとは一体?」

 

 少女たちがたわいもない会話をしているそのとき、再びカランッ―と扉の開く音がする。

 視線の先にいたのは若い女。


 先ほど消えていった男と同じように怯える女に対し、少女は椅子から立ち上がり。


 「罪人専門洋菓子店へようこそ。さて、あなたの罪は一体何でしょう?」

 

 怯える女に対してニコリと微笑む少女を横目に、少年は考えた。

 自分がここに来るまでに至った経緯を。


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