手の平のconfectionery
2月になり真冬日よりは暖かくなってきたので最近過ごしやすい。かと言ってコートなしで歩くと寒いし、時々雪も降るからまだまだ冬なんだと改めて感じる。
僕はそんな風に考えながら高校までの道のりを歩いていた。
もうすぐこの道のりを歩くのも一年になる。
もし高校生になり一年経って変わったか?と問われたら僕はきっとこう答えるだろう。
「変わったことはない。」
実際、環境面で考えれば高校という周囲の環境に馴れてきたし、友達だって増えただろう。
僕を取り巻く環境に僕は馴れてきたし、同時にその環境から影響を受けたこともある。
けれど僕には小さい頃から変わらないことがある。
いくら歳を取ったって、いくら環境が変わったって、それは多分変わらない。
変わらないこと。
それは…
「おはよ」
その聞き慣れた声は僕の意識を現実に引き戻した。
「ん、おはよう」
その声の主はもう何千回もこの挨拶を交わしている幼なじみだ。
「なんか眠そうだね。それに今日はいつもより家出るの早くない?」
「母さんが弁当作るの忘れたんだよ。だからコンビニに寄って弁当買わなきゃいけないんだ」
「おばさんが?珍しいね」
「なんか夜遅くまで起きてたみたいで今朝起きれなかったんだよ」
「そうなんだー」
「何やってたんだろ」
「…それで今からコンビニ行くの?」
「そうだよ」
「それじゃあ私もコンビニ行こっかな」
「なんで?」
「買いたいものがあるの」
そう言って僕より先にコンビニの方へ走っていった。
「ぃらっしゃーませ」
コンビニの中に入ると店員のやる気のない挨拶が聞こえてきた。
僕は真っ直ぐ進み、弁当やおにぎりが置いてあるコーナーの前で立ち止まった。
おにぎりの種類だけでも何種類もあり、僕としては結構驚きだったりする。
普段母さんが作ってくれるおにぎりの味は2種類くらいなものだからおにぎりの味にこれだけ種類があるというのを知らなかったからだ。
しかしこれだけ種類があると何を食べたらいいのか迷ってしまう。
とりあえず一番安かった梅干し味のおにぎりを手に取って他のおにぎりと具や値段を見比べてみることから始めた。
「早く選びなよ」
声のした方を向いて見ると幼なじみはもう買い物を終えたようでコンビニの袋を持っていた。
「こんなにあると迷っちゃって…」
「ハァー。相変わらず決断力ないのねー」
「しょうがないよ。コンビニなんてあんまり来ないから」
「別に今のことだけを言ってる訳じゃないんだけどね…」
そう言われて僕は「むぅ~…」としか答えることができなかった。
確かに、過去を振り返ると僕は高校を選ぶ時も得に希望がなかったから幼なじみと同じ高校を選んだし、選択科目も得に希望がなかったから幼なじみと一緒の科目を選んだからそう言われても仕方がないと思う。
だけど、それでもその選択は僕が僕自身の意志で選
言おうと口を開きかけた時…
「それじゃ、私は先に行くね」
「えっ。ちょ、ちょっと待ってよ」
「だったら早く選びなさいよね」
そう言って幼なじみは先にコンビニから出て行ってしまった。
『ぐぅ~』と静まり返った教室でお腹の音が鳴る
「はぁー。お腹減ったな」
すでに学校の授業が終わり、教室には僕の姿しかない。
その一人しかいない教室で、なぜお腹の音を響かせているかというと…
コンビニで幼なじみが先に学校へ行こうとしたので僕は慌てて手に持っていたおにぎりをそのままレジに持っていった。
その時は幼なじみに付いて行くことばかりに意識がいっていた。
確かに梅干し味のおにぎりは105円の割に美味しかった。
しかし、成長期の少年におにぎり1個というのは少なすぎた…
『ぐぅ~』
又しても静まり返った教室でお腹の音が鳴る。
「すごい音だね。どうしたの?」
誰もいないはずの教室で声をかけられたので驚いて僕は振り返った。
そこには幼なじみがいた。
「いつ来たの?」
「今だよ。君のお腹が鳴ってる時」
どうやらお腹の音が扉を開いた時の音を掻き消してしまったようだ。
「それにしてもそのお腹の音はなに?」
僕は正直に今までに至る経緯を話した。
「ハァー。あんたって馬鹿?なんでおにぎり1個しか買わないのよ」
「………」
「ハァー。しょうがないなー。食べないよりはマシだろうからこれでも食べなさい」
そう言ってポケットから取り出した握りこぶしを僕の胸の前に差し出した。
僕は差し出された握りこぶしがなんなのか分からず眺めながら言った。
「何なの?」
そう言った瞬間、僕の胸の前で動かなかった握りこぶしが僕の胸に飛び込んできた。
「うっ…」
「いいからなにも言わず受け取りなさい」
そう言いながら握りこぶしをぐりぐりとしてくるのでとても痛い…
「…受け取るからやめてよ」
「わかればよろしい」
そう言ってようやく僕は胸の圧迫感から開放された。
「はい」
「あ、ありがとう」
僕の胸の前に出された握りこぶしの下に差し出した僕の手の平にはなにかが落とされた。
そこにはどこかで見かけたようなパッケージのお菓子の詰め合わせだった。
「なんでお菓子持ってるの?」
「女の子は常にお菓子を持ってるものなの」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
そう言って彼女は背を向けた。
「それじゃ、私は行くね」
「部活?」
「部活。私はこれでも忙しいの」
「そっか。…チョコありがとね」
「うん。……じゃあね」
そうしてピシャっと教室の扉が閉まった。
静まり返った教室に残されたのは僕と僕の手の平の上にある、どこのコンビニでも売っていそうな色々な種類の味が楽しめるチョコレートといかにも手作りだと分かるチョコレートの詰め合わせだった。