対決ニ.
林田未結は、全身を締め付けるような感覚に襲われていた。金縛り。彼女の体は、まるで重い鎖に繋がれたように、微動だにしない。思考だけが異常な速度で回転し、冷たい汗が背中を伝う。青島孝が、先ほどの熊との戦いで使ったのは、この技だったのか。ようやく理解できた。
目の前に立っていた青島孝は、右手に関森リコから受け取った石を持っている。ゆっくりと彼女の背後に回り込み彼女の視界から消えた彼は、次に再び現れた時には先ほどまでとはまるで別人だった。全身から溢れるオーラは、以前にも増して精悍さを増し、林田未結すら気圧されるほどの、圧倒的な気迫を放っていた。関森リコもまた、いつの間にか視界から消え、その気配すら感じられない。金縛りが解けたのは、その刹那だった。
「やるね… 油断した」
林田未結は、なんとか平静を装おうとしたが、声には僅かな震えが混じっていた。
「油断? 関係ない。いつでも、同じ技が使える。だが、少し話し合いがしたくて、解放した」
青島孝の声は、以前よりも深く、力強くなっていた。
「話し合い…?」
林田未結がそう呟いた時、遠くから、聞き覚えのある声が響き渡った。
「林田! 見つけたぞ! すぐに行く!」
声がした方を振り返ると、こちらに向かってくる人影が見えた。50mほど離れているはずなのに、次の瞬間、その人影は目の前に迫っていた。まるで、空間を跳躍したかのように。
「副支部長…」
林田未結は、青ざめた顔で呟いた。血の気が引いていくのがわかる。
現れたのは、アーク日本支部の、三宅副支部長だった。
「久しぶりだな、林田。四石は見つかったか? そこの青島が持っているのか?」
三宅副支部長は、冷たい笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
「…最後に横取りする計画だったのか?」
林田未結は、覚悟を決めたように、静かに問い返した。
「その通り。アークから、逃げられると本気で思っていたのか?」
三宅副支部長の言葉に、林田未結は絶望的な表情を浮かべた。
「…やっぱり、だめだったか…」
そう呟くと同時に、彼女は身を翻し、全速力で走り出した。強化人間の限界速度。100m先の森に入り、身を隠せば、何とかなるかもしれない。そう信じて、彼女は一瞬の隙をついて駆け出した。
しかし、彼女の足が森の入り口に届くよりも早く、背後から強烈な力が彼女を捉え、空中に放り投げた。
「がっ…!」
後方に吹き飛ばされた林田未結は、地面に叩きつけられ、辛うじて四つん這いで着地した。よろめきながら立ち上がると、目の前に、三宅副支部長が立ちはだかっていた。
「私から、逃げられると本気で思っているのか?」
三宅副支部長は、冷たい声でそう言うと同時に、彼の右手が、林田未結のみぞおちを正確に捉えた。
「ぐ… あ…!」
林田未結は、悲鳴を上げる間もなく、全身の空気が一気に抜けていくような感覚に襲われ、その場にうずくまった。
「強化人間といえど、私のフルパワーを食らえば、即死だ。しかし、手加減をしておいた」
三宅副支部長は、苦悶の表情を浮かべる林田未結を、まるでゴミを見るかのように見下ろした。
(…なぜ、手加減を…?)
苦しみの中から、やっとの思いで顔を上げた林田未結は、その理由を理解していた。