北の大地ニ.
ホテルを出発した青島孝は、まるで厳冬の知床を歩くとは思えない軽装だった。東京の冬と同じ感覚。彼自身は、寒さなど全く感じず、動きやすい服装に満足している。背中に背負ったサックには、最低限の食料が詰め込まれていた。
山中はシンとした静寂が、青島孝の周囲をすっぽりと包み込み、新雪を踏みしめる音だけが、まるで生き物の鼓動のように静かに響く。しかし、彼は気づいていた。ホテルを出てからずっと、何者かが後をつけていることに。
覚石の力を得た彼の超感覚は、背後に迫る存在を捉えていた。風向きによっては途絶えるものの、微かに鼻腔をくすぐる、紛れもない人の匂い。
彼は、気づかないふりをしながら、歩を進める。抗石の力のおかげで、寒さも疲労も感じない。彼の意識は、微かに感じる波動に集中していた。それは、関森由紀が感じ取っていた、最後の石の気配。
一方、ホテルに残された関森由紀は、一人退屈を持て余していた。しかし、時間が経ち、青島孝が遠ざかるにつれて、彼女の心に言いようのない不安が広がっていく。今までまるで自分の手足のように感じていた超感覚が、徐々に薄れていくのだ。まるで、世界との繋がりが少しずつ断たれていくように。遠くにいる人々の心が読めなくなり、危険な存在を察知する能力も鈍っていく。
ついには、青島孝とのテレパシー交信も途絶えてしまった。彼女は、かつての、石を手に入れる前の関森由紀に戻りつつあった。しかし、四石の存在だけは、ぼんやりとだが、確かに感じることができる。




