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time7.接触

クリスマスイブから四日も経過したが、結局マリアが何処の子か、また何処から来たのかわからなかった。

何もしなかった訳ではない。望美もマリアの写真を用いて、あちこちの施設や、学校、病院等を手当たり次第に訪ねては写真の子を知っているかどうか聞いて回った。しかし誰一人としてマリアを知る者はいない。


何故、どうして。そう誰かに叫びたい気持ちでいっぱいだった。


「マリア、夕飯の買物に行ってくるね。……何か食べたい物ある?」


「ううん、大丈夫。寒いから気をつけてね」


「ありがとう」

 

望美は嬉しくてつい笑みをこぼした。未だに記憶を思い出せないでいるが、マリアはこんなにも優しい子。こんな少女を路地裏で置き去りにするなんて許せない。貯金もまだ二千万近く残っていることだし、このまま親が見つからなければ自分がマリアを育てようと思っていた。施設に預ける考え自体も持ちあわせてはいない。マリアは、望美の為に神様が用意したプレゼントだったのだと思い込む事にした。




駅前のスーパーは人混みで賑わっていた。鯛に数の子、黒豆とめでたい食材が並ぶ。新しい年明けが、目の前まで迫ってきているようだ。そんな光景に自分にもようやく新しい年明けが訪れるものだと感じた。去年と違い、今年は二人だ。


今夜は鍋にしようと、食材を買ってマンションに戻ってきた時だった。望美は公園の前に黒い車が停まっているのに気が付いた。完全な二人乗り専用らしく、トランク部分が見当たらない。変な車だ、何処の車種だろうか。

思わず運転席を覗いたが、誰も乗っていないようだった。速度メーターの所にわけのわからないスイッチがいっぱい詰まっている。所謂改造車なのだろうか。望美は不審に思いながらもその場を後にし、急いでエレベーターに乗り込んだ。四階のボタンを押すが、三階の所で二人の男女が乗り込んでくる。


「ああ、すみません」

 

オールバックの男が軽く頭を下げる。続いて入ってきたショートカットが少しずれたような女は、望美を見るなり顔を背けてしまった。

どう言う組み合わせなのだろうか。夫婦やカップルではなさそうだった。望美が二人の関係を目で探っている内に、四階のドアが開いた。


「ここで降ります、すみません」

 

スーパーの袋をぶら下げた望美は大きく前に出た。鍵をポケットから取り出して部屋の前に立つ。

が、背後で先程の二人が自分の後を追うように望美に近寄った。


「奥様は、こちらにお住まいの方ですか?」

 

男がにこやかに尋ねる。


「はい、そうですけど」望美が上から下まで二人を見下ろしてから言う。「……何の用でしょうか?」

 

一瞬何かのセールスかと思いきや、そうでは無いことが服装から知れた。男は真っ黒なロングコートで身を隠しているが、その下はスーツではない。女の方は真っ白なダッフルコートを着ていて、その下はぴっちりとした光沢のある黒いパンツ。


どちらも、手に何も持っていない。


「小学生くらいの女の子、知りませんか?」

 

男が目を見て言った。その目は鋭く、自分を探っているのだと望美は感づいた。


「それは……何処のお子さんの事でしょう?」

 

このマンションで暮らしている小学生は十人といない。しかし誤魔化さなければならないと望美の頭が疼く。


「長い黒髪の女の子です。ご存知ないでしょうか?」


「……いえ。近所とあまり関わり合いがないものですから、わからないです」

 

食材を持つ手が痺れてきた。早くこのドアの向こうに入りたい。


「そうですか。しかしここの住人から、あなたが女の子の知り合いを探していると聞きましたが」

 

目が笑っていない。一昨日、マンションの住人にも写真で聞き込みをした事がばれている。

望美はその場からどう逃げようかと目を配ったが、唯一の通路で二人に板挟みされている。おまけにこの荷物。言い逃れは出来ないようだった。


「……貴方達が、あの子の親なの?」

 

望美が睨みつけるように双方を見る。


「いえ、親と言うよりは管理者と言った方が正しいですかね。部屋、上がらせてもらいますよ」

 

男が青いゼリー状の玉を取り出すと、それを鍵穴に差してひねる。かちゃんと、鍵の外れた音がした。


「やめて!何考えてるのよっ!」

 

望美が荷物を落として男に突進しようとしたが、後ろから腕を掴まれる。


「手荒なマネはしないわよ、安心して」

 

ダッフルコートを着た女だ。望美はその腕から必死に逃れようともがくが、女は微動だにしない。それでも必死に抵抗を試みる。


「あの子について少し話がしたい。部屋に上がっても構わないだろうか」


「嫌よ、その手を話しなさいよ!」

 

望美がドアノブにかけられた手を、思いっきり蹴り上げようと足を振り上げた。男が素早くその手を引っ込ませる。


「俺達は話し合いに来たんだ。暴力をふるうつもりはない」男が周囲に人がいないのを確認しながら言った。「ここで騒いだらご近所の目に触れるだろう。アイ、離してやれ」

 

男に言われてアイとよばれた女が望美の身体を離した。望美は力が奪われたようにその場にしゃがみ込む。


「貴方達、何者なの?マリアに何の用よ!」

 

マリアと言われて男の表情が一瞬崩れた。アイがクスクスと笑い出す。


「あの子を引取りに来たのよ。元々あの子は、あたし達の所の子なの」

 

この人達の子?訳がわからない。


「とにかく部屋に上がるのはやめて、マリアには記憶がないのよ!」

 

望美の言葉に二人は顔を見合わせた。二人とも驚いている。


「……どうするのよ、ケイ。あたし達の事覚えてないだなんて」

 

ケイと呼ばれた男は顔を顰めた。何か考えているようだ。


「だから知らない人とマリアを引き合わせる訳にはいかない、とにかく帰って!」

 

望美が声を張り詰めて叫んだが、二人とも動こうとはしない。ケイが顔を上げた。


「いや、帰るわけにもいかない。とにかく貴方だけでもあの子について知る必要がある。……何処か場所を移しましょうか、それなら貴方も文句ないでしょう」

 

望美に手が差し伸べられたが、それを掴む気にはなれない。ケイを睨み続けていると、後ろからアイに抱き上げられた。


「あの子が何者か知りたいでしょ、早くその荷物しまってきなさいよ」

 

二人に後押しされて望美は落ちた鍵を拾い上げ、ドアノブを捻った。


「ここで待っていますから、五分以内に出てきて下さい。逃げ出そうなんて馬鹿な考えは捨てた方がいい」

 

後ろからケイにそう言われたが、望美は返事をすることなく部屋に入った。とりあえず買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。玄関のドアを睨みつけながら、望美は何とかして二人でここから逃げられないだろうかと考えた。

窓から逃げるにもここは四階。それは出来ない。逆に閉じこもっていたとしても、あの変な道具で開けられてしまうだろう。マリアの管理者だと二人は名乗っていた。どう言う事なのか。


望美はマリアの部屋を開けると、ゲームに夢中のマリアに小声で話しかける。


「マリア、友人と少しお茶してくるから、その間に三泊ぐらいの荷物をまとめて頂戴。出来るわね」

 

いつになく真剣な顔で言われて、マリアは何事かと顔を顰める。


「お姉ちゃん、何かあったの?」

 

マリアもつられて小声になる。望美は面倒な友人に見つかったから、三泊ぐらい何処かで外泊しようと告げた。あながち間違ってはいないだろう。


「え、外でお泊りするの?」


「そう、私が帰って来てからね。私の分もお願いしてもいいかしら」

 

マリアがいたずらっぽく笑った。夜逃げするみたいだと呟いている。


「夜までには戻ってくるから、マリアはいつでも外に出られる格好でいて。この鞄に荷物を適当に詰めて待っていて」


「わかった。気をつけてね」

 

マリアがこれは自分に与えられた任務だと、厳しい顔で鞄を受け取った。望美が小さく頷く。


「早めに戻ってくるから。心配になっても家から出ちゃ駄目よ、いい子でね」

 

マリアの頭を撫でてやる。望美はいざと言う時の為に、現金と走りやすい靴に履き替えて玄関の覗き窓から二人を探った。やはりドアの前で待っている。

マリアが心配そうにこちらに来てくれたが、望美は大丈夫だからと部屋に戻らせた。今、マリアを見られる訳にはいかない。どういう理由であれ、あの二人がマリアを置き去りにしたのだ。


望美は気合を入れて頬を軽く叩いた。玄関のドアを開けると、先程の二人が自分に気がついて振り向く。


「わりと時間かかりましたね。心配しましたよ」

 

ケイが不審な目で望美に話しかけた。


「お手洗いに行っていたのよ」


「そうですか。この辺りに喫茶店か何かあります?そこでお茶でもしましょう」

 

ケイが先頭をきってエレベーターのボタンを押した。望美の後ろではアイが見張るようにしてついて来る。望美は嫌な気分でエレベーターに乗った。無言で降りる箱の中は大変息苦しかった。


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