time5.小学校訪問
どうマリアの事を聞き出そうか。マリアだと見せつけられる物を、自分は持っていない。写真の一枚でも撮ってから来るべきだったか。
望美はどうしようかと校門前でうろうろしていたが、迷っていても仕方が無い。腹をくくると冬休みの中、閑散とした校庭を横切って、来客用のインターホンを押した。
『……はい、何の御用でしょう』
「すみません、この小学校にマリアと名前のつく女の子、何人いるでしょうか?」
『……あの、どう言ったご用件で?』
やっぱりそうなるわよね。望美は髪を掻き上げた。やはり変な人だと思われているだろう。
「えっと、前にランドセルをしょったマリアという女の子にお世話になったので、その子にお礼をしたいのですが……その、ここの小学生の生徒だったかな……と」
嫌な汗が出てきた。なんて無理のある用件なんだろう。インターホンの向こうでざわざわと音が聞こえる。もういっその事、逃げだしてしまいたい衝動に駆られた。
『……どうぞお入りください。二階の来客室へどうぞ』
すぐ側で鍵の開く音がした。望美は外の空気で冷やされた銀色の取っ手を強く引く。風とともに校舎の中に入り込むと、激しく乱れた髪の毛を手でとかす。スリッパに履き替えながら、自分は何をしているのだろうと嘲笑った。
来客室へ入ると、眼鏡をかけた事務員らしき男性が席を立つ。
「どうぞ、外は寒かったでしょう。こちらにお掛け下さい」
にこやかに席に座るよう指示をされ、望美は一礼してから座った。
「すみません、突然変な用件でお邪魔してしまって……」
「いえいえ。何でもマリアとつく名前の生徒を、探していらっしゃるそうで」
「はい。先日財布を拾っていただいたので、是非お礼をしたいと思いまして」
「……そういう事は、交番で教えてくれなかったのですか?」
言ってしまってから、確かにと自分でも毒突く。望美は慌てて付け加えた。
「それが、直接手渡されたものだから、名前しか聞けなかったのです。でも、どうしてもお礼がしたくて、私……」
わざわざ財布ごときで、ここまでお礼にこだわる人はいないだろう。自分でもおかしいと思いながら口元を押さえた。もしかしたら笑っていたかもしれないからだ。
「そうですか……」男は眉間を寄せて腕組みをする。「顔は覚えてらっしゃいますか?」
「はい。真っ直ぐな長い黒髪で、体型は標準だと思います」
「わかりました。では写真を見てもらう方が早いでしょう。今学期のクラス別の写真を持ってきますので、少々お待ち下さい」
「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ、うちの生徒が良い事をしたのには違いないのですから」
にこりとそう言われて、望美の胸は大変痛んだ。申し訳ない嘘をついてしまった。口の中が酸っぱい。
しかし、これでマリアがこの小学校に通っていたかどうか分かる。望美はそう思い直す事にして、背筋を伸ばした。
男の持ってきた十数枚の写真を何度も眺めてみるが、どこにもマリアらしき人物は写っていない。
「マリアと名の付く女生徒は、うちでは四人いるみたいです。どの子がマリアまではわかりかねますが……どうでしょう?」
「はい……」望美は高学年辺りの写真を何度も見直す。「すみません、どうやらこの小学校にはいないみたいです」
「そうですか。まあその写真も春に撮ったものですから、髪型なんて変わっているかもしれないですしね」
男にそう言われて望美はマリアの顔を思い描いた。それでも当てはまりそうな人物は見あたらない。
「……やっぱりいなさそうです。わざわざ写真まで見せていただき、ありがとうございました」
「そうですか。お力になれなくて残念です」
「いえいえ、こちらこそ突然お邪魔してすみませんでした」
望美は深々と男に頭を下げると、居心地が悪くなったので急ぎ足で校舎を出た。
もしかしたら職員室の窓から自分を見ている人がいるかもしれない。望美はそう考えると怖くて振り向けなかった。
それから望美は近所のスーパーで遅い昼飯の弁当を二つ買い、自宅のマンションに戻った。流石にあれから他の小学校にまで足を運ぶ気にはなれない。訪ねても、マリアの手がかりが得られるとも思えなかった。
何故、マリアは路地裏で倒れていたのか。マリアに何があったのか。すべき事がわからないと言っていた、そのすべき事とは何か。
望美は考えれば考えるほど混乱してきた。最初は近所の子供だと楽に考えていたが、どうやら事はそう単純では無いらしい。親さえいるのかどうかわからない。マリアが何か思い出してくれるのを、しばらく待つしかないのか。
マリアの部屋を開けると、よっぽどそれが気に入ったのか、ゲームをしているようだった。
「あ、お帰りなさい、お姉ちゃん!」
パジャマ姿のまま、笑顔でマリアが振り返る。
「ごめんね、お腹すいたでしょ。お弁当買ってきたからお昼にしよう」
望美がそう言ってちらっと画面を見ると、もうエンディングのスタッフロールが流れている所だった。
あのゲーム、愛美が難しいからと、自分にもやらせたゲームだった気がする。いや、そうに違いなかった。
「マリア、もうあのゲームクリアしちゃったの?」
お弁当を開けたマリアがうん、と頷く。
「凄く面白かったよ!」
顔を見て、望美は寒気が走った。ただの小学生には見えなかったからだ。




