time49.死にたがり
「軌道に乗れば、後は自動操縦に切り替わるから安心しろ。寝ていても百五十年先の未来に着く」
「うーん……所要時間はどれくらいかしら」
アイが座席に大きく持たれる。
「さあな。時間なんてあって無いような物だろう」ケイが欠伸をかますアイを無視して、マリアに話しかけた。「後の事は任せた。いざとなればお前が運転する方が早く着くかもしれないな」
マリアが笑ってそれに応じる。アイが不貞腐れたようにそっぽを向き、急に真剣な顔で尋ねた。
「ケイ。望美さんの事、好きなんでしょ?」
「…………」
ドアを閉めようとした手が思わず止まる。突然何を言い出すのか。
「……あたしもケイの事、好きだった。片思いのままで終わっちゃったけど」アイが慈悲を込めた顔で笑う。「望美さんの事、任せたわよ」
「アイ……」
どう声をかけて良いのか分からず戸惑っている内に、目の前でアイがシートベルトを締めつけた。それが拒絶を意味しているように感じて、ケイはその場から動けなかった。
「あ、あいつの車の鍵渡さなきゃ」
アイが思い出したように声を上げる。
「どこにしまったんだ?」
「ハンドバッグの中よ。そう言えばボンネットの上に――」
アイが永市の車を指したが、バッグらしき物は見当たらない。
「あれ?座席に置いてきちゃったかしら」
「待っていろ、確認してくる」
ドアを閉め、永市の車に近づく。フロントガラスから見る限り、アイのバッグは座席にもなさそうだ。
ふと後部座席の方を覗く。人らしき姿も見当たらず、代わりに解けたロープが見えた。直感的に銃を引き抜く。
「動くな!」
後方から聞こえたハスキーな男の声。間違いない、永市だ。自ら拘束を解き、車から逃げ出していたのだ。
「アイの奴、詰めが甘いぞ」
一人ぼやき、ケイは後ろを確認出来ないかと車のフロントガラスを覗いた。しかし真上に近い太陽は、光を反射するだけだった。強みのある声からして、永市は恐らく銃を持っている。アイのハンドバッグが最悪な形で見つかりそうだ。
「ゆっくり、こっちを向くんだ」
永市に指示され、ケイはどうしたものかと思考を張り巡らす。声の遠さからして、自分とはまだ距離があるはずだ。素人の永市が自分を当てる確率は低い。振り向いた瞬間に、永市の腕か足に一発撃ち込むしかなさそうだ。まだ、あの男は殺せないからな。
ケイは銃をかまえたまま、ゆっくりと振り向いた。アイ達を乗せた車の後方で、望美が永市に銃を突き付けられていた。
「望美っ……!」
「ごめんなさい、ケイ」
望美が半泣きで自分を見つめる。自分から離れるなと言っておきながらこの様とは。ケイは舌打ちして狙いを定めてみるが、やはり望美が盾となっては永市を撃てる訳がない。
「お姉ちゃん!」
車に乗っていたマリアも気が付いたらしく、ドアを開けたが、永市が銃を向けて制す。
「ガキは車に乗ってろ!俺はこの男と話があるんだ」
マリアにドアを閉めさせ二人でこちらに近づく。流石にアイも二人が車の前まで来ると状況を理解したらしく、車内で真っ青になっていた。
「俺に何の話だ」
ケイは銃を構えたまま、なるべく落ちつきを装いながら状況判断をする。ケイと永市の二人は車の間で互いに向かい合う。先程のアイと向かい合った時より距離は近いが、望美を避け、永市を死なない程度に撃つ芸当など出来そうにもない。せめて武器だけでも奪えないだろうか。
「ふざけるな!何で俺があんたらの未来の為に殺されなきゃならない、悪いがお断りだ!」
そう叫ぶと永市が銃を自分の方に向ける。その距離、およそ六メートル。この距離なら連射でもすれば容易に当てられるだろう。
「そうだな、俺も好きであんたを殺す訳じゃない……本当にすまない」
一瞬だけ望美の方を見る。最後の言葉は望美にも向けた謝罪だった。望美はされるがまま、永市に抱き寄せられている。こんな非常事態でも嫉妬と言う感情は出てくるものらしい。ケイは自分に笑い出しそうになった。
「何がすまないだ、理由を説明しろ。俺がお偉いさんの先祖だか何だか知らないが、本当はそれだけじゃないだろ」
永市の探るような視線に、ケイは首を傾げる。
「どうしてそう思うんだ」
「お前、初めてよく見たが俺に似ているんだよ!」
「…………!」
驚いた。もしかしてこいつは直感的に気付いているのかもしれない。口の中が急速に乾くのを感じて、思わず固唾を飲む。
ケイは真っ直ぐ永市の瞳を見つめた。そうだ、そうだよ。あんたとは血縁関係だ。そして笑う。
「俺の名は、永市恵一郎。お前の曾孫だ」
望美は驚愕の事実を聞かされたように目を見開いて見せたが、当の永市は平然としてケイの顔を見つめていた。
「ふん……どうせそんな事だろうと思ったよ。お前と初めて玄関先で顔を合わせた時、誰かに似ていると思ったんだ。まさか俺にこんなハンサムな曾孫がいたなんてな」嫌味たっぷりに永市が笑う。「だったら俺を殺したら、あんたも死ぬことにならないか?」
その通りだ。ここで血を途絶えたなら、未来の自分は存在しない。宮本も、真理愛もだ。自分は恐らく消えるだろう。だが、それでいい。それが未来の為にも一番犠牲の少ない方法であり、尚且つ自分の死に理由付けが出来る。
「そうだ。だが、それでいい」
「何だよ、そりゃ。お前は死にたがりか」
死にたがり。その通りだ。言われて初めて気が付いた。そうか、自分は死にたかったのか。
ようやく知った真実に、ケイは周囲を見渡した。未来で何度も危ない任務をこなし続け、戦場に向かったのも実は死にたかったからなのか。自分は自殺願望者だったのか。
何が任務だ、何が未来を変えに来ただ。いくら偉そうな事を言っても、自分の死を正当化したいが為の嘘に過ぎない。マリアを逃がしたのも、軍に逆らいたかったのもあるが本質は違う。軍に追われ、死にたかったからだ。上の命令を受け、マリアを逃がした罪と引き換えに永市の暗殺を承諾したのも、死にたかったからだ。自分は、なんて単純な事に気がつかなかったのだろう。そうか、そうだったのか。
「ふっ……ふははははっ!」
高らかな笑い声に皆驚く。思わず涙が零れ落ちそうになり、慌てて空いている左手で顔を覆い尽くした。未来に呆れていたのではなく、自分に呆れていたのだ。そんな単純な事だったのか。
少し落ち着きを取り戻してから、望美の顔を食い入るように見つめた。この女を好きになったのも、きっと許しが欲しかったからに違いない。
「おい、気でも狂ったのかよ」
ケイの変貌ぶりに思わず永市が声をかける。望美も怖々とした目でこちらを見つめていた。
「悪い……こちらの話だ。お前を殺せば、俺も死ねる」
銃を強く握りしめ、再び標準を定める。狙いは永市京介、ただ一人だ。
「それなら自分一人で死んでくれ。俺はまだまだやりたい事が山ほどある。てめぇの我儘に付き合えるか」永市が銃で望美の頭を小突いた。「お前、こいつの事好きだろ?」
何を今更。ケイは微笑ましい表情で永市を見下す。
「何だ、お前もまだ好きなのか」
「ふん……悪いが俺は商品としてだがな」
互いに睨み合った後、永市が望美の頭に銃を押し付ける。その黒く冷たい、歪な塊に震え、望美は静かに涙を流した。
「銃を捨てろ!こいつに死なれては困るだろ!」
「止めろ!」ケイも思わず叫ぶ。「わかった……お前が生きたいのは充分わかったから、望美を離すんだ」
ここで逃がしてもまた捕まえればいい。時間はいくらでもあるんだ。ケイが諦めて銃を捨てようとした瞬間、望美が叫んだ。
「ケイ、撃って!」永市の腕を掴むと、身動きが取れない様後ろ手で抱き着く。「私ごと撃って!」
「何馬鹿な事言ってんだ!」
永市も望美の大胆な行動に驚き、必死で振り払おうとする。
「もう疲れたの!これ以上失いたくないのに、みんな行ってしまう!残されるのなら、いっそ死んだ方がましよ!」永市の抵抗に泣きながらしがみつく。「あんたも早く私を殺しなさいよ!憎かったんじゃないの?愛美じゃなくて私が生きているのが!」
その言葉に気が触れたのか、永市が望美を引き離し、思いっきり顔を引っ叩く。乾いた音と共に、望美がコンクリートの地面に転がった。
「そんなにお前も死にたいのか!言っとくけど俺は、お前らがいなくなって清々したぜ!」
地面に横たわった望美に銃口が向けられた。
もう限界だ。ケイは静かに銃を構えると、永市の拳銃目がけて撃つ。見事それは命中して、永市の右手と共に地面に落ちた。
「あ?」
永市が不思議そうに落ちた自分の手首と銃を見つめる。ケイは容赦なく唖然としている永市にもう一発撃ち込んだ。それは左胸に食い込まれ、永市がよろけてその場に倒れ込む。真っ赤な血がゆっくりとコンクリートと交わり、赤黒く染まっていく。
「永市さんっ!」
車に乗っていた二人も血相を抱えて飛び出した。真っ先にマリアが永市の元に向かう。
「しっかりして下さい!永市さんっ!」
望美も慌てて起き上がると、すぐ側で横たわっている永市の姿を見て忽然とした。
「嫌ぁ――――っ!!」
悲鳴を上げ、言葉にならない羅列が飛び交う。そんな望美とは裏腹に、マリアが冷静に永市の服を脱がし、傷の具合を分析している。自分が血塗れになるのをお構いなしに応急処置を施そうとしたその手が、永市の残っていた左手に阻止された。
「もう……いい……」
「動いては駄目です!出血を止めれば何とか―――」泣きながらマリアが叫ぶ。「何とかしますっ!」
永市が虚ろな目で周囲を見渡している。まるで最後の景色を少しでも自分の中に取り入れようとしているようだ。
あの出血具合からして、もう死ぬのは確実だった。ケイは無言で銃をしまうと、自分の両手を眺めた。
自分は、どのように消えてしまうのだろうか。




