time47.対立
数分後。二人が車内に戻り暖をとっていると、一台の車が駐車場に入ってきた。京都ナンバーの青いミニバン。ボンネットが少しへこんでおり、一目であの時ぶつかった車だと知れた。思わず身体が強張る。
運転しているのはどうやらアイちゃんらしく、助手席にはマリアがいるだけで、永市の姿は確認出来ない。後部座席の方を見たが、薄暗くてよく見えなかった。ケイの車に対抗するかのように、数メートルの距離を置いて真正面に車が止められた。
「随分早いじゃない、お二人さん」
アイが髪を掻き上げながら車から降りる。マリアと永市は出て来ない。不思議に思いながらも、ケイと望美は車内から出た。
「久しぶりだな、アイ」
ハンドバッグを抱え、腕組みしているアイにそう呼びかけた。ケイが数歩近づく。両者睨み合って、互いの腹の中を探っている様子だった。一瞬アイと目が合う。自分を睨みつけるような視線に望美はたじろいだ。
「どうも。取引の前にお別れ会でもしようかしら」
アイが助手席の方に回ってドアを開けると、マリアが申し訳なさそうに出てきた。よく見ると縄で拘束されている。
「マリア!」望美が駆け出そうとしたのをケイが制した。「アイちゃん、これは一体どういう事なの!」
望美の叫びを無視してアイがマリアの縄を解いてやる。行きなさい、とアイに後押しされてマリアがようやく顔を上げた。自分と目が合った瞬間、マリアは泣きながら望美に飛びつく。思わずアイを睨みつけた。
「拘束するなんて酷いじゃない!今までマリアを監禁でもしていたわけ?」
望美の一喝にアイが笑った。
「まさか。人生ゲームとやらで楽しく遊んであげていたのよ、昨日逃げ出すまでわね」
少し泣いて落ち着きを取り戻したマリアが顔を上げてごめんなさいと呟く。
「私が悪いの。だからアイさんを責めないであげて」
「マリア……」
昨日マリア達に何が起きたのか分からないが、とにかく名一杯抱きしめてやる。そういえばマリアの記憶が、少し戻っていたはずだった。
「マリア、記憶が戻ったって本当?」
「うん……」望美の差し出したハンカチで涙を拭く。「少しだけど、自分の使命を思い出したの」
未来で自爆すると言う、恐ろしい計画の事か。望美は再度確認した。
「それでも、マリアは未来に帰りたいの?」
真っ直ぐ充血した瞳を見つめる。マリアはしばらく躊躇った後、静かに頷いた。
「それが私の運命だから。未来の日本を救う為にも帰らないと」
「そう……」
マリアの髪を優しく撫でてやる。この子を未来に返したくないのは、自分のエゴだったのか。殺されるから未来に帰りたくないだろうと考えた自分は浅はかだった。記憶の戻ったマリアとは、もう二度と姉妹には戻れない気がした。
「お姉ちゃん……少しの間だったけど、ありがとう。お姉ちゃんに出会えて、私……」
マリアがしゃくりあげながら、声を絞り出す。その様子に望美も涙を流した。
「私もマリアに出会えて良かった。もっと一緒に遊びたかったし、もっといろんな事を教えてあげたかった……私こそ、ありがとう」
これが永遠の別れになるだろう。寂しいが、マリアの未来はマリアが決めた事。もう何も口を出さまいと望美は口を結ぶ。
「そろそろ別れの挨拶は済んだかしら」アイが間合いを見計らって声をかける。「ケイ、正確な転移時刻は何時何分なの?」
「午前十一時二十六分。後三十分くらいだ。早めに来て正解だったな」
ケイが運転席のグラフを覗き込んで確認する。アイが分かったと頷いて右手を差し出した。
「先に車の鍵を頂戴。ケイ、本当に未来に帰らないつもりなの?」
ケイがポケットから青い球を取り出し、アイに投げ渡してやる。
「ああ、そのつもりだ。二人だけで未来に帰ってもらおう」
お互いにまた見つめ合う。ケイが今更気がついたように言った。
「そう言えば永市はどうした。まだ車の中にいるのか?」
「そうよ。あたしたちが帰るまで、こっちの車の鍵は渡さないわ」
アイがハンドバッグから二つの鍵を取り出し、見せびらかす。ケイが分かったと手を上げた。
「教えて、ケイ。永市の暗殺は上層部も一枚噛んでいる事なの?」
ケイは黙ったまま何も答えようとはしない。上手く逃げる言葉を探しているのか、それともアイの言う通りなのか。相変わらずの仏頂面からはどちらとでも見て取れた。
「昨日電話で話した通りだ。もうお前に教えることは何も無い」
ケイの言動にアイが声を荒げる。
「あれで納得しろと言うの?そんなにあたしは信用ないのね!」
アイが素早くハンドバッグから黒い拳銃を取り出し、真っ直ぐケイに向ける。ケイも遅れをとる事なく腰から銃を引き抜いた。少しの間合いをおいて、互いに銃を突き付け合う。
「二人とも止めて!何考えているのよ!」
望美の叫びが閑散とした空気に響き渡る。ケイの目が一瞬、こちらを向いた。
「お姉ちゃん、危ないから隠れて」
マリアに引っ張られて車の陰に隠れる。このまま殺し合いでも始めるつもりなのか。冗談じゃない。望美は固唾を呑んで車の背後から二人の表情を伺った。二人とも緊迫した表情のまま微動だにしない。
「俺を撃つのか、アイ」
ケイがロックを外しながら問いた。
この距離なら外さないわ」
アイもロックを外しながら言う。
「ふん、銃の腕は俺の方が上だ」
「あら、ここに来て少しは鈍ったんじゃない?」
「……お前に勝ち目は無い、無駄な事は止めろ」
「……そうかしら」
アイが小馬鹿にしたように笑う。ケイもつられて笑みを浮かべた。
二人とも気が触れたのか、こんなのおかしい。望美は二人が銃を下ろしてくれないものかと祈りながら、ひたすらマリアと身を縮めているしかなかった。




