表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/52

time46.最後の喜び

望美が目を覚ましてリビングに入ると、ケイはとっくに起きていたらしく、出かける準備をしていた。最初に出会った時のモビルスーツを着て、銃の整備をしている。


「おはよう」

 

眠い目を擦り、時刻を確認する。午前八時過ぎ。インターホンが鳴るわけでもないのに、望美は玄関の方を見つめた。待ち合わせの時刻は午前十一時だ。


「おはよう」顔を上げることなくケイは言う。「まだ早い、もう少し寝ていたらどうだ」

「ううん、自然に目が覚めたからこのまま起きるわ」

 

そのままリビングを横切り、洗面所で顔を洗う。今日がケイとアイちゃん、そしてマリアとのお別れの日だった。思い返せばこの数日間、自分はなんて濃い日々を過ごしてきたのだろうか。

完璧に目を覚まそうと、望美は気合を入れて頬を叩く。自分はマリアに何かしてあげられたのだろうか。何故かやりきれない気持ちで頭が一杯だった。今更どういう顔をしてマリアやアイちゃん、そして永市と対面すればいいのだろう。

着替えをし、化粧を施して外に出る身支度を整える。ケイがそれを待っていたかのように声をかけた。


「そろそろ出かけようと思うが、その前に何か食べていくか?」

 

あまり食欲はなかったが、ケイが何か食べたいと言ったのでトーストを焼いてコーヒーを淹れてやる。これが二人で食べる最後の食事だと思うと、随分と侘しい気がした。


「元気を出せとは言わないが、最後くらい笑顔を見せて欲しい」

 

ケイがコーヒーを啜りながら呟く。理不尽な要求だと望美は腹を立てたが、すぐにその気持は去った。ケイがこの先生きていようが死のうが、二人の関係はこれで最後なのだ。


「じゃあ笑顔にさせてよ」

 

意地悪く笑う。そう言うとケイが優しくキスしてくれるのを知っていた。


「待ち合わせ場所では何が起きるか分からない。最悪、アイと戦う事もあり得るだろう。望美は二人が帰るまで、なるべく俺の近くにいろ、いいな」

「分かった。でも、喧嘩別れなんてしないでよ。私、アイちゃんの事好きだから」

「分かっている。俺もどちらかと言うと平和主義者だ」

 

玄関でもう一度口づけを交わしてから、二人は外に出た。下のエントランスで待つように言われて五分後、ケイが二人乗り用の黒いへんてこな車に乗って戻ってきた。


「やっぱりその車だったのね」

 

前に一度だけ公園前に止めてあったのを覗き込んだ覚えがある。変なメーターにスイッチが沢山埋め込まれた黒い車。これが未来のタイムマシンなのか。望美はバックトゥーザフューチャーと言う映画を思い出した。


「待たせたな、乗ってくれ」

「……やっぱり乗らなきゃ駄目よね」

 

思わず顔がひきつり、足が竦む。自分は一年前の交通事故以来、車には一切乗ってはいない。車に恐怖心を抱いており、外に出るのもマリアに出会う前は必要最低限に留めていた。でも、そんな自分からそろそろ脱出するべきなのかもしれない。望美は勇気を振り絞って助手席に乗り込んだ。


「顔色が悪いぞ、車酔い酷いのか?」

 

ケイが車を発進させながらミラー越しに確認する。


「……そうね、そんな所よ」

「そうか。気分が悪くなったら早めに言ってくれ」

 

望美は適当に頷くとなるべく遠くの景色を見るように心がけた。

目指すは比叡山中腹にあるガーデンパーク。今は閉園中の為、取引自体は駐車場で行うことになっている。無事に二人とも未来に帰れるのかしら。見たこともないタイムトラベルに期待と不安を抱きながら、車は穏やかに比叡山を目指す。




車に揺られて一時間弱。その間車内で二人が口を交わすことはなかった。もうお互いに語れる事は全て語ったつもりだった。無事、駐車場に辿り着くと望美は真っ先に車から降りる。うっすら積もった雪が、太陽に照らされて輝いていた。見渡す限り自分達以外誰もいない。まだアイちゃん達は着いていないようだ。


「まだ三十分くらい時間があるな……少し早く着き過ぎたか」

 

ケイは車に留まり、何やらグラフとにらめっこしながらスイッチを操作している。望美はケイを残して駐車場からふもとの景色を眺めた。ここ最近雪は降っていないが、それでも辺り一面銀白色がよく目立つ。望美は自然の濃い空気を何度か深呼吸して取り入れる。今日は風が少ない分、寒さが軽減された気がした。


「あんまり端の方に行くと落ちるぞ」

 

ようやく車から、ケイがコートを羽織って出て来た。腰に拳銃が装備されているのを望美は素早く確認する。もしかしてここで永市を仕留めるつもりかもしれない。はっとして思わず息を飲む。


「どうした、突き落とされると思ったか?」

 

ケイが無理に笑って自分の髪を撫でる。急にケイがどこか遠くに行ってしまうような気がして、望美は反射的に抱きついた。


「…………っ」

 

まだ泣く訳にはいかない。望美は唇を噛みしめ、ケイが今ここにいる最後の喜びを確かめた。ケイも優しく望美を抱き寄せ、キスをする。


「これが、最後だな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ