time40.つかの間の幸せ
自宅に戻ってくると、待ちくたびれたようにアイがソファで寛いでいた。コスプレ衣装のままなので、一先お風呂には入っていないと安心する。マリアは大人しく床で体操座りをしていた。自分のいない間に状況が変化されてないかと、部屋全体を素早く見回す。
「遅い!もうおなかペコペコよ」
ビニール袋を奪うと、アイは予めスペースを確保したテーブルに昼食を並べる。とにかく腹ごしらえをしてから今後の事を考えるか。永市もしぶしぶ床に座り込むと、テレビを流しながら三人で食べた。
昼食後、アイは何をすると言うこともなく、そこら中に積まれた雑誌をパラパラとめくりだした。マリアも暇そうにテレビを見ながら、欠伸をしている。
永市は仕事内容を確認するためパソコンに向かった。年末年始の今は休暇中だが、もうすぐ長期の撮影旅行が控えていた。安易に外に出られない今、自宅でカメラの整備をする他はなさそうだ。実家に帰る事も考えたが、こんな未来人と兵器の二人がいるという奇っ怪な状況は人生で二度と訪れないだろう。こんな面白い状況の中、帰省する方が勿体無い。もっと自分も楽しむべきだ。
永市はカメラを手に取ると、マリアに標準を定めた。このガキを何とか味方につけてアイと、ケイとやらを蹴散らすことが出来ないだろうか。それからこのガキを売り飛ばすのも悪くないな。今の時代なら相当の値打ちはあるだろう。
シャッターを切ると同時に、マリアがこちらを向く。そのむっとした表情が一瞬死んだ愛美を連想させ、思わずカメラを顔から放した。
「勝手に撮らないで下さい、びっくりしました」
「悪い悪い。マリアちゃんが可愛かったから、つい……な」
このマリアと言う女の子は、実は愛美ではないのか。永市は一瞬浮かび上がった妄想を即座に打ち消した。何を馬鹿な事を。ちゃんと一年前、自分は葬式に出てたではないか。
永市はパソコンに向かい直して、じっと二人を観察した。お互い気にかける事なく適切な距離を保っており、二人には何事もなかったかのように見える。しかし、自分が風呂場から上がった様子を思い出しても、二人が何かしら打ち合わせをしていたのは確実だった。二人は自分をどうするつもりだろうか。本当に守ってくれるのか、それともケイって男に引き渡すつもりなのか。どちらにせよ死ぬのは御免だ。永市は二人が離れるチャンスをディスプレイ越しに待った。
望美は虚ろ気な表情でテレビを見ていた。テレビの会話などまるで頭に入って来ない。何せ自分は今、ケイの腕の中にいるのだから。まだ自分の胸が高鳴っているのが分かる。背中越しに聞こえてやしないかとふり向くと、ケイと目が合った。何かを確かめるようにまたキスを落とす。これで何回目だろうか。
「私、重くない?」
完全にケイに体重を預けたまま、二人でこたつに入っている。望美が少し身体を動かすと、それを制するかのようにケイが抱き止めた。自然と手が胸元を探っている。
「どうして私を抱くの。余計惨めな気持ちになるだけじゃない」
ケイの手に身を捩らせながら、望美は多少なりとも抵抗する。
「ふん、それで抵抗しているつもりか?」
望美の質問に答えようとはせず、ケイは首筋に舌を這わせて遊ぶ。その誘惑を振り解き、望美はケイと向き合った。
「真面目に答えて!こんなを事していても、マリアやアイちゃんが戻ってくるわけじゃない。ケイがいなくなるのなら、愛し合う行為自体無意味よ……」
どうしてケイが自分を抱くのか分からなかった。それでもケイに負けてしまう自分が悔しく、自然と涙が溢れる。
先程ケイから聞いた話だと取引は明日の十時、比叡山にあるガーデンパーク。ケイの持っている車と、元旦那の永市が取引される事になっている。ケイの話だとマリアの記憶があの時の衝突で一部戻ってきたらしく、マリアはアイちゃんと未来に帰る方を選んだ。それも今の自分を動揺させていた。死ぬと分かっているのに何故未来に帰るのか。たった一週間しか共に過ごせなかったが、マリアの心境を分かってあげられなかった自分が悔しかった。
「悪い……望美には本当にすまないと思っている」ケイが優しく望美の頭を撫でた。「俺も自分の未来に焦っているんだ。だからお前を求めたのかもしれない」
「だからって……こんなの辛すぎるわ」
ケイの肩に顔を埋める。結ばれてからの後悔と罪悪感。それが望美の身体を支配していた。二人に残されている時間はほんの僅かなのかもしれない。ケイも、マリアも、アイちゃんも自分からいなくなってしまう。取り残されるのが怖かった。また一人で生きなければならないのか、無駄に広いこの部屋で。
「永市を殺すの、待ってもらえないかしら」
ケイがここにいるのを確認するかのように望美は手を取り、自分と絡ませる。きっとケイはアイちゃんから永市が開放されたら、すぐにでも始末してしまうだろう。でなければこんなにも自分を求めて来ないと分かっていた。
「それは難しいな。アイが余計な事を吹き込んだろうから、すぐに逃げ出すだろう。海外なんて行かれたら、それこそ探しようがない」
「そうよね、でなければ私を抱いたりしないわね」
そのままケイの身体にしがみつく。いつまでもこうしていたい、もっと一緒にいたい。自分でもどうしようもない程、ケイを愛していた。永市には一度も抱けなかった感情。愛しくて、苦しくてたまらない。この現状自体がもどかしい。
やがてどちらからともなく、また愛し合う。二人に残された時間を全て注ぎ込むかのように。少しでも長く互いを覚えていられるように。




