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time35.マリアとアイ

永市のうるさいいびきでマリアは眠れず次第に腹が立ち、身体をけたぐって布団からはい出た。それでも眠りこけている永市の姿に怒りがわいたが、この男もよっぽど疲れていたのだろう。何せ自分といっしょに寝てほしい、と頼みこんできたのだ。この状況に精神がついていっていないのだとマリアは分析する。もちろん断ったのだが、知らないうちに布団の中に入りこんできたのだった。

マリアは冷ややかな顔でようちな男にため息をつくと、何か飲み物をもらおうと部屋から出た。ソファで寝ていたはずのアイさんがいないことに気づく。お手洗いかな。マリアは気にせず冷ぞう庫を開けたが、自分が飲めそうな物が見当たらなかった。仕方なく水道水を飲んでいると、玄関のドアが静かに開けられる。アイさんだった。


「あれ、マリアちゃんどうしたの?」

 

ふるえながらダッフルコートを脱ぎ捨てる。


「のどがかわいたので。アイさんこそ、外で何をしていたのですか?」

 

コートの代わりに毛布をはおり、電気ストーブを付ける。そのままソファに座ると、マリアを手まねきしてくれた。


「じょやのかねってやつを聞いてたのよ。新年も明けたことだしね」


アイが壁にかけられた時計を見たので、マリアも時刻を確認する。午前二時十二分。そうか、年号が変わってしまったのか。


「もしかしてアイさん、眠れなかったのですか?」

 

アイの目が赤いのを、ストーブの灯りで確認した。外で泣いていたのかもしれない。自分を命令していた人間がいないので、次にどうしたら良いのか分からなくなっているのだろう。


「ごめんね、マリアちゃんにひどい事しちゃって……」

 

頭をなでられ、昼間のアイさんとは別人のようにうなだれていた。今ごろになって、ケイさんに逆らった事をこうかいしている様子だった。

アイさんは感情的で行動力もあるが、計画性というものが感じられない。頭はそれほど良くないようだ。


「アイさん、これからどうするのですか?」

 

どうしよう、とひざを抱えてストーブの灯りを見つめている。次にする事は、未来に帰るための車の調達だと言っていたではないか。


「車をケイさんからうばわないと、帰れないですよ」

 

わかってるわよ、と力なく返事をする。アイさんは根本的に優しい人なのだ。ケイを裏切っている自分に後ろめたさを感じていると思われる。


マリアは今まで、ただゲームや漫画を読んだりしてすごしてきたのではない。お姉ちゃんの話し声に耳をかたむけ、その一部始終をきおくしてきた。どうしてそんな事が出来るのだろうとふしぎに思っていたが、自分が機械だと知り、納得出来た。私はロボットか何かだったのだ。だから車にぶつかってもけが一つしないし、お姉ちゃんに出会ってから今日までの事を一言一句全て覚えている。以前の事を何も思い出せないのは、記憶自体が何らかの原因でこわれてしまったのだろう。

そういえば自分は、何かすべき事があった。そのすべき事とは何なのだろうか。


「アイさん、一つ聞いてもいいですか?」

「何?」

「私の未来での役目は何ですか?ここに来る前の、自分の事が知りたいです。それと、今置かれている状況を出来るだけくわしく教えてください」

 

始めはアイさんもしぶり、中々教えてくれなかったが、この状況を打開できるヒントが見つかるかもしれないと告げると、嫌々ながらも語ってくれた。

自分が未来の兵器だと言う事、そして未来での自爆計画。しかしその前に何者かによって過去に転送されてしまった事、ケイさんの裏切りの事。それらの情報と、過去のきおくからマリアはシミュレートする。次に自分達がどう動くべきか。


「アイさん……私、未来に帰ろうと思います」

 

アイは困った様子で苦笑いした。


「今の話を聞いて、よく未来に帰ろうと思ったわね。未来に帰ったら、マリアちゃんは殺されるのよ」

「それが私の生まれた理由なら、かまいません。私が死ぬ事によって、戦争がおさまるのなら本望です」

 

この意志までもがプログラムなのか。口に出してからマリアは疑問に思った。この世に未練が無いと言ったら、うそになる。本当はお姉ちゃんともっといっしょにいたい。もっとゲームで遊びたいし、漫画の続きだって読みたい。しかし、自分は元々未来の人間、いや、機械なのだ。あるべき所に戻らなくてはならないだろう。アイがやれやれと言った様子で、マリアの頭を強く撫でた。


「あんた、やっぱり西日本政府の最高機密だよ。未来に帰ったら、望美さんともう会えないけど、いいの?」

 

マリアは一度お姉ちゃんの声と顔を思いうかべてから「大丈夫」と言い聞かせた。自分がきおくし続けている以上、お姉ちゃんはマリアの中で生きている。見ず知らずの自分をかくまい、優しくしてくれた。そのきおくだけは消させない。マリアは覚悟の上で同意した。


「でも、最後にお別れくらいは言いたいです」

「分かっている。あたしも睡眠薬を飲まされた恨みがあるけど、望美さんの事嫌いじゃないしね」アイの目にいつもの輝きが戻ってきた。「送別会でもしよっか」

 

アイがポケットから小型イヤホンを取り出す。ケイとのやり取りをずっとこばんできたその手が、強くイヤホンをにぎりしめた。


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