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time31.ベンチ

打った左肘と右手の平、左骨盤が痛みを帯びてきている。望美はケイに連れられ、外のベンチに腰を下ろしていた。ケイが近くの自販機で缶コーヒーを買ってきたらしく、一つ望美に手渡す。


「少し落ち着こう」

 

ケイが懐からハンカチを取り出すと、涙をふけと差し出した。涙など、とっくの昔に枯らしてきたはずなのに。湿っぽいハンカチを目頭に当て、鼓動が静まるのを待った。


散々腫らしてきた瞳に映しだされたのは、こちらに突進してくる車。逃げなければ、避けなければと頭が危険信号を発していたのに、自分は足が竦んで動けなかった。


『お姉ちゃん、危ない!』

 

先にいたはずのマリアが、自分を庇うように車を背にしてしがみついた。衝突時の事ははっきりと思い出せないが、気がつくと目の前に黒ずくめのアイちゃんがいた。マリアを抱き上げ、ぶつかった車の後部座席にマリアごと消えてしまった。何が起こったのか、未だに理解出来ていない。とにかく、マリアが自分からいなくなってしまった。マリアを守る、育てると誓った自分は何処へ行ってしまったのだろう。

 

ケイは黙って望美の隣に腰を下ろすと、プルタブを開け、コーヒーを飲み始めた。望美もそれに倣う。温かくて微かに塩っぱい。


「マリアは無事だから安心しろ。アイに事情を聞く。望美は、怪我してないか?」

 

固いアスファルトに打ち付けた所がズキズキと痛んだが、望美は首を横に振った。腫れた瞳を寒気にさらす。ケイが小型イヤホンを取り出してアイに連絡を試みたが、繋がらなかったらしく、すぐポケットにしまってしまった。


「マリアは……兵器だから平気なのね」

 

一番認めたくなかった事実。マリアは、人間ではない。人の形をした未来の兵器。車が突進してきても、自分はマリアのお陰で吹っ飛ばされることはなかった。この程度の打ち身ですんだのが、何よりの証拠だった。


「あれくらいの衝撃では、びくともしないように作られている…………それよりも、どうして逃げた」

 

ケイが冷たく、悲壮を滲ませた顔をこちらに向けた。その目に耐え切れなくて顔を背ける。


「マリアを貴方達に返したくなかったの。だって、未来に帰ったら、マリアは死ぬんでしょ?」

「………………」

「なのに協力なんて出来ない。マリアはこの時代にいた方が、よっぽど幸せなんじゃないの?」

 

ケイは缶コーヒーを持ったまま、微動だにしない。その澄ましたような顔が気に喰わなかった。


「……何とか言ったらどうなのよ。だからアイちゃんも裏切るのよ。この計画を持ち出したのも、元々はアイちゃんなのよ」

 

アイの裏切りを知っていたのか、ケイはそうかと呟やいただけだった。


「本当は三人で遠くに逃げるつもりだったけど、私はアイちゃんからも逃げたかった。だから睡眠薬で眠らせて、家を抜けだしてきたの。アイちゃん、銃で私を脅してきたわ。大層怒っていたみたいだけど、貴方達に何かあったの?」

「……アイに金庫の中身を見られた。その中には俺の銃と現金、そして家系図が入っていた。その家系図は、俺が未来で独自に調べていた物だ。ある男を探す為にな」

「その男が、私の元旦那なんでしょ?」

「何だ、知っていたのか」

 

ケイが少し驚いた様子で笑った。


「アイちゃんから聞いたわ。未来で独裁している宮本、元いマリアの父親の先祖が私の元旦那、永市京介だと。ケイが永市を殺そうとしているとも、アイちゃんは言っていたわ」

「アイの奴も、お喋りだな」

「でも永市を殺したら、未来が変わってしまうのよね?……ケイはどうするつもりなのよ」

 

飲み干したコーヒーを手にして、ケイが立ち上がった。


「俺は、未来を変えに来たんだ」

 

望美はケイの言っている意味が分からずに、その背中を見つめた。こんな時にでもケイがかっこいいと思えてしまう自分が悔しかった。


「俺は未来に帰るつもりは無い。永市を殺して、自分も消えるつもりだ。アイとマリアの事をよろしく頼む」

 

そう言って一人歩き出してしまった。慌てて望美も立ち上がる。


「待って!消えるって、どういう事よ。そんなの勝手過ぎるわ!」

 

ケイのコートの裾を掴んだが、その手を逆に握り返されてしまった。望美がびっくりしてケイの顔を見たが、素知らぬ顔で手を繋ぎ続けている。年甲斐もなく顔を赤くした望美は、恥ずかしくて下を向いた。ただでさえ泣き腫らして無様な顔をしているのに。何だかこの上ない罰ゲームでも受けているかのような感覚だった。でも、悪くない罰ゲームだ。そう思う自分が更に恥ずかしくなって、黙って下を向いた。


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