time29.逃走
永市は震えながら猛スピードで車を飛ばしていた。アイのした事が信じられない。望美達に車ごと突っ込むなんて。
畜生!俺の車でなんて事するんだよ!後部座席にいるアイを思わずミラー越しに睨みつけた。
「ちょっとスピード出し過ぎ。パトカーに捕まるわよ」
先程誘拐してきた女の子を縛りながら、アイが文句を言う。そんなの知ったことか。得も言えぬ恐怖に駆り立てられるように、永市はひたすらハンドルを握りしめた。
「とりあえずあんたの家に連れてって。寝かせる所くらいあるでしょ?」
「これ以上俺に何を協力しろと言うんだ!」我慢しきれなくて赤信号で振り返る。「大体その子、生きてるのか!」
「生きてるわよ。この子、兵器だもの。あれくらいの衝突じゃ、びくともしないわ」
「兵器?……その子がロボットとでも言いたいのか」
「そうよ。これを回収するのが本来の目的だもの。望美さんが勝手に連れ回していい代物じゃないわ」
まだ頭が痛むのか、顔を引きつらせている。とんでもない事に巻き込まれてしまった。今なら望美が逃げ出した理由もわかる。こんな連中と一緒にいたら、命がいくつあっても足りないではないか。
「だったらもう目的は達成されただろ。早く未来とやらに帰ってくれ!」
「それが出来ないのよ。未来に帰るにはケイの車が必要なの。ケイから鍵と車を奪わないと」
「もう手伝わないぞ」手汗をズボンに擦りつける。「勘弁してくれよ!」
「……そう。度胸のない男ね」
「ほっとけ!」
車体をわざと揺らすように大きくカーブさせる。アイがびっくりして小さな悲鳴を上げた。ざまあみろ。
「もうっ!……協力したくないのならそれでもいいわよ。でも、あたしと一緒にいた方が、あんたも安全だと思うけど」
ミラー越しにアイの表情を確認する。この女に脅されて車を走らせている事自体、安全ではないと思うが。
「どういう事だよ」
「ケイがあんたの命を狙ってる」ミラー越しでアイと目が合った。「ケイの目的は、あんたを殺す事だもの」
「……あのハンサム男が?何でだよ、俺と関係ないだろ」
「今はなくても未来に関係してるの。未来で独裁政権をしている男の先祖が、あんたなのよ」
「だから俺を殺せば、その男も消えると?」
「……恐らく。でも、そんな事されたら未来が変わってしまう。だからあんたに死なれては困るのよ」
「俺だって死ぬのはごめんだ。だが、あんたと一緒にいるのもごめんだ」
「じゃあ無理にでも従って貰うしかないわね」
アイが安全ロックをわざわざ外し、自分のこめかみに銃を押し付けた。ひんやりとした冷たさが、身体全体に響き渡り、反射的に身を縮めさせる。
「俺に死なれては困るんだろ、撃つ気のない脅しをしてどうするんだよ」
「あら、生命維持活動が出来れば問題ないのだから、手足の一つや二つくらいもぎ取っても問題なくて?」
アイが狙いを足に定めた。
「やめろよ!」永市は邪険にアイの腕を除けた。「わかったから、従うからもうしまってくれ」
最初っからそうすればいいのよ、とアイが勝ち誇った顔で銃をハンドバッグにしまった。畜生、これでは復讐する所か、されっぱなしではないか。永市は屈辱的に顔を歪ませてハンドルを切った。
かなりの遠回りをして自宅の前に着くと、有無を言わさず女の子を運ぶよう指示される。抱き上げるのには重く、仕方なく永市は背負い引きずるように玄関に転がり込んだ。思わず女の子の頭を床にぶつけてしまったが、それよりも自分の心配の方が大きかった。
「このソファ借りるわよ」
そう言ってアイが勝手に雑誌やらテープやらが積み重なったソファを動かし、問答無用に上の邪魔な荷物を排除する。永市はしぶしぶ女の子をソファに座らせると、一息ついて床に腰を降ろした。
「はぁ、この子……相当重たかったぞ」
「あたしより重いわよ……さて、どうやってケイから車を奪おうかしら」
何やら楽しそうにアイが部屋の中をうろうろし始めた。自分の部屋はあの時と何ら変わっていない。照明は一つ壊れてしまっているが。
「おい、もっと状況を詳しく教えてくれ。こっちは未だ把握しきれていない」
分かっているのはこの女が未来から来た事、そしてこのロボットらしい少女を取り戻しに来た事だけだ。その目的は達成された訳だが、何故望美がこいつらと一緒にいたのかが分からない。
「そうね……じゃあもう少し教えてあげるわ。あたしも今の状況を整理したいから」
何か飲み物くらい出しなさいよ、とアイが催促するので、永市は冷蔵庫を開けた。しかし飲み物らしき物が何も無い。仕方ないのでわざわざ自販機まで買いに行く。コーラを買い、わざとアイの分を思いっ切り振ってから渡す。
「何か盛ったりしてないでしょうね」
が、あっさり自分のと交換させられてしまった。




