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time27.永市の後悔

翌日、いつもどおり交代に来たアイを、望美は睡眠薬を大量に混ぜた飲み物で向かい入れた。思惑は成功し、アイがオレンジジュースを片手にこたつで倒れている。


「すごーい!お姉ちゃん本当に寝ちゃったよ」


本当に眠ったのかしら。マリアと一緒に近づいて寝息を確認する。すーすーと、静かな呼吸音が聞こえた。


「やったわ……しばらくは起きないだろうから、今の内に早く出ましょう」


アイに申し訳ないと思いながらも、風邪を引かないよう毛布をかけてやる。二人でスーツケースを引きずりながら、慌ててマンションを後にした。ケイが車に乗る前に、せめて京都から出なくては。


「少し小走りで行くけど、大丈夫?」

「うん、早く早くっ!」


先程のアイの姿に興奮したのか、マリアがこの状況を楽しんでいるように見える。子供はずるいなと望美は笑った。

突然、強い光とシャッター音が目の前を駆け巡った。二人は思わず立ち止まる。


「そんなに慌てて何処に行くんだ?」


永市だった。望美は自分の運の悪さを呪った。


「そんな荷物引っ提げて。海外旅行にでも行くつもりか?」


何しにまた来たのか。望美は怒りを露にして叫ぶ。


「そこをどいて!私達急いでるのよ!」


強引に永市をかわすが、スーツケースを掴まれ、望美は後ろに仰け反りそうになる。


「遠出するならカメラもいるな。一日なら付き合うよ」

「そんなのお断りよ!もう関わらないでっ」邪険にスーツケースをひったくる。「マリア、行きましょう」

「アイちゃんは一緒じゃないのか?」


アイの名を出され、望美は思わず足を止めた。


「さっきまで一緒にいたよな。お前の男と交代で入っていった」


その現場もしっかり納めたのか、ぶら下げているカメラを見せ付けた。


「あんた……人の事つけ回してよっぽど暇なのね、呆れるわ」

「何とでも言えよ。僕の感性を理解してもらおうとは思わない」


永市のカメラがマリアにも向けられる。望美は憤慨してカメラのレンズを手で押さえ付けた。


「汚い手で触るな」

「そっちこそ汚い目で見ないでよ」壊す勢いでレンズを圧迫してやる。「だから嫌いになったのよ、あんたの事!」

「やめろよ」


大事なカメラをけなされ、永市が大人しく引き下がる。望美は無視して歩き出した。


「後悔するぞ、出かけた事!」


たった今後悔した所よ。怯えているマリアの手を引き、駅へと急ぐ。タクシーは……駄目だ、乗れない。重い荷物に戸惑いながらも、望美は歩いて地下鉄の駅に向かう事にした。






レンズに傷がないか念入りに確認すると、永市は早急に皮脂を落とした。人の商売道具を壊すつもりかよ、あいつ。永市は望美の部屋がある四階を見上げた。アイちゃんはまだ出てこない。おかしい。一人で留守番でもしているのか。


「そんなタイプではないな」


未だ痛む首を押さえながら、微笑を浮かべた。ポケットから鍵を取り出す。こんな事もあろうかと、望美の部屋の合鍵を作っておいて正解だった。言った通り、出かけた事を後悔させてやる。

部屋の前まで行くと、永市はドアに耳を押し付けて中の様子を探ろうとした。しかし、物音一つしてこない。まるで留守のような気配だった。


「アイちゃんはここにいないのか?」

 

永市は不思議に思いながらも合鍵をそっと回す。音に注意しながら、慎重に部屋の中に侵入した。玄関にアイちゃんらしき高いヒールの靴がある。やっぱり中にいるのだ。永市は息を殺して奥へ進んだ。

リビングに顔を出した所で永市は我が目を疑った。アイちゃんがいる。いるが、こたつに頭をのせたまま眠っているようだった。右手を伸ばしたままぴくりとも動く様子がない。警戒しながらも、永市はゆっくりと近づいた。


毒でも盛ったか、望美。永市は望美の大胆さに笑いながらも、今なら仕返しが出来るのではないかと高を括った。そうだ、あの時断られたヌードでも撮ってやろうか。毛布をそっと退けると、アイの身体をゆっくり床に寝かせた。最初に見たコスプレの服装だ。

永市は確認も兼ねて乱暴にアイの胸を掴んだ。が、アイはお構いなしに寝息を立てている。……本格的に眠りに堕ちたな。永市はとりあえず上から撮ろうとモビルスーツを脱がせようとした。しかし、どうなっているのかぴっちりとしたモビルスーツの継ぎ目が見つからず、脱がし方が分からない。

こんな服があってたまるか。永市も躍起になって無理矢理伸ばして引きちぎろうとする。くそっ、もういっその事ハサミで引き裂いてしまえ。台所からキッチンばさみを持ってきて切ろうとするが、生地に食い込むだけで切れない。どうなっているんだ、この服は!

 

ピリリリリリッ。

 

アイの服を脱がすのに手間取っていると、電話が鳴った。お尻のポケットからけたたましい音が部屋全体に広がる。まずい。永市は慌ててアイを突き放しすと、一先隠れそうな所を探す。


「ん…………」

 

アイが目を覚まして、ゆっくりと身体を起こした。虚ろな目で辺りを見回す。


「痛っ……!」

 

アイが頭を押さえた。顔を引きつらせ、必死に状況判断しようとしている。ようやく鳴り止まない電話を手にした。


「うん……うん…………」

 

目覚めたばかりか返事が曖昧だ。


「……ケイ、望美さんにしてやられたわ……睡眠薬でも盛られたみたい」

 

眠気を覚まそうと頭を振る。電話の相手はケイか。はっきりと姿を見たことはないが、望美の男らしい背の高いハンサムな男だったのを思い出した。


「今望美さんの部屋よ……そう……ええ…………駅ね、わかった。急いで向かうわ」

 

望美とアイちゃんは敵同士なのか。望美が毒を盛ったのは、アイちゃんから逃げるためだ。だからあんなに急いでいた。二人に監視でもされていたのか。何故だ。

話が終わったらしく、アイが頭を押さえてゆっくりと立ち上がった。


「もうっ、先にしてやられるなんて……ケイから逃げた所を狙うつもりだったのに」

 

ケイから逃げる?アイちゃんも見張られていたのか。それに狙うとは何か。

台所のカウンター下で小さくなりながら、じっと永市はアイの様子を聴き立てていた。


「何……誰かいるの?」

 

しまった、バレたか。アイの足音がゆっくりとこちらに近づいてくる。ここから逃げようにも、一度アイちゃんに姿を見せなくてはならない。万事休すか。


「もしかして望美さん……?そこにいるのはわかってるのよ!早く出てきなさい」

 

かちゃっと、何かの金属音が聞こえた。永市が仕方なく立ち上がる。目の前には拳銃を持ったアイが立っていた。


「永市さん!」

「アイちゃん……」

 

自分の出現に驚きはしたが、拳銃をしまう様子はない。なんて物騒な物を持っているのだろうと考えながら、ゆっくりと両手を上げた。


「見逃してくれ、アイちゃん。こないだの事は謝るからさ」

 

情けない命乞いをする。ここで死ぬのはごめんだった。


「どうやって入ったのよ、望美さんが入れたの?」

「いや、不法侵入した……それより急いでいるのだろう?」

 

アイの先程のやり取りを思い出す。望美を追うのなら、早くした方がいいだろう。あの荷物からして遠出は確実だった。


「急いでるわ。でも、あんたと出会えて良かった。探す手間が省たわ。急いで車を出して」

 

そう言って銃口を自分に近づける。永市は待ったと言わんばかりに顔を引きつらせた。


「わかった、わかった。けど、状況を説明してほしい……望美とアイちゃんは仲間じゃないのか?」

「仲間じゃないわ。あたしは見張っていただけよ。それが逃げたから捕まえに行くの」

 

苛立ったようにアイが永市を小突く。永市は仕方なく車をマンション前に寄こすと、アイを助手席に招き入れた。


「京都駅に行って」

 

自分はまだ脅されているらしく、横腹に銃口が押し付けられる。永市は冷や汗を掻きながら車を乱暴に発進させた。


「こうなったら1036の捕獲も手伝ってもらうわ。車でもなきゃ、あの子を運ぶのもしんどいしね」

「協力するから教えてくれ。君は何者なんだ、何故望美を見張る」

 

アイがこちらを睨んできたので、永市は慌てて前を向く。少し間があってから返答がされた。


「信じてくれないだろうけど、あたしは今から一五〇年先の未来から来たの。で、望美さんが連れ回している女の子も未来から来た。あの子を取り戻すのがあたしの目的」

 

未来から来た?そんな馬鹿な話があってたまるか。頭ではそう思ったが、この状況で反論するには圧倒的に不利だった。永市は心の底で笑いながらも、表では信じたように深く頷く。


「なるほど。それじゃ、いくらアイちゃんの事を探しても出てこない訳だ」

「そういう事。ちなみにあたしは軍人よ。もう痛い目に会いたくないでしょ?」

 

面白そうにアイが笑う。永市は背筋がぞっとした。もう少し早く起きられたら、今頃身体に穴が空いていただろう。そう考えただけでも鳥肌が立った。


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