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21/52

time21.撮影会

アイは永市のミニバンに乗って、街中をとろとろ走っていた。いや、既に停滞していると言った方が正しい。年末の帰省で道が混雑しているため、思うように前に進まない状態だった。


「今年は車で帰る人が多いのかなぁ。去年より混んでいる気がするよ。この道さえ抜ければ早いのになぁ」

 

前の前にいるトラックのせいで信号が見えない。永市はハンドルにもたれかかって一人ぼやいていた。

これから永市の自宅に向かう予定になっている。アイは一人で男の家に行くのもどうかと躊躇ったが、こんな男に臆した自分も見せたくないので承諾した。今日の格好は昨日も着たシルバーのジャケットに、赤のミニドレス。その下にキラキラの黒タイツを履き、足元はファーのついた背の高いブーティでこしらえてある。ちょっと軽快過ぎたかな、とアイはドレスの裾を押さえた。

決して永市に気を許した訳ではない。勿論警戒はしている。いくら自分が鍛えて強かろうと、不意を突かれては敵わない。アイは腕を組みながら永市を横目で見ていた。まさか望美さんの元旦那だとは知る余地もない。世の中はなんて狭いのだろう。アイは運命の悪戯にせせら笑った。


「望美さんの事、まだ好きなんですか?」


自分をつけてまで居場所が知りたかったのだ。よっぽど望美さんの事が気になっているのだろう。永市は正面を見ながら答えようとはしない。


「あたしより望美さんを撮りたいんでしょ?」


「いや」永市がアイの方を見た。「アイちゃんも撮りたい、可愛いからね」


「じゃあ望美さんはどうして撮りたいのよ。昨日もいろいろ望美さんの事聞いてきたし……本当は望美さんの事、今でも好きなんじゃ」


「あのね、望美とはもう終わったんだよ。僕が終わらせたの。今は望美の事、商品として見ている。勿論アイちゃんもだ。僕は商品を最大限に引き立てたいだけなんだよ」


「商品……」


「ごめん、商品って言い方はよくないな。女性だよ、女性」


「じゃあ、女の人しか撮らないの?」


「基本はね。僕は女性の美に凄く惹かれるんだ」

 

ようやく車が大通りを抜けた。永市がはぁ、と息を漏らす。アイは今更になって永市について来た事を後悔した。永市自体が怖いという訳ではない。いざとなればこんなカメラ男、締め上げることだって出来るだろう。アイは永市が漂わせている雰囲気が恐ろしかった。態度と感情が違う人。頭の中で何を考えているのか分からない。覗こうとすれば、こちらが覗かれてしまいそうだ。


「アイちゃん僕に嘘ついたよね?」


「嘘?」


「あそこに男もいただろう」

 

ケイの事だ。先程鉢合わせしたのだろう。どうしてそんな事を自分に聞くのか。自分だけを見てくれればいいのに。


「いるけど、あたしを撮るのには関係ない話でしょ?」


「いや、アイちゃんのボーイフレンドかなっと思ってさ」

 

違う。今の聞き方はそんな感じじゃなかった。アイはふてくされたように外の景色に目をやった。



 

永市の自宅は京都の中心からだいぶ南に下がった所にあった。集合住宅が所狭しと肩を並べ、何だか少し治安の悪そうな雰囲気だった。駐車場の一角に車を停めると、永市は一棟のアパートに向かって歩き始める。アイは黙って永市の後ろをついて行った。


「ここが僕の部屋だよ。というか仕事スペースだね」

 

そう言って案内された部屋は小さな机にソファ、山積みの雑誌やら新聞が乱雑に置かれている汚い所だった。奥に二部屋あるが、部屋の仕切りを取って一部屋になっている。ただのフローリングと白い壁紙だけで家具も何も無い。隅で大きな照明器具やスタンドが追いやられていた。ここで撮影しようというのか。


「汚くてごめんね。最近片付けもしないからさぁ」永市がソファにも積まれていた雑誌を退ける。「ここで座って待ってて。すぐ準備するから」

 

永市が急々と部屋を行ったり来たりしている。どうやら簡易スタジオを作っているようだ。大きな照明と真っ白いスクリーンが部屋と部屋を結ぶ。アイはその様子をぼんやりと眺めていた。もっと大きなスタジオで撮影かと思っていたが、こんな小さな部屋でも事足りるらしい。もし望美さんがいたら、別の場所で撮影してくれたのだろうか。


「お待たせ。じゃあ靴を持って、こっちに来てくれる?」

 

アイはジャケットを脱いだ。エアコンが効いてきたので、ノースリーブのミニドレスでもそれ程寒くはない。昼間よりも眩しい光を浴びながら、永市の用意したステージの上に立った。靴を履く。このまま撮ったら、自分と白いスクリーンしか写らないではないか。


「永市さん、このまま撮っちゃうの?」


「そうだよ。後からパソコンで処理するから大丈夫」

 

なるほど、背景も自分の思うがままって事ね。アイはフリルの付いた赤のミニドレスを最大限活かせるように振舞った。


「いいね、いいね。やっぱりアイちゃんは絵になるよ」

 

カメラ越しの永市に乗せられ、アイはいろいろなポーズを取る。立ったり、座ったり、寝そべったり、振り返ったり。ポーズからポーズへ移行する際にも、永市はシャッターを切るのを止めなかった。


何回ポーズを決めたのだろうか。アイはそろそろ飽き始めていた。次のポージングがもう思いつかない。衣装チェンジもしないのだろうか。突然立ち止まったアイに、永市が次の指示を出す。


「じゃあそろそろ脱いでいこうか」

 

えっ、とアイはびっくりして永市の顔を見た。しかし永市の顔はぴったりとカメラに貼りついたままだ。


「どうせ下着も決めてきたんだろう?男を誘ってごらんよ」

 

有無を言わせない口調で、そんな事を言われても困る。


「嫌よ!エッチな事はしないわ」


「ここまで来てそれは無いだろ、アイちゃん」永市がようやく顔を上げた。「エロスが女性の最大限の美じゃないか」


「そこまで協力出来ないわ。あたし帰る」

 

靴を履いたままステージを離れたアイに、永市は手元にある雑誌を思いっ切り投げ付けた。アイはそれを反射的に蹴り落とす。


「へぇ、やっぱり護身術か何か身につけてるるんだ」永市がアイの回し蹴りに拍手する。「最近の女の子は強いなぁ」


「なにすんのよ!危ないじゃない」


「ごめんごめん、アイちゃんを試したかったんだよ。女一人で男の家に上がり込むなんて、随分度胸のいる事でしょ」

 

顔は笑っているが、目が笑っていない。アイは今が縁を切るチャンスだと言わんばかりに声を荒げた。


「望美さんが愛想つかせたのも分かったわ。今の本気で投げ付けたでしょ、最低。もうあたし達に関わらないで!」

 

アイは投げ付けられた雑誌をもう一度蹴り飛ばした。永市はその様子ですら、カメラ越しで眺めている。


「君、一体何処から来たの。アイは本名じゃないだろ?僕もいろいろ調べてみたけどさぁ、全く君の情報が無いんだよね。あちこち初めて見るような顔しちゃって、外国かどっかから来てんの?」

 

小馬鹿にした目でアイを見る。所詮女だからと舐めきった態度。アイの一番嫌いなタイプだった。


「あんたには関係ないでしょ」

 

アイは蹴り殺したい気持ちを必死で押さえた。この時代では殺人は罪になる。いや、正当防衛は大丈夫な筈だ。アイは頭の中でこの男をどう始末してやろうか計算し始めていた。


突然、電話が鳴った。アイも永市も音がする方に目を向ける。アイの脱いだジャケットからだ。ケイが心配して連絡を寄こしてくれたに違いない。しかしアイがジャケットを掴む前に、永市がジャケットを奪い取った。


「返して!」

 

アイの本気のかかと落としが見事に決まった。がたいの良い永市がぐっと、低い声を上げて倒れる。

アイがすかさず近くにあったコードをむしり取ると、それで永市の身体を縛り上げた。何か倒れるような音がしたが、アイは気にせず電話にでる。


「ごめーん、お待たせしました!」


『アイちゃん、大丈夫?』

 

望美の声だった。てっきりケイだと思ったアイは撃沈した。


「何でおばさんが電話してくるのよー」


『馬鹿、心配だからに決まっているじゃない。何もされてない?大丈夫?』

 

アイは足元で転がっている永市を見た。動かない所を見ると、どうやら気絶しているらしい。いい気味だ。


「こっちは大丈夫よ、今撮影終わった所」アイは永市を踏みつけた。「ちゃんと望美さんの言う通り、落とし前付けたからもう関わることは無いわ」


『そうなの?……まさか本当に蹴り倒したんじゃないでしょうね』

 

その通り。アイは笑って誤魔化した。


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