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20/52

time20.接近

アイはしばらく出かけるのを躊躇っていたが、結局出て行った。公園で永市と合流した所を望美とケイで確認する。

ケイには秘密でアイに永市と縁を切ってくるように言いつけた。必要ならば蹴り倒しても構わないと。アイも「望美さんが嫌ならそうします」と素直に言うことを聞いてくれた。家までつけられた事に恐怖を感じたらしい。


「さて、それじゃ掃除しましょうか」

 

ケイが自分ので構わないと言ったので、望美はケイにジャージを貸してあげた。レディースもののジャージでも、ある程度伸縮可能なので何とか着られる。丈が足りないので時折見える腹チラがセクシーだ。

何でかっこいい男は何を着ても似合うのだろうか。望美は面白くない表情で、ケイのジャージ姿を眺めた。


「お風呂場掃除お願いしてもいいかしら。私はキッチン周りを掃除するから」

 

ケイに簡単な指示を出して、望美はマリアを起こした。もう十時を過ぎている。嫌がるマリアにも自分の部屋を掃除しなさいと言いつけると、自分はガスコンロ周りから掃除し始めた。一年以上前の汚れが目立つ。望美は今更になって掃除している自分は何なのだろうと改めて思い知らされた。


「終わったぞ。次は何処をやればいい」

 

しばらくしてケイが風呂場から出てきた。望美は背の高い家具の上を雑巾がけしていくよう指示をする。こういう時は男手があると非常に助かる。


「さっきの男が、前の旦那か?」

 

いきなり話しかけられて、望美は顔をあげた。ケイがこちらを見ている。


「……ええ。もう別れたのは五年も前の事だけどね」

 

苦笑いで答える。自分の過去の事など知られたくなかったが、先程の経緯でケイも察したのだろう。望美は正直に白状した。


「そうか……あの男には随分勿体無い物件だったな」

 

勿体無い?あの男には?

望美の手が完全に止まった。ケイは何が言いたいのだろう。顔をあげようとしたが、ゆっくりとケイがこちらに近づいて来たので、望美は緊張で顔を強ばらせた。

何が言いたい、何故近づいてくる。ケイの考えを読もうと思ったが、心拍数の上昇で思考が上手く働かなかった。まともにケイの顔を見られそうもない。


「あの男の事、まだ好きなのか?」

 

思ってもみなかった事を聞かれ、望美は息を飲む。好きなら離婚なんてしない。はっきり言って顔もみたくないほど嫌いだった。

でも、どうして?どうしてケイがそんな事聞くのよ。唇がふるえて上手く声が出せそうにもない。ケイはそんな自分を知ってか、更に追い打ちをかける。


「正直、嫉妬したな」

 

ケイを近くに感じる。逃げなければ。早くここから逃げなければいけないのに、身体が痺れたように望美は立ち尽くしていた。なんて言葉を口にするのだ、この男は。望美は一端落ち着こうと胸に手を当てて深呼吸する。 

違う、惑わされてはいけない。ケイはこんな甘い言葉を吐く男では無いはず。何か企んでいるのだ、絶対。望美はケイの首元を見ながら言った。


「一昨日は疑っていたくせに、今日は誘ってくるのね……どういうつもりなのよ」

 

ケイは動かない。


「さあ、どうしてでしょう」

 

など言って、にやけている。教えてくれるつもりは無いらしい。望美は無視してまた手を動かし始めた。


「勝手に俺を自分の男に仕立てただろう……気に食わないな」

 

そうか、怒っているのか。男女間に自分が巻き込まれた腹いせをしているのだ。

なんて質の悪い嫌がらせなのだろう。望美はようやくケイの顔を見た。


「さっきは悪かったわよ。私に男がいればあいつが引くと思った、それだけよ」

 

望美はそう言いのけてまた顔を背けたが、ケイが無理矢理顔を自分の方に向かせた。


「朝の続きだ。アイよりお前に興味がある」

 

そう言い捨てて、ケイはリビングを後にした。今のはずるい、ずるいよケイ。望美は苦しそうに胸を押さえた。もう少しで唇が触れるほどの距離。いけない、あんな事で動じては、いけない。早く鼓動よ静まれ。

望美が床にへたれていると、飲み物をもらいに来たマリアと目が合った。


「お姉ちゃん顔赤いよ?どうしたの」

 

大丈夫だからと望美は手で顔を扇いだ。未だに胸は高鳴っているが、ケイはきっと自分をからかっただけなのだ、きっと。


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