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time18.縦縞スーツに、深紅のネクタイ

ケイは車を飛ばして、京都のかなり北の方に来ていた。この辺りは雪が積もっている。向かいにある山はスキー場になっているらしく、リフトらしき乗り物がうっすらと見えた。

地図で現在地を確認する。これ以上車で移動すると厄介な事になりそうだ。ケイは一本道の真ん中で車を停めると、中から屋敷の様子を伺う。スコープで覗くと老夫婦がこたつでのんびりとテレビを見ているようだった。

ここにはいないか。ケイは手帳を見開いて、男の年齢を逆算し始める。……今は三〇代半ばだ。念の為周囲にも若い男がいないかどうか一々車を降りて見て回ったが、結果は残念だった。

ケイは男が来た痕跡が無いのを確認すると、車をバックし始める。あの男は実家に戻ってないらしい。この京都に戻って来ているのかさえ不安だが、また出直すしかないだろう。こんな調子で果たして自分はあの男を、宮本の祖先を探し当てるなんて事が出来るのだろうか。いや、日本の未来、元い自分の未来がかかっているのだ。自分の手で決着をつけなければならない。


明日は自分が見張りの番だ、それまでに出来る事はしておこう。急にアイの様子が心配になったケイは、小型イヤホンを取り出した。


「もしもし、俺だ。まだ買物しているのか」


『あ、ケイ……そうなの、今から自宅に帰る所。もう歩き疲れちゃったわ』

 

ケイは急いでグラフを表示させた。マリアの座標軸はとっくに望美の家の辺りで止まっている。アイは今一人なのか、何をしているんだ。


「アイ、今お前一人だろう」


『えっ……うん。ごめんなさい、望美さんを怒らしちゃってちょっと……』


「まあいい、ちゃんと家にはいるようだ。お前も早く帰って見張っておけ。いいな」


『……了解。ケイは今、何処にいるの?』


「比叡山のふもとだ。あちこち観光しておこうと思ってな。……自然って凄いな」

 

ハンドル操作をしながら、ケイは山を見上げた。こんなに緑が、山が残されている。その不思議さにケイは未来と比較していた。


『へぇ、街で遊んでるのかと思ったよ。観光なんて年寄り臭いじゃない』


「そうか?結構面白いぞ。また明日の朝八時に交代だ。……何か変な動きはないか?」

 

アイがイヤホンの向こうでうーんと唸ってから、ないよときっぱり言いのけた。


「あまりあの女を信用しない方がいい。過去では、我々はお呼びではないのだからな」

 

そう忠告してケイはイヤホンを切った。さて、これからどうしようか。とにかくここは何も無い。街に出よう。ケイは静かに山道を下って行った。






翌日。望美はまた朝からインターホンで起こされた。午前八時、昨日もこの時間だったか。アイの方を見るとこたつでまだ横になっている。

もう、年末ぐらいゆっくりさせてよ。望美は二人が腹ただしくなった。早く出ていってくれないかしら。昨日の再会といい、望美は普通に年越しを迎えたかった。


「おはよう」

 

玄関先にいたケイの服装に、望美は思わず見惚れてしまった。感じの良い紺の縦縞スーツに、深紅のネクタイ。何処のかっこいいビジネスマンが訪れたのだろうかと、勘違いするほどだった。


「……おはよう。あんた、やっぱりかっこいいわね」

 

素直に感想を述べると、ケイはまんざらでもない顔をして部屋に上がった。かっこいいは言われ慣れているのか。望美は面白くなさそうにケイの後ろ姿を眺めた。


「起きろ、アイ。交代の時間だ」

 

ぐずるようなうめき声が聞こえた後、アイが身体を起こした。ケイの格好を見て叫ぶ。


「きゃっ、びっくりしたぁ。ケイ、その格好凄く素敵じゃない!何処で買ってきたのよ!」

 

すっかり目を覚ましたらしく、アイがきゃっきゃと喜んでいる。アイの格好は自分の貸したパジャマに寝ぐせ付きだったが。


「この時代の服装も中々いいな。似合うか?」


「似合う似合う!ねぇ、ケイも一緒に撮影会行きましょうよ!」

 

手まで叩いて喜ぶアイに、思わず望美とケイはどうしたものかと見合わせた。


「撮影会って、またあの男と会うつもりなの?やめといた方がいいわよ、碌な事にならないのはわかっているんだから」


「でも……」アイがちらちらと望美の顔を見る。「望美さんも撮りたいから、連れて来いって」


「私も?」

 

望美は一瞬驚いたが、いや、そんなはずはないとすぐさま否定した。永市とは結婚後、あるいは付き合っていた時に何回かモデルを引き受けたが、それは仕方なくといった永市の判断に過ぎなかった。望美も撮られるのは好きな方ではない。自分の一瞬がありありと形として残されるのは、はっきり言って気味が悪かった。


「とにかく行かないわよ。行くんだったら、一人で行ってらっしゃい」


「そんなぁ」

 

アイのすがるような視線に、寂しいからついて来て欲しいのだと読み取れたが、望美はそれを無視した。

いつもどおり目覚めのコーヒーを入れ始める。


「俺にもコーヒーくれないか」

 

ケイがいつの間にか横に来て、マグカップを一つ棚から取り出した。心臓に悪い男だ。望美はケイと適切な距離をとるように務めた。


「じゃあケイだけでも一緒に行こうよ」

 

アイが物寂しそうに視線を送るが、そんな事に一切興味のないケイも無視する。アイは諦めたのか出掛ける準備をし始めた。昨日買ってきた服を漁り、今日はどれにしようかな、なんて一人ぶつくさと呟いている。


「すっかり迷惑をかけさせたみたいだな、すまない」

 

淹れたてのコーヒーを二人でキッチンに立ちながらすする。望美はアイの光景にそうねと笑った。


「何だか妹が増えたみたいよ。今まで止まっていた時間が一気に進み始めて、私も戸惑っているの」


「俺は逆にのんびりできて、いいな。海外旅行にでも来ているみたいだ」


「そんなに未来は忙しいの?」


「まあな。一息つけられる安全な所が無い、と言った方が正しいか」

 

横目でコーヒーを飲むだけでもさまになるなと感心する。そう言えば、ケイはアイの事をどう思っているのだろうか。


「ケイは……アイちゃんの事、どう思っているのかしら」

 

ケイが一瞬横目で望美を確認した後、口を開いた。


「責任感の強い女だな。考え方が真っ直ぐで、自分に素直に生きている。少々手がかかるが、基本的には忠実な部下だ。腕っ節もそこらの男共より強い。……軍隊には親を知らない連中が多い。アイもその内の一人だ、数々の無礼は多めにみてやってくれ」


「……わかってるわよ。私が聞きたかったのは、恋愛対象かどうかだったんだけど」

 

少し勇気を出して聞いたのにこの男は。望美は一気にコーヒーを飲み干して乱暴にマグカップを洗った。


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