time16.再会
夕方になると、望美はアイに散々連れまわされて買った服のショップ袋と、マリアに買ってあげたゲームソフトを幾つもぶら下げていた。そろそろ帰ろうよと示唆した望美だが、アイが唐突にもう一件行きたい所があると言い出した。
「京都駅に行ってもいいかな、お願いっ!」
駅や、地下街にも服屋があった事を思い出して望美はうんざりした。
「そんなに買ってどうするのよ。一週間しかこっちにはいないんでしょ?」
「今度は服じゃないの、いいから連れてって」
アイの急かすような態度に望美は不審を覚えたが、あと一時間だけよと言って仕方なく電車に乗る。こっちは散々歩き疲れて足がくたくただと言うのに、マリアは平気らしくしゃんと背筋を伸ばしてついて来る。
兵器だから平気なのか。いや、今のはつまらなかったな。望美は微笑を浮かべ、今の思考を即座に打ち消した。
京都駅も人混みで溢れかえっていた。帰省時期もあり、大きなキャリーバックや家族連れがよく目立つ。
アイはトイレで先程買った服をもう着こなしていた。スレンダーなアイにぴったりの黒のミニドレスに、首元にはラビットファー。そしてエナメルのロングブーツ。昨日まで着ていたダッフルコートを脱ぎ捨て、新たにシルバーのダウンジャケットを羽織っていた。
「どう?変じゃないかしら、あたし。この時代に似合ってる?」
くるりとその場で一回転するアイに、望美はよくお似合いだよと言って笑った。元々スタイル自体がいいのだ、何を着ても似合うはずだ。望美はアイに対して嫉妬の感情は芽生えなかった。むしろ可愛い妹だと思っているくらいだ。
「駅の中央改札って、どっち?」
こっちだよと言って望美は案内した。マリアが人混みに紛れないようにと手を引いてやる。外に出ると冷たい風が容赦なく三人を撫で付けた。頬がひりひりと痛む。
きょろきょろと辺りを見回すアイの姿は、まるで誰かを探しているかのようだった。望美は嫌な予感がした。
「ちょっと、誰か待っている人でもいるの?」
「そうそう、そうなんだよね」
曖昧な返事をしてアイが視線を逸らす。望美は今朝のアイのテンションと、破り捨てた名刺の名前を思い出した。
早くここから逃げた方がいい。望美がマリアの手を引いて行こうとした途端、聞き覚えのあるハスキーな声がした。
「アイちゃん、お待たせ」
小さなウエストポーチに、大きなカメラを首から吊るした永市がいた。アイのすぐ後ろにいた望美にも気がついて顔を向ける。
「あれ……望美……」
望美はしまったという顔と、同時にどう対応して良いのか分からない複雑な面持ちで目を伏せた。やっぱりこの男を待っていたのか。すぐさま怒りをアイに向ける。
「アイちゃん、これはどう言うことかしら。騙されたんだって、説明したでしょ」
「あはは、だって昨日ここでまた落ち合うって、約束しちゃってたから……その……」
アイが気まずいように後ずさりする。望美はマリアの手を離して、代わりにアイの腕を掴んだ。無理矢理永市からアイを遠ざける。
「ちょっとこっちに来なさい、マリアもおいで」
人混みを避け、望美は永市の姿が見えないところにまで二人を連れ込んだ。
「痛い、痛いよ。離してよ!」
アイが抵抗する。望美はその手を離して言いたくない言葉を口にした。
「あの男が、私の元旦那なのよ」
「えーーーっ!」
アイが叫ぶ。マリアも驚いて顔を望美の方に向けた。
「もう、だから嫌なのよ!アイちゃんにも会わせたくなかったのに」
向こうに一人居るはずの永市の方を見る。アイも口を開けて永市のいる方に目をやった。
「そんなの、全然知らなかった!」
「私も言いたくなかったのよ!」
ふと顔を上げると、いつからそこに居たのか永市が立っていた。
「久しぶりだね、望美」
「望美って呼ばないで!」望美は永市を睨んだ。「あんた、本当に撮影だけが目的なんでしょうね」
「本当だよ。昨日街でアイちゃんと会って、普段の服装も撮りたいって僕がお願いしたんだ。それで今日また会う約束をした。お前の知り合いだとは知らなかったんだ」
望美と永市はお互い無言で見つめ合う。
「望美さんごめんなさいっ!まさかそんな関係だったとは思わなくて」アイが両手を合わせて頭を下げた。「その、モデルの仕事も一回してみたかったの!」
二人を見比べた望美は、諦めたように肩をすくめた。自分もアイに永市の事を言わなかったのだ。こうなったのも仕方が無い。
永市の視界がマリアを捕らえた。マリアは三人の光景を心配そうに見つめている。
「お前、その子は誰だ。愛美では無いだろう」
「……妹よ。今はそういう事になってるの」
「一人っ子のお前が?随分年の離れた妹さんだなぁ」
そう言って鼻で笑う。望美はこの男にこれ以上関わらまい、とマリアの手を引く。
「先に帰るわ、アイちゃん。見張りもここで終り。あんまり遅くならない内に帰っておいでよ」望美は振り返って一言付け加えた。「でないと、ケイにばらすからね」
「望美さーん、本当にごめんなさい。用事が終わったらすぐに帰るからぁ」
叫ぶアイを無視して、望美はマリアを連れてさっさと階段を上る。マリアが振り返って何か言いたそうな顔をした。
「お姉ちゃん、アイさん置いてっていいの?」
「いいのよ、これ以上わがままに付き合う義理はないわ。マリアも早く帰ってゲームしたいでしょ」
「うん!」
「じゃあ早く帰りましょ」
望美は永市の変わらない姿に苛立を覚えた。自分は一年間、愛美の事で苦しんだと言うのに連絡は愚か、望美が一ヶ月入院している時でさえ一度も見舞いに来やしなかった。別れたから関係ない、死んだからどうしようもない。そういう奴だったのを思い出して不快になった。




