time11.アイの過去デビュー
「やった!またストライク!」
いえーいと、アイは振り返って男とハイタッチをした。最初はピンを倒すだけなんてつまらないと思ったが、これが案外やってみると面白い。もう三ゲーム目に突入していた。
「アイちゃんすごいな、本当に初心者かよ」
チームを組んだ男もびっくりしている。それもそのはず、アイは十二ポンドの球を軽々と持ち上げ、次々とストライクを決めているのだった。
「コツが掴めれば簡単ね。ストライクが決まると気持ちいいわ」
すっかり女王様気分で椅子に座る。この時代の遊びも悪く無いわね、そんな感じでボウリング場を見渡した。
「これ終わったらカラオケに行こうぜ。俺、アイちゃんの歌声も聞きたいな」
男がさり気無く肩に手を回す。アイは殴り飛ばそうかと思ったが、こんな所で騒ぎを起こしてはいけない。冷静に手を払いのけ、トイレに行くふりをした。
「ちょっと抜けるわね」
もうこの男共はいいや。アイは興ざめして店内を後にした。相変わらず外は寒い。身震いしてダッフルコートを置いてきた事に気が付いたが、今更取りに帰るわけにも行かない。また買えばいいや。
アイは周囲を見渡した。そう言えばここは何処なのだろう。勝手について行ったのはいいが、帰り方が分からなかった。とりあえずケイに連絡してみようと、小型のイヤホンを取り出して電話をする。電源が入っておりません、と機械女の声がした。
「ケイの馬鹿、電源切ってるんじゃないわよ!」
またしてもケイに怒りが沸く。幾ら何でも自分に冷た過ぎやしないか。涙目を空に向けて鎮める。勝手にしろって事かよ、全く!
アイはいつの間にか商店街が連なる通りを歩いていた。ホテルに戻ろうにも、自分がどっちから来たのか分からない。先程から感じる人の目線にも嫌気がさしていた。……そんなに自分の格好が浮いているのだろうか。やっぱりダッフルコートは必要だったらしい。というか人多過ぎ。完璧迷子状態だった。
「はぁ、こう言う場合、どうするんだっけ」
歩くのも面倒になり、アイは木の側に座り込んだ。そうだと思い出して、懐からホテルの鍵を取り出す。そこには京都ロイヤルシティホテルと刻まれていた。
そうよ、タクシーでここまで送ってもらえばいいんだわ。アイは立ち上がって大きな通りに出た。しかし、タクシーを呼べなかった。先程の男三人が、こちらに向かって歩いているのが見えたからだ。
「げーっ」
アイは顔を歪めると、慌てて来た道を戻った。まぁ、ホテルへ戻るのは後からでもいいや。汗をかいたのでシャワーを浴びたい気持ちもあったが、ホテルに帰った所でどうしようも無いことに気付いた。もうちょっと遊んでからでもいいだろう。アイがにんまりした瞬間、後ろから肩を叩かれた。
「君、面白い格好しているね。ちょっと写真撮らせてもらってもいいかな」
三十代半ばだろうか。割りと声がハスキーで、がっちりとした体型の男性に声をかけられた。大きなリュックを背負い、手にはカメラを持っている。アイは何ですかと男を睨みつけた。
「ちょっと撮るだけだから。ね、いいでしょ?」
アイの許可無しに、勝手にかちゃかちゃとシャッターを切り始める。
「いいねぇ、足が長いからシルエットは素晴らしいよ。そのぴっちりとした服がとても似合ってる」
ほんと?とアイは思わず聞き返した。褒められるので悪い気はしない。アイは次々とサービスショットを見せ付けた。通行人が何事かと二人に群がり始め、中には携帯で写真を撮り出す輩もいる。大勢の人に注目されて、アイは有頂天になった。
「君、仕事は何してるの?もしかしてモデルとかかな」
男がシャッターを切りながら尋ねてくる。アイは無視してカメラの前でポーズを決め続けた。
「あ、アイちゃんこんな所にいた!」
人の群れをかき分けて三人組が現れた。先程アイが遊んでやった連中だ。まずい、面倒な事になったぞ。アイはカメラの男を盾にして隠れた。
「ほら、忘れ物だぜ。トイレにしては遅すぎるから、心配したよ」
アイの忘れたダッフルコートが帰ってきた。それだけを受け取ると、アイはその場から逃げようとする。
「どこ行くんだよ、まだ遊び足りてねぇぞ、こっちは!」
「まあまあ、アイちゃんは見ての通りモデル活動で忙しいんだ。君たちは遊べただけでも感謝しなきゃいけないよ」
カメラの男が割って入ってきた。何だよ、このおっさんはという目で三人組が見下す。
「俺達はアイちゃんと話してるんだ。そこ退けよ、おっさん」
「退かないね。この子は大事な商品だ。傷つけたら、君たちには一生払えない額を弁償してもらうよ」
ほらほら、と言ってカメラの男が指をさす。その先には巡回している警察官がいた。ちっと、男共が去って行く。アイの周りを取り囲んでいた野次馬も、つまらなさそうに解散し始めた。
「君、男をからかうのもいい加減にしないと、その内痛い目に合うよ」
男共を見送りながら説教をたれる。アイはふん、とそっぽを向いた。
「その時はあたしが蹴り飛ばすわよ、庇ってくれてどうも」
ダッフルコートを着直して、アイもその場を後にしようとした。つまんない、さっさと暑いシャワーでも浴びて寝てしまおう。
「待って、アイちゃんはモデルに興味ないかな?」
カメラの男がまた肩を叩いた。アイは不機嫌そうに振り返る。
「いやぁ、君みたいな美女に出会えてよかったよ。僕の名前は永市京介、フリーのカメラマンをしているんだ。よかったらまた連絡してよ」
永市が名刺を差し出す。アイは考えておくわと喜んで受け取った。案外過去ではモテるのね、あたし。
軍隊で特攻部隊に属すアイは、自分の強さを他の男共も知っているのか、寄付いても来やしなかった。悪い気は全然しない。むしろアイにとって喜ばしい出来事だった。帰ったらケイに自慢してやろう。その証拠に受け取っただけの名刺だった。
「よろしければこれから食事なんてどうですか?アイちゃんの事も色々聞かせてくださいよ」
永市の低姿勢で頼み込む姿に、アイは好感を覚えた。結構アイ好みの身体をしている。それに顔もまあまあだ。過去で禁断の恋愛ってのも悪くはない、むしろそんな話は聞いたこともない。
充分過去を楽しむぞ!と新たに意気込んだアイだった。




