「時代遅れ」とクビにされた私、手書きの調合記録を捨てた宮廷が毒薬を量産し始めました
「もう時代遅れなんだよ、カルラ。未だに紙に手書きで調合記録をつけるなんて」
宮廷調剤室の室長に昇進したばかりのジュリアンが、羊皮紙の束を私——カルラに投げつけた。十年間、この部屋で書き溜めてきた薬草の精製ログだった。
「ジュリアン様、これはただの日誌ではありません。王族御用達の『エルキシル』は、季節や湿度で薬草の毒性が変わります。毒抜きの手順を細かく記録しているのは……」
「言い訳はいい。新しい魔導抽出機ならボタン一つで完璧なものが作れる。データも全部端末に移した。毎日紙とにらめっこしてるだけの女なんて、うちには要らない。今日でクビだ」
隣では恋人の新人調剤師エミリが「お疲れ様です、時代遅れのカルラさん」と笑っていた。
私は言い返さなかった。散らばった羊皮紙を一枚だけ拾い、小さく息を吐いた。
「わかりました。私物は持ち帰ります。……端末のデータだけで進めるとおっしゃるなら、私からは何も申し上げません」
自室に戻り、荷物と、自分だけがつけていた「最終調整のメモ」を鞄に詰めた。そうして、長く勤めた宮廷を黙って去った。
◇
二週間後、ジュリアンは絶好調だった。魔導抽出機のおかげで『エルキシル』の生産量は十倍になり、彼は宮廷の天才ともてはやされていた。
隣国の第一王子を迎えた歓迎会の日、ジュリアンは『エルキシル』を使った乾杯酒を得意げに披露した。
「殿下、我が国の技術の粋をお召し上がりください」
王子が杯を干し、拍手が起きた。だがその十秒後、王子は血を吐いて倒れた。
「毒だ! ジュリアン、お前が盛ったのか!?」
「そんなはずは……レシピ通りに作ったんだ!」
顔を青くしたジュリアンは調剤室に駆け込み、端末のデータを何度も見返した。材料も分量も、記録通りのはずだった。
そこへ老薬師が駆けつけた。
「まさか、カルラの紙のログを見ずに機械を回したのか!?」
「あんなもの、無駄な日誌だと思っていた。レシピは全部端末に移したはずだ」
「愚か者め」老薬師は怒鳴った。「主原料の月光草は、加熱温度と混ぜる速度次第で猛毒のアルカロイドに変わる。カルラは毎日、天候や気温を見ながら毒抜きの回数を調整して、それを手書きで記録していたんだ」
「隠し工程が、あったと……」
「彼女が去る前に羊皮紙を処分したと言っていただろう。端末に残っているのは標準の比率だけだ。毒を無害化するための日々の調整は、彼女の頭の中と、持ち帰った手帳にしかない」
ジュリアンは膝から崩れ落ちた。魔導抽出機が作っていたのは特効薬ではなく、カルラの細かな手加減という安全装置を失った、ただの毒だったのだ。
「じゃあ、今まで出荷した分も……」
「間もなく各地から被害の報告が来るだろう。お前がしたことは、国家への無差別テロと同じだ」
◇
その頃、私は王都の外れの診療所にいた。
「カルラ先生、持病がすっかり良くなりました」
「それは良かった。この時期は湿気が多いので、煎じる時間を少し長めにしてくださいね」
そんな穏やかな時間に、診療所の扉が開いた。
ボロボロの姿で地面に這いつくばるジュリアンと、その後ろで青ざめたエミリがいた。
「カルラ、頼む、助けてくれ! 記録が必要なんだ、今すぐ戻って毒抜きを! このままじゃ処刑される!」
すがりつく元上司を、私は見下ろした。
「誤解、ですか。ボタン一つで完璧な薬ができるから、手書きの記録も、地味な女も要らないと、そうおっしゃったのはあなたですよ」
「あれは撤回する。君の技術は認める。給料も弾む」
「お断りします」
私は静かに言った。
「私はもう、私の知識をきちんと評価してくれる場所で、目の前の患者さんのために使いたいんです。それに、あれほど時代遅れだと笑っていた私の手帳に、今さら頼るのは惨めではありませんか」
「頼む、命がかかってるんだ……!」
「ご自分で撒いた毒の始末は、自慢の抽出機でどうぞ」
私は振り返らず、診療所の奥へ戻った。
その後、他国王族への毒殺未遂の罪で、ジュリアンとエミリは全財産を没収され、地下鉱山での終身刑を言い渡されたという。
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